からりと~流星群
十一月十一日 からりと
料理を始めて一週間。
レシピを見ながらではあるものの、簡単な炒め物や煮物くらいなら作れるようになった僕は、大胆な挑戦をしようと決心した。
僕の一番好きな料理、コロッケを作ってみたい。
材料を検索してみる。伯母さんが用意してくれていたおかげで、調味料や粉の類は一通り揃っている。玉ねぎと冷凍庫の合い挽き肉も使えそうだ。
じゃがいもはこないだ肉じゃがにして使い切ってしまった(なかなか良い出来だった)ので買ってくる。あと卵も。料理経験の乏しい僕は、コロッケのどこに卵が使われているのか全然知らなかった。衣をつける際に糊のような役割を果たすようだ。グリンピースは……苦手なので入れない。
付け合わせの野菜も欲しい。コロッケにはキャベツが必要だろう。トマトがあればなお彩りがいい。買い物メモに書き足した。
最寄りのスーパーまでは徒歩二十分くらい。微妙に遠いのでネットスーパーのお世話になってもよかったのだが、今日は天気もよかったので散歩がてら行ってみることにした。
「行ってきます」
久しぶりに言った。ひとり暮らしをしていた頃には言う機会のない言葉だった。シモツキさんが出現していたわけではないのだが、一応声をかけておいたほうがいい気がしたのだ。シモツキさんからの返事はなかった。
玄関を出ると、庭の金木犀がほのかに香っていた。からりと晴れた秋空がすがすがしい。時折乾いた風が吹いては、アスファルトの道に落ちた枯葉を滑らせていく。半袖のTシャツとパーカーは薄着すぎたかと思ったが、歩いているうちに身体がぽかぽかしてきたのでちょうどいい。
スーパーに行くのも久しぶりだった。休職中もいつもコンビニかファストフードばかりで、スーパーに行くという発想が抜け落ちていたことに気づく。青果コーナーが、こんなに色鮮やかな場所だったとは気づかなかった。ほうれん草や小松菜の緑、りんごやトマトの赤、バナナの黄色――バナナ食べたいな。明日の朝ご飯にしよう。牛乳も買うぞ。
じゃがいもは光の当たらないところに置いておけば長持ちすると知ったので、一キロの箱を買った。キャベツもまるまるひと玉買った。ついでににんじんも買っておこうか。肉があったらカレーやシチューも作れるかな、ルーも買おうか――。
コロッケの材料を買いに来ただけのはずなのに、カゴが満杯になっていた。有料のレジ袋代をケチって、大きいのを一枚だけにしたらずっしり腕にくる。
帰路の徒歩二十分はなかなか堪えた。次からは自転車を買うか、リュックサックを持って行くべきだ。
「おかえりー」
玄関にシモツキさんが現れた。
「今日は何を作るんだい」
「コロッケを作ってみようと思って」
「ほう、そりゃまた手間のかかる料理を。上手く作れるといいねえ」
「たぶん失敗しますよ、初めてなんだから」
シモツキさんが目を丸くした。
「失敗しても、また次頑張ればいいかと思って。たかがコロッケなんだし」
「いいこと言うねえ」
案の定、生まれてはじめてのコロッケ作りは失敗した。揚げている最中に割れてしまったり、油を吸ってベチャッとなったり、揚げすぎて焦げ茶色になったりと散々だった。
「まずいです」
一口食べたとき、僕は思わず笑ってしまった。案の定すぎて。
「匂いがもう、まずそうだもんな」
コロッケを食べられないシモツキさんも一緒に笑った。
声を上げて笑うのも、久しぶりだった。
僕は諦めない。からりと黄金色に揚がった理想のコロッケを、いつか作ってみせる。
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