第44話 急ぐ旅路
トウとは町の外で待ち合わせをした。俺も一緒に歩いていて町の人に何だと聞かれたくはなかったのでよかった。
トウに渡された羅針盤が指す方向へ進む。便利なものがあるものだ。これも発掘品だろうか。
しばらく進んだ木陰にトウはいた。羅針盤を返そうと思ったがはぐれた時用にと受け取らなかった。
「これで行きます。僕だと場所はわからないのでケーシャさんが前でお願いしますね」
俺の目の前にあるのは薄い長方形の木の板のようなもので白く先に紐が伸びている。
「これをどうするんだ?」
「乗ってください。でこれを持ってもらって」
紐を渡される。握るところに石が付いている部分を持った。しかし乗るには板が薄く見る。
「割れないか?」
「割れません。乗ってください」
背中を押されてそっと足を乗せる。体重をかけても板の上に乗ったというより地面に足をついている感覚に近かった。
その後ろにトウが乗る。
「失礼しますね」
俺の腰に手を回してくる。
「で、どうすれば」
「いま魔力を流しますのでお待ち下さい」
言うが早いか、板が一瞬光を帯びた。すぐに消えたが代わりに浮いた。ほんの少しの高さだと思うが、足元が揺れている。面白い。
「後は進みたい方向を見て下さい。体の前後の傾きで進んで止まります」
「分かった。あーそれと最初みたいに砕けた口調でいいからな?」
「あれはむしろ作っていた方ですから。ウケは良いんですけど慣れないんですよね。あれ。こちらの方が落ち着きますのでお気になさらず。さ、行きましょう!」
行きたくもないと言っていた割にやる気がある。から元気だろうか。
ともかく紐を持ったまま前を、その先を見てから体を前に傾けるとぐいっと後方に引かれるような感覚を受けた。びっくりして体を後ろに倒す。傾けすぎてスピードが出すぎたのだ。町が見えないほど後方にあった。
「何だこれ」
「僕のとっておきですよ。乗っている間は何にも感知されません。暗視のおまけ付きですので昼夜関係なく進めます」
腰につかまったままでトウは楽しそうにしていた。良かった、スピードが出すぎて飛んでいってないかと思ってしまった。
「ぶつかったりはするのか?」
「しませんよ。その前に止まります」
「安心だな」
ロアが散歩に使っている道具を思い出したがあれはそもそも触れないし触れることができないので似ているがまた違うタイプだ。
「紐で縛っておかなくていいか?」
「僕らを、ですか? ああ、大丈夫ですよ。このボードに足をつけていればどんなにスピードが出ても足は離れませんから。上半身は影響をもろに受けますけど」
「程々の速度で行こう」
「ケーシャさんが平気なくらいのスピードでいいですよ。僕はどんなでも大丈夫ですから」
にこにこと笑っているトウの表情を見ても本気かどうか分からない。何となく急いでいるのは分かる。
飛び出さない、と理解してしまえば俺だけなら前が見れる限界速度で行くんだが。
「おまけをしてあげましょうか。はいどうぞ」
ぽんとトウが手を叩く。多分何か魔法を発動したのだろう。
「これで影響はほぼ受けませんから思いっきりやってください!」
ぐっと握りこぶしを作られてしまう。
「よし、後悔するなよ」
「はいっ!」
さっきのようにぐいんと反動が来ると身構えていたがそんなことはなく、ひたすらすごいスピードで横の景色が流れていく。まっすぐ進みたい方向を見ればぐんぐんそれが近づいて来る。曲がりたい方向を見ればそちらに緩やかにカーブを描いて進む。
コツをつかめば楽しいものだった。トウがかけてくれた魔法のおかげでどんなにスピードを出しても体に受ける影響はなくなった。スピードを出して変わるのは流れる景色の速度だ。もう色が伸びているくらいに感じている。横を向くとそっちに進んでしまうので見ることはないが。
ちらりと見えた動物の群れも魔獣も魔物も何一つ気にすることなくぐんぐん進むことができる。暗視が効いていて確かに日が沈んでも問題なく景色を認識することができる。
普及したらどんなに便利だろうか。すごいスピードで進んでいくのが楽しくなって、トウも何も言ってこなかったので限界スピードに挑戦してしまった。
あっという間に森の入り口まで来てしまった。
「はや……嘘だろ」
障害もなく戦闘もなく疲れもしないので休憩もしなかった。一回降りて寝るかと尋ねたが必要ないと断られた。
それにしたって夜に出て、日が沈む前に着くなんておかしい。怖いくらいに早すぎる。
先に板から降りたトウがぼんやりと森を眺めている俺の隣で拍手をしている。
「ここまでのスピードを維持できるなんて素晴らしいです。寝ずの飛行ができるとはなかなか体力ありますね! 嬉しい誤算です。さ、森では障害物が多すぎますので歩きましょう」
「え」
「と、言いたいのですが流石にここで朝まで休みましょう」
本人が良いと言ったって子供に二晩寝ないでいさせるわけにいかないのでそう言ってくれて良かった。
手慣れた様子で野営の準備をしていく。降りた板はトウが片付けた。カバンを持っているようには見えないが物の出し入れをしているので何か小さなものがあるのだろう。
簡単に食事を済ませると寝る準備をする。
「見張らなくていいですよ。強い結界を張っておきますからしっかり回復してください」
「分かった」
グロリアもすごいと思っていたが世界には上がいるということか。言われるがままにしていてトウは見た目通りの年ではないなと確信していた。というか見た目通りならこんなことさせていいわけないだろう。
朝になり森に入って、エータと進んでいたくらいの速度で進んでいた。
「気を使わないでください。ついていけますのでもっと速度を出してください」
「そうか?」
少し速度を上げる。足元は平らではない。
「もっとです」
さらに速度を上げる。木の根に新しく生えた草が邪魔をする。
「もっと上げましょう」
そして結局走っているのだが、なんとトウはこれに付いてきている。転ぶこともなく息があがった音もしない。
ひたすら走って目的地まで着いた。当たり前だが今までで一番早く着いた。肩で息をする。汗だくだ。
暗くなりかけている中、呼吸を落ち着かせている俺の脇をなんてことない顔でトウが通り過ぎる。
キョロキョロと辺りを見渡して勝手に散策している。ここまで何にも出会っていないのは何か魔法でもかけていてくれたのだろう。一体何者なんだ?
「出入口はどこですか?」
見回って分からなかったのだろう。
「そこだが」
俺の目には変わらず見えているホールだがさっきその近くを通り過ぎていたから見えていないのだ。ホールがある方を指で示す。
「連れて行ってもらえますか」
手を出されたのでその手を引いてホールの前まで行く。
「今目の前にある」
「そうですか。残念ですが何も感じませんね。ケーシャさん入ってみてもらっても?」
「かまわないが」
「この形の文字で書かれたものがすぐに分かればそれを取ってきていただけますか?」
小さい文字で何行か書かれたメモを渡される。日記に用があるのか?
「それはいいが、朝になってからだ」
「朝? なんの関係が?」
「仲間が夜はここに滞在しない方がいいと言っていてな。エータも襲われてはいないけど一回だけ何か見たって言っていたから」
トウが少し、目を見開いた。口に指を当てる。
「そう、いうことですか。なるほど夜……時間間隔がなくなってしまう空間では気をつけようがないことでしたか」
「どうかしたか?」
「過去を悔やんだだけですよ。さ、そうとなれば早く休みましょう。時間を無駄にはできません」
昨日から感じているがトウの効率重視は少し異様だった。テキパキとしているというより生き急いでいるようだ。
休むと決めたら自分に睡眠の魔法をかけてまできっちり休むという。起きる時間を組み込んであるらしいがどうなのだろう。見た目で子供なのに、とつい思ってしまう。もっと自由に過ごせばいいのに。
朝日とともに起こされてホールを通った。
中は特に変わった様子もなく、人形は変わらない位置にあるし、食料庫の扉も見えるし開くし中は詰まっているし。ちょっとカバンに詰めて行こう。
目的の部屋に入るとやはりそのまま。エータが色で並べたまま。メモを見て同じ並びの字を探す。あの時大体を見ていたので目星はついていた。
「もしかして自分の日記なのか?」
異世界人はここを通る、とは。そういうこともあるのではないか。それだとちょっと気まずい。人の日記読みまくったからな! 全部ではないけどパラパラと、読んだな。
目的のものを見つけたので外に出ることにした。
ふと見たら、外につながる扉が大きく開いていた。開けていったのか? とりあえず閉めてから外に出た。
「おかえりなさい。どうでしたか?」
トウは読んでいた本から顔を上げた。持ってきた物をトウに渡す。
「これだと思うんだが」
「ああ、間違いありません。ありがとうございます」
受け取った物をトウは優しく撫でた。すっとそれを未だ分からないどこかへとしまった。
「では慌ただしいですけど戻りましょうか」
「ゆっくり帰るか?」
そうではないと知りつつも一応聞く。
「いいえ。倍速で構いませんよ」
にっこりと笑った顔は本気だった。
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