第43話 思い当たらないけどそうらしい
「こんばんわ~」
今日も楽しく走ってきたらしいロアをもふもふしつつブラッシングをしていた夕方。ノックとともにそんな声がした。
「誰かしら? ケーシャ約束してた?」
「いや、誰ともした覚えはないが」
ケーシャがそっと戸を開けた。不用心ではないか? いや、ある程度強いとそういうことを気にしなくていいのか? 俺には考えられないことだ。でも今の所この世界の人間とそこまでかかわっていないので知らないだけで、もしかして危険はないのかもしれない。平和なのかも。いや、平和ではなかったか。
「こんばんわ! 開けてくれてありがとうございます。僕トウと言います」
ぐるぐる考えている俺の視界に入ってきたのは、子供だった。中学生くらいに見える少年だ。元気よくペコリと腰を折った。
その姿は魔法使いです! と言っている。縁に模様のついたローブにズルズルとしたスカートのような服。足さばきを良くするためかざっくりとスリットが入っていて中にズボンをはいているようだ。背丈ほどの長い木製の杖を持っていて、グロリアさんのような帽子はかぶっていおらずターバンを巻いていてキラキラとしたチェーンに宝石が散りばめてあるものが付いている。髪はグレー、瞳は青かな? 長い鎖の付いた丸い片眼鏡を付けていた。
「……来てくれるとは思わなかった。ケーシャだ」
「グロリアよ。えっと? 何で?」
二人はトウのことを知っているらしい。
「あちらのお兄さんは?」
二人の間からトウが俺の方を見た。じっと片眼鏡に手をかけて、ものすごく見られている。
「あーあれはエータだ」
「どうも」
ぺこりと頭を下げた。
「よろしくね」
にこにこと手を振ってくるトウは人当たりの良さそうな表情を崩さない。
「僕探しものがあってこっちに来たんだ。森向こうのこと教えてあげるから僕の質問にも答えてもらえるかな」
「それはいいが」
「ありがとう」
パチン。と少年が指を鳴らした。俺にも分かった、空気が震えた。
「ちょっと外に絶対音が聞こえない魔法をだけかけたから気にしないで」
「何を話す気だ」
ケーシャが手を剣にかける。グロリアさんも一歩下がった。
「物騒な話じゃないよ。エータさんこの世界の人じゃないよね?」
「!!」
「当たった? それは良かった。それが前提だったからね。違ってたら記憶を消さないとだったよ。あのね、僕もなんだ」
俺は驚いて表情に出ないタイプではないのでそれが肯定になってしまう。というかこの子ちょっと物騒じゃないか? 大丈夫か?
「探してるのは僕が昔いた空間なんだけど心当たりないかな?」
「どういうこと……?」
全く話が見えてこない。この世界の人間じゃないということとなんの関係があるんだ。
「向こうで食料確保が今課題でね。畑は荒らされるし干し肉は奪われるし水も汚染された。急を要するんだよね。本当は探しもしたくなかったけどもうそれ以外解決法が思い付かない状況で、ね」
笑っているのに怒っているようだった。しかし悪いが俺にはなんのことやら。
肩をすくめたトウは続けた。
「こっちから買い付けようという話もあったんだけど、こっちだって有り余るくらいの食料はないでしょう?」
「そう、ね。足りないほどではないし選択ができる程にはあるけれど他に回せるかといえば、少量ならともかくそこまでの量の確保は出来ないと思うわ」
「うん。それで行きたくないけどあの空間に頼ることにしたんだ」
「あの空間っていうのは……」
俺の住んでた快適空間?
「僕たちを順に閉じ込めるあのトチ狂った空間だよ!!」
「え、何その空間知らない」
「そんな! 異世界人ならあそこを通っているはずなんだけど? 襲われるのに、死ねないのに、食べ物だけは尽きない悪趣味空間……」
「ごめんまじ知らない」
トウが首をぶんぶんと振る俺に詰め寄ってくるが本当に知らない。襲われたことないし。死んでないから死ねないか分からないし、尽きないのは食べ物だけじゃなかったし。
「いや、エータ。多分同じ空間だ」
「ええ?」
そうなのか? 何でケーシャの方が断言できるの?
思わずケーシャを振り返る。
「色のガラスで出来た絵の窓があって床に魔法陣」
「その先に続く長い廊下にいくつもの部屋!」
ケーシャに食いつくようなトウ。
「その部屋の一つに本の部屋はあったか」
「ありましたよ! 日記の部屋ですね!」
日記? え、あれ日記だったの?
「これ」
ケーシャが出したのは一冊の本。多分あの部屋にあった一冊。まだ持ってたのか。
「こ、れは。……どうやって持ち出したんですか」
トウの目が見開かれる。ケーシャ普通に色々持って出てたよな? 言える雰囲気じゃないけど。
「俺はそこに出入りできる」
「え、ケーシャさんも異世界人なんですか?」
「ケーシャはこっちの世界の孤児よ。乳飲み子の時から私が育てたみたいなものだもの」
「育てたのはリリーだろ。グロリアはどちらかといえば姉弟のくくりだ」
「泣いてるケーシャにミルクあげてたのは私よ」
情報量が多すぎる。何だって??
「ちなみにエータさんは?」
「俺はもう入れない」
「なるほど。ちょっと待ってくださいね」
トウが両手を前に出して目をつぶる。後ろを向くと何かをしている。途中からトウの口調が変わったような。
それよりも。
「ケーシャ孤児だったのか?」
トウが悩んでいる間にこそっと聞いてみる。
「ああ。でもいっぱいいるから珍しくないぞ?」
「そうなのか……」
やっぱり平和じゃない世界だな。いっぱいいた理由を聞いていいのかなんなのか。俺にはとても聞けない。
「ケーシャさん。確認のために一回そこに行ってみたいんですけど良いですか」
「いいけど、ちょっと遠い」
「それは僕がなんとかできます。代わりに僕にできることを何でもすると約束しましょう」
「それなら……」
ケーシャとトウが二人で相談しだしてしまった。
「エータ君。変なことになったわねぇ」
「そうですね……グロリアさんは加わらなくて良いんですか?」
「私は良いのよ。珍しい素材が欲しいだけだから。それはケーシャ知ってるし」
「そうなんですか」
俺だけ目的もなくぼんやりしているようで落ち着かない心地だ。
「でもちょうどいいんじゃない? なにか分かるかも」
「そんなに上手くいきますかね?」
「思うだけならタダよ」
「確かに」
ピースをするグロリアさんに少し笑ってしまった。
静かに言い合っていたが話がついたらしくケーシャがやってきた。
「今から出発してくる」
「今から!?」
「急ぐのねぇ」
本気で驚く俺。グロリアさんはそこまででもなさそうだ。よくあることなのだろうか。
「すみません。早いにこしたことはないですから。ケーシャさんお借りしますね」
「あ、トウ君魔法は?」
「任せてください」
トウはぽんと胸を叩いた。自信ありげだ。というかその格好で魔法が駄目だとかないよな。
「グロリア、エータのこと頼んだぞ」
いつの間にやら支度を終えたケーシャがいた。早いな……。
「大丈夫でしょ。何もないわよ」
そんなことを言われる俺って何か子供に戻った気分だ。いや、一番弱いですけど。
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