第36話 頑張りましたね

「疲れたか?」


 俺はそう小声でエータに声をかける。明らかに歩みが遅くなってきたのに何も言わないので心配になったのだ。

 あんなにゴロゴロと自堕落に生きていたようなのにこんなに黙々と自分たちについてくるとは思わなかった。そういえば一番最初に剣でも教えてやろうかと思った時も自分から止めたいと言い出さなかった。そのくせ終わったら倒れるように寝たのだったな。


「大丈夫少しだけだから」


 しかもこう言って疲れたと口に出さない。我慢強さと自分の限界がわからないのはまた違うんだが。本人が疲れたと言えばここで休もうと言いやすい。だが顔を見る限り本人はまだ歩くつもりらしい。


「そろそろ少し休む?」


 そこに前を歩いていたグロリアが俺が戻ったことに気がついて声をかけてきた。グロリアはエータを見ると何も言わずに近くの木にもたれるように座った。その手があったか。俺はグロリアに心の中で感謝した。

 確かにエータを強制的に休ませるならその方がいい。俺も近くの木の根の上に腰を下ろした。瑛太は少し戸惑ったようだったが自分も近くの地面に腰を下ろした。エータの後ろをついてきていたロアはエータが座ったのを確認してからペタリと伏せた。

 俺がバッグから水を出すとエータに渡す。ぺこりと頭を下げるとエータはそれを受け取った。グロリアは自分で自分の分を持っている。入れてしまえば重さは感じないカバンなのだがエータがどれぐらい自分のリュックに物を詰め込んだかがわからないので水や食料を渡していない。もし入らない場合エータはリュック以外のバッグにそれらを入れて持とうとするかもしれない。それはそれで歩くのに邪魔になると負担がかかるのではと俺が思ったからだ。

 エータは水を飲んで少し食べ物を口に入れたらくたりと首を下げて微動だにしない。大丈夫だろうかとグロリアとアイコンタクトを取る。グロリアは首を傾げて苦笑いするだけだ。

 どのぐらいか、長くはない時間そうしているとエータは顔を上げて静かに体を伸ばし始める。


「もう良いのか?」

「大丈夫行こう」


 本人がそういうので進むことにした。しかしエータの様子を見ながらそうした休憩をはさみながら、だ。


 夕方になったので適当な場所で夜を過ごすことにした。


「もう大声じゃなかったら声を出しても大丈夫よ」


 いつものように簡易結界を張ったグロリアが声をかけた。


「結界って便利なんですね……」


 エータの声に覇気がない。木の幹に体の左側をぺたりとつけたまま動かない。話すことなく夕飯を食べると、エータはこちらに断ってからすぐに寝袋にくるまってしまった。


「エータ君寝た?」


 横になってマントを被っていたグロリアがむくりと起きだした。


「ぐっすりとな」

「疲れてたのね。頑張ってついて来てくれたもんね」

「そうだな」


 グロリアがエータを起こさないように俺の側までやってくる。


「けどやっぱりちょっと遅いわね〜」

「それは仕方がないだろう。剣を教えてやろうと思っていたんだがその前に体力と防御の方向を考えた方が良いと思ったぐらいだぞ」

「それで正解みたいね。歩くのに必死でこれじゃ戦ったらすぐに死んじゃうわ」

「疲労でふらついてやられるとかちょっと悪夢みたいじゃないか」

「笑えないわそれ」


 今は一年で比較的気候がいい時だ。暑くもなく寒くもなく、進みやすいとは思うのだが。雨が降ると足元がぬかるむし体温が奪われるしで今がちょうど良かった。


「困ったわね前と同じぐらいで着くと思ってたから結構いっぱい作ったのよ。バッグを新調したから前より入れられて欲張っちゃった」

「どーりで一種類しか作らないって言ってたわりに時間かけてると思ったんだ」


 長く一緒にいるので薬の作り方はわからなくてもグロリアの作業時間と作業効率はわかっている。


「遅かったらロアに乗ってもらって行こうかとも思ってたんだけど、多分酔うわよね」

「ロアが人を乗せるような走りを身につけてないからな。思うがまま走るからそうなる可能性が高いな」

「あとエータ君、落ちそう」


 すやすやと眠るエータを二人で眺める。俺はゆっくりと大きく頷いた。

 その側で寝ているロアには首輪や胴輪は付けていない。耳の縁に野生ではない証としてのピアスがついているくらいだ。つまり人が乗って掴まるところがない。きっと測っていないがエータには握力もないだろう。ロアだけが走り去って落ちて取り残されるエータが容易に想像できた。


「んーあのね。ちょっと悪いんだけど森を抜けたら私ロアと一緒に先に行くわね。森さえ抜ければ物理が効きにくい敵は出ないみたいだし、隠れながら時間かけて進めば行けると思う。いざとなったら杖があるし逃げるくらいなら……多分」

「今まで往復してそんな感じだったから杖の出番はないだろうな。俺が倒せる」

「本当は一緒に行きたいんだけど薬の効果が落ちるから、こればっかりはね……」

「あと調査隊もどうしたかな」


 指を組んでそこに顎を乗せたグロリアが真剣な顔をした。


「そうね、進めたにしても駄目だったとしても結果が出てる可能性があるわよね。調査が決定したからっていうのは教えてくれたけど正確な開始日は教えたくれなかったから実は始めてたとかで終わってたらどうしよう〜こんなに大量の薬他のところじゃ買い叩かれちゃう」

「保たないからな……」

「保存瓶があればいいのよ。それか保存箱」

「発掘品の話をしない」

「もーいつか作れるようになってやるんだから!」


 グロリアがじたじたと悔しそうにしていた。

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