第37話 森歩きの効果
ここ数日で少し整った体内時計のおかげで朝、に目が覚めた。覚めたと言っても歩き通しだった昨日の今日なのでまだ寝ていたい。けれど人の起きている気配がして二度寝を諦めた。
今は一人じゃないのだ。迷惑をかけたくない。
起きようとして動いた瞬間に気づく両足と何故か首にある鈍い筋肉痛。いや、でも多分これ少し走ったりしてたからこの程度なんだろう。でなきゃ今頃一歩歩くごとに痛、イタ。と言いたいくらいのものとなっていた。
今日はもう足を踏み出すたびに痛みが走りまともに歩けないから置いていってくれないだろうか? と言わなければならなかっただろう。自殺行為だな。
このくらいなら我慢できる。頑張ろう俺。
よし、と気合を入れる。
「おはようごさいます」
「大丈夫? もう少し寝ててもいいわよ?」
「いや、大丈夫ですよ」
手を振ってなんてことないとアピールをする。バレバレだろうけど一応これは俺の気持ちの問題なのだ。
俺を連れ出したケーシャはともかくグロリアさんは被害者だな。本人が気にしないで、みたいなことを言ってくれたのだとしてもやはり時間が経つほどに俺は気になってしまうのだ。ケーシャはグロリアさんに何と言ったのか。こんな足手まとい、本当に申し訳ない。
朝食のパンと果物をもらって食べる。果物は腐りやすいから早めに食べてしまうのだそうだ。俺はまた忘れそうになっていたバナナを出してみんなに食べてもらうことにした。
「たまにある黄色い果物だな」
「ばななっていうらしいわよ」
「ばなな。そんな名前だったのかこれ」
二人がバナナを剥きながらそんな話をしている。
俺はグロリアさんに許可をもらったのでロアにバナナをあげているところだ。一瞬ちぎった方が良いかとも思ったが、ロアの口に対してバナナはとても小さく見える。剥いたバナナを手に持ってどうやってあげようかとロアの前で悩んでいたらロアがバナナをぺろりと舐めた。一瞬考えたが、バナナを両手に乗せたらロアはぱくりと口に入れてしまった。大丈夫かなと眺めていたがむせることもないようなので安心した。大きな犬だと思っているがその認識を改めるべきなのかもしれない。そもそも世界が違うのだし。似ているのは外見だけかもしれない。
美味しかったらしく尻尾をパタパタとさせて俺の手を舐めた。かわいい。
みんなで朝ごはんを食べたらまた昨日のように森の外を目指して歩く。昨日との違いは俺が既に疲れていて筋肉痛を伴っていることだろう。あとねむたい……。
しかし丸一日歩いてもても出られない森とは広すぎる。森っていうのはこう山菜を採りに行ったりキノコ狩りに行ったりするもんじゃないのか? 往復に一日以上かかるんじゃ鮮度がいいうちに森から出られない。いや、俺が想像しているのは私有地の山か? 森に縁がなかったのでうまく想像ができていない。
そういえば山といえばテレビで登山をするという番組があったな。それで今日はこの山小屋に泊まります。山頂は明日ですとか言ってたな。確かあれスタートは朝から登っていた気がする。昨日歩いてきた時間を考えると距離的にはあのレベルになるってことか? もしかして俺もう少しで山頂に着いちゃうのか。ま、こっちはあんな登道じゃないんだけどな。足元の悪さと言えば石があったり木の根があったり草がある程度で……いや俺には十分に足元が悪い。
なんだかわけのわからない、しかも前と同じことを考えている気がするが、そんなことでも考えていないと眠たくて眠たくて眠りそう。
気力と根性で二人について行っている。たまに後ろからロアが鼻先でグッと押してくるのが大変とてもありがたい。俺がお金を稼げたら美味しいものを食べさせてあげるからな。
なんだか明るさが増えたような気がする。そう感じて下を見ていた目線を上に上げるともうそこは森を抜ける寸前だった。あんなにあった木がなくなって木の葉の向こうに光が見えた。
「お疲れ様〜遮蔽物があるここで今日は野営するわよ」
手を振っているグロリアさんが逆行でシルエットになっている。
それよりも、地面よりも、空に目がいった。俺の知っているものとほぼ変わらない空がそこにあった。太陽も二つあるわけもなく一つでそれは青い空にぼんやりとした薄い白い雲と一緒に浮かんでいた。
あの明るいだけの色のない空を見慣れたと思っていたが、この青い色を見てしまうとなんだかとても、懐かしかった。ざあっと風が吹く。知らない匂いが混ざっているがそれは爽やかな知らない匂いだ。
「いい天気で良かったな」
「そうだな。……俺のいた世界の空に似ている。すごく落ち着く空だ」
「それは良かった」
ケーシャがぽんと俺の背中を叩く。
いつまでも空を見ているわけにもいかない。俺も今日の野営の準備を手伝おうと下方に視線を移す。と、一瞬、固まってしまった。地面は所々砂が見えていて緑のひょろりとした細い草が点々と生えているのだが、その向こうにあるのはがらんどうの所々崩れた壁しか残っていない建物の残骸があった。遮蔽物には間違いないだろう。身を隠すにはいい壁ではあるがその壁にはびっしりとツタが広がっていた。ミステリーに出てくる森の洋館の壁に這っているような植物に見える。周りを見渡せば似たような建物だったものの残骸がいくつも確認できた。砂に埋もれてしまって岩にしか見えないものもある。
人間がここに住んでいたのだろう。なぜこんなことに?
ロアが一人ぽつんと森の出口で立っていた俺を呼びに来た。二人の方に俺を鼻で押す。
「ごめんよ。今手伝うよ」
とりあえず考えを一時中断して自分のできることをした。
今夜は疲れているはずなのに色々と考えてしまってこれでは眠れない……。
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