第35話 感動と疲労

 どうしてこんな物が出てきたのか考えながらリュックに寝袋をセットした時、グレーのキーホルダーが視界に入った。また柄が変わっている。数字の3が書いてあったところが0になっていた。

 そして俺はこの都合の良さにピーンときた。

 つまりこれは、さっき出てきた物たちは、もしかしなくてもお部屋さんから俺への餞別ってことではないか?! 実際外に出ないと分からないこともあるでしょうってことなのか!? 優しい……お部屋さん好き……風呂はちょっと時間かかるから使えるか微妙なところだけど全部ありがたく使わせてもらう。


「エータ? 大丈夫か?」

「なにが?」

「いや、泣いてるみたいだから、その」

「? あ、これは感動してるだけだから大丈夫」

「かん、どう?」


 言われてから気付いた、いつの間にか流れていた涙を拭う。でもこれは説明しても通じないだろうな。

 何から何までお部屋さんにはお世話になりっぱなしである。しかし何と言ったものか、しばし考え浮かんだのはやはりこれ。


お部屋さんははの優しさを噛み締めていたところだから」

「またそんなことを言って」

「なあにそれ」


 ケーシャには呆れられ、グロリアさんにはくすくすと笑われてしまう。

 でもそれ以外に説明が思いつかないのだからこれで良い事とした。


「さ、そろそろ行きましょうか。あー楽しかったわ」

「必要なら杖差し上げますからね」

「家でも持てたらその時にお祝いとしてなら欲しいわ」

「家ですか」

「グロリアまだ定住する気ないだろう」

「そりゃ未来の話よ〜」


 ということはしばらくはやはり俺が持っていないといけないということだ。使う機会が巡って来ないことを本当に祈る。


「ロアはエータ君の側にいてね」

「わふ」


 ロアがグロリアさんの言葉に頷いている。なんて賢い子だろうか。しかも近くにいてくれるらしい。

 ぽてぽてと俺の隣に来てくれるロアによろしくな、と声をかけると任せとけといった感じに鼻を高く上げた。たいへんかわいいはなまるをあげよう。


 グロリアさんとケーシャが前を歩く。若干グロリアさんの方が前を行っているのは魔法の効きやすいこの森だからなのか、いつもそういうスタイルなのか。


 少し開けたあの野営地から実は一歩も出ていなかったのでこの森を歩くのは初めてだ。俺が見たところで結界が張られてる範囲がわからなかったというのもある。つまり走っていたのはならされた範囲のほぼ平地。

 予想通りと言うか、外は道などなく完全にただの森だ。木が我が我がと光を求めて上へ伸び、その隙間に草が僅かに降りてくる日光を浴びようと生えていた。

 色を見る限り緑や茶色が多く、奇抜な色があるわけではない。赤があればそれは木の実で、黄色があればそれは花だったりした。一応異世界なのだから何かこう紫色の葉っぱとか虹色マーブル模様の木の幹とかが生えてたりするのだろうかと考えていたがそんなことはなかった。

 最初は構えて歩いていたが思っていたよりも地面は歩きやすい。前方を二人が歩いてくれているから草が倒れある程度道になっている。

 この森に魔獣がいるという話だったので終始無言だ。まあ喋ってたらここに獲物がいますよ、と言っているようなものなので無言が悪いと思っているわけではない。

 たまに足元を小さな生き物が通ったりする。素早くて姿形を認識することはできないがネズミのようなものなのだろうか? 隣を歩くロアが気にする様子もなく前を向いているので俺もそれにならった。


 どのぐらい歩いただろうか? 二人が前を歩いてくれている所をなぞっているからといっても流石に足が重く疲れてきた。まだ森を抜けない。

 重なるようには生えていないが太い木も細い木も生えている。それらを避ける度に俺の体力は消耗していく。歩き始めた時はそんな光景が珍しかったが今はもうただ邪魔でしかない。なんといってもまっすぐ歩けないのが結構辛かった。前を行く二人がするすると歩くので俺も真似して歩こうと思ったのだが前を見ていると足元が疎かになり足元を見ていると木にぶつかりそうになった。運動神経がないとかそういうことではないような気がする。コンクリートジャングルと呼ばれるようなあの都会に住んでいた俺は目の前に障害物があるという状況に慣れていないのだ。人を避けるのは得意だが木をよけて足元の草に絡まるのは初体験だ。

 しかしあれだけ入れたのに全く重みを感じないリュックがとてもありがたい。これが普通のリュックだったらゾッとする。水を入れて食料を入れて寝袋が乗っていて着替えが少々。それだけでも体力のない俺がこうして歩くには重たかっただろう。


 さてここまで黙々と歩いたが、一向に魔獣に会わない。いや、会いたいわけではない。ただ一方的に見られていたような気がする魔獣をこちらとしても一回ぐらいはこの目で見ておきたいのだ。どのぐらいの大きさなのだろうか、毛が生えているのかそれとも鱗で覆われているのか。しかしあの鳴き声から想像していたのはライオンとか虎とかの猛獣の類だった。鳥類という可能性もあるのだろうか? しかしこの鬱蒼とした森に大きな鳥が住んでいるとは考えにくい。ものすごく飛びにくそうだからだ。

 そんなことをぼんやりとしてきた頭で考えていたら少し前を歩いていたはずのケーシャがいつのまにか目の前にいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る