第34話 用意していない物

 ついにこの森から、というよりはグロリアさんの張ってくれた結界の外に出るのだというのに。俺は。緊張して眠れないなどということはなくばっちりしっかり熟睡したので体調は万全である。不安といえばみんなについていけないのではないかということだけだ。


「おはよー調子良さそうね。よかったわ」

「ははは、お陰さまで」


 そう寝不足よりはずっといい。

 くるくると寝袋を丸めて袋に入れてからきゅっと口を縛って脇に置く。レジャーシートは軽く土を払ったらこれはビニール袋に入れておく。不思議な空間のおかげでリュックの中では混ざらないみたいなのだがなんとなく汚れが気になってしまう。

 さて、レジャーシートを入れようとリュックの蓋を開ける。


「あれ?」


 いつもリュックの底が見えていたはずなのに何かが入っている。


「どうした?」

「いや、これ。こんなこともあるのか? 入れた覚えはないんだが」


 ケーシャにリュックの中を見せる。そこにグロリアさんもやってきた。


「袋? 四角くて本が沢山入ってそうな感じだな。空間袋はこんな風にならないと思うんだが」

「イレギュラーなんじゃない? カバンと石で作ったわけじゃないでしょ?」

「そうだったな……これ出していいか?」

「勿論。これ入れようとしてたんだけど、出さないと入らないよな? あ、隙間から入れればいいのか?」


 そういえば忘れてたがカバンとはそういうものだ。


「おかしくなると悪いから出してからがいいと思う」


 そして俺のリュックからケーシャが出したのはひと抱えもある四角くなった袋。出したらすごく厚く、でかくなった。ケーシャが袋を開けてみる。


「なんだこれ」

「エータ君が敷いていた物に表面が似てない?」

「レジャーシートですか? 確かに」


 袋から出してみるとかなり厚みのあるレジャーシート、に見える。地面に敷いたら寝心地が良くなりそうなもので、枚数も入っている。ちなみに入れた記憶はない。

 でもこういうのいいなって初日に地面が気になった時に考えたはずだ。でもいやまさか。


「まだあるわよ」


 次に出てきた物はパっと見は似ているが出してみたら全く別物だった。まず日本語でこう書いてある。


「誰でも簡単。どこでも設置」

「簡易、持ち運び可能……浴槽?」


 あ、そういえばケーシャ読めるのか。


「え、何が浴槽なの? ツルツルした布にくしゃくしゃのコード? 黄色いケースにはホースが付いてるわ。これは何??」

「ビニールプール形式!」


 見たことある黄色いポンプが出てきてピンときた。それを手に取り押してみる。


「こうすると空気が出るんです。で、この布に穴があってそこに空気を送り込むと多分湯船になるみたいですけど」


 円柱に三角錐が付いているタイプの空気入れも入っている。好きな方で空気を入れろと言うことか。広げてみたビニールプール改めビニール湯船は大きいのでどっちで空気を入れたって膨らましきるまで時間がかかりそうだな。


「なにそれ」


 グロリアさんがきょとんとしてしまった。ですよね。


「厚みを増やして頑丈になったらしいぞ」


 付いてた説明書らしき紙をケーシャが面白がって読んでいる。


「そうか。なんでこんなもんが出てくるんだ??」


 汗だくになったあの時にそんなことを思った心当たりはあるけれどそれはグロリアさんが解決してくれたんだよ!

 あの魔法と風呂の心地よさはまた別物だけどな……。


「まだあるわよ」


 グロリアさんが取り出したものは太鼓のバチでも入っていそうな長さの袋だ。


「中身は何かしら〜」

「楽しくなってないかグロリア」

「あら珍しい物は大好きよ」


 グロリアさんが袋の中から取り出し、二人とも固まってしまった。


「どうかしました? まずいものでも入ってました?」

「……」

「そう、ね」


 何故か二人して俺に物を見せてくれない。何だろう……嫌な予感がする。


「私ですらこれは怖いわよ」

「俺はもっと怖いからこれはエータが管理するんだぞ」

「え? は? どういうこと」


 渡されたものを見れば赤色、黄色、青色。見覚えのある色の、見覚えのある形状。青色なんて腰に差したままなんですけど。そう、杖である。

 違いは石だけじゃなくて杖自体が石と同じ素材で出来ていることと、杖の太さだろう。借りているのが菜箸より少し太め、これはゴボウくらいある。しかもなんと各色三本入り! オトクダナー。


「……あの、この杖ってこのタイプも普通に流通し」

「してないからね!!」


 食い気味に言われた。そうだろうなー。焦りが伝わってくる。

 石のひんやりした触り心地はとても良い。この世界の価値が分からない俺が持っていても良いのだろうか? まぁ顔を上げて目を合わせようとすると背けられるので良いんだろうけど。この杖そんなすごいのか。


「多分その杖ならこの森の魔獣の頭を吹き飛ばせるわ。魔力の補充は、してみてからになるわね。同じものに見えるから満タンに出来そうだけどやってみないことには」

「使う状況にならないことを祈ってますから!」

「そうね、それがいいわ」


 なるべく戦闘はしたくない。一匹に一撃入れてもその後に大群が押し寄せたら俺は終わりだ。


「気休めだけど、この布巻いておいた方がいいわ」


 渡されたのは包帯のような形状の布地だった。引っ張ってみたが包帯と違って伸縮性はなさそうだ。


「石と杖の先は仕方ないから他の部分を隠すといいわ。万が一があると悪いから、隠れてた方が使いやすいでしょ?」

「これ、見られるとまずいんですかね?」


 くるくると巻いていく。止めるものがないから最後は尻尾が出るな。スタートとゴールを合わせてリボン結び、はやめよう。柄じゃない。


「売ってくれって交渉してくれればいいが、エータだと……奪われるか殺されるかだな」

「そうね……鎧でも着ておく?」

「いえ、それだと動けないですから! 巻き終わったらリュックにしまっておきます!」


 巻き終わった物を元の袋に戻す。そして今度は元のように底の見える状態になった空のリュックに入れた。厚いシートもビニール湯船もついでに入れる。これ以上出てこなくてちょっとほっとしている俺がいた。


「勿体ないけどそれがいいわ」

「でもいざが来たら迷わず使えよ」

「いざ、来ないって、思いたい」


 身を守れる物があるのはありがたいがそれで命を落としたなんて笑えない。

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