第32話 足は遅い

 次の日も訓練のような練習のようなことをしていた。それを見てくれていたケーシャが腕を組んで真剣に悩んでいる。


「やっぱり逃げるにしても足が遅い」

「悪かっ、たな」


 しかし運動をしていなかった社会人としては合格点をくれてもいいのではないか。伝わらないから言えないのだけども。

 そこに今日分の作業が終わったグロリアさんがやってきた。


「というかね。自衛ならこれとかどう? 探してみたら出てきたのよ」

「それか。でもな」


 グロリアさんが差し出したのは菜箸らしき物で、その太い方の端にSサイズ卵くらいの大きさの丸く赤い石の付いた物だった。


「無いよりマシでしょう?」

「あー無いよりは、な」

「これ何か問題があるのか?」


 ケーシャが渋っているので使うと爆発するとか体力を全部持っていかれるとか危ないものだろうか。しかしそんなものをグロリアさんが自衛にどう? と出してこない気がする。


「これはな」

「火の魔法が使えるの」


 ケーシャが言う前にぐいっとグロリアさんが俺に杖を渡してきた。石が見た目よりもずしりと重い。


「別の色もあるのよ。魔法が使えない人がよく使う補助杖でね。この石に魔力を溜めておくことで魔法が打てるのよ。ね、自衛にはぴったりでしょ」

「へーそれは便利ですね」

「十入れて十打てればもっと便利なんだけどな」

「え?」


 それはどういうことだろう。


「……問題はね。燃費が悪いことなのよね」

「この大きさの石だと最大出力で一発しか打てない」

「それはどのくらいの威力なんだ?」

「……この森の魔獣の頭は吹き飛ばないわね」

「人間の頭は吹き飛ぶけどな」

「この森の外の小型の魔物は倒せるわ」

「あれは逃げた方が早いだろ」

「そ、それは微妙……?」


 俺には対人間よりも対魔獣、魔物といったほうが必要な気がする。町に着くかどうかが問題なのである。

 はぐれる気はないが、万が一はある。考えたくはないが食べるなら俺が一番食べやすい。動きは遅いし戦う力はない。


「でも自分の体力を減らすことなく使えるからそこは悪くはない。だが威力調整は使用者の感覚に左右されるし、これは残魔力の確認ができないから難しい」

「つまりまだ打てると思ってたのにスカることがあるのか」

「石の色が変わればいいんだが」

「色が変わるのは貴重品だからね〜ごめんね。あるのはこれだけなんだけど」


 同じ形の色違い、レモンのような黄色と晴れた日の空のような青色のものをグロリアさんがさらにくれる。


「黄色のほうが雷、青は水よ。雷は痺れさせることがメインだから倒せることは期待しないで。水は、その」

「飲料水代わりだな」

「もーそうなんだけど言い方があるでしょ」


 二人は威力がなんだ、性能がなんだといっているが、これに俺はとてもわくわくしてしまう。杖を振ると何かが起きるなんて楽しいだろ!


「これ試してみてもいいですか」

「いいわよ。空になったら私が補充してあげるわ」

「でもエータ。試してみるったって魔法見たことないだろ? それ使うにはイメージがないと」

「それは大丈夫」


 イメージだけならよく知っている。ここは森だし水が安全だろうと青い杖を手にして石を握るように手に持った。前方に向かって杖を構える。

 これ、ちょっと恥ずかしいぞ。

 魔法使いのアニメを見た子供が真似をするのに台所の箸を振っているみたいじゃないか?

 いや、それを考えるのはここじゃ俺だけだな。と思い直す。

 地面を水浸しにするのは嫌なので、以前見た宇宙の無重力空間でのあの浮いている小さなひとくち大の水を思い浮かべる。目の前に出るといいなーと軽く円を描く様に杖を振った。

 するとふわり、ふわりと思い描いた通りの水の玉がいくつか浮かんだ。面白い!!

 飲料水と言っていたなと目の前にある一つを食べてみる。気分は宇宙飛行士だな、なんて向こうの世界でしてみたかったことができているのがたまらなかった。顔が緩んでしまう。


「うん。水だ」

「エ、エータ君すごーい!」

「一回でできるとは思わなかった。しかもこれは」

「イメージが明確なのね! 優秀じゃない! ね、こっちもしてみて」


 示されたのは赤い石の杖。これは火のはず。


「周り燃えません?」

「そうなったら消してあげるわ」

「な、なら」


 隕石、山火事、キャンプファイヤー。だめだもっと弱いやつ。ゲームの中の火の玉もまずいあれは前方に飛んでいきそうだから燃える。消してもらえるからって木を燃やしたくはない。生木は燃えにくいって読んだことあるけど魔法の火にそれが当てはまらないかもしれない。


「あ」


 ライターならいいかもしれない。杖の先をじっと見て小さく振る。ぽっと、あの銃みたいな着火ライターの火に似た形の火が杖の先に浮かんだ。


「できた」

「コントロール完璧じゃない。本当に魔法使えないの?」

「こんなイメージが持てるなんて、エータのいた世界見てみたいな」


 両脇に二人がいて驚いた拍子に火は消えてしまった。

 水は意識外になっても消えないらしくまだふわふわと浮かんでいる。それにさっきまで寝ていたロアが楽しそうにじゃれていた。


「後は実際戦闘になったら最大火力も試してみるといいわ。雷は相手がいた方が発動したかよく分かるしね」

「その時が来たらしてみます」


 グロリアさんが手を出したので使った杖を渡すと石に魔力を入れてくれた。

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