第31話 失われたもの

 一通りやり終わったら汗でどろどろになった俺の出来上がりだ。気持ち悪い。


「おつかれ。休んでるといい」


 ケーシャはまだ動けるようで鞘のついたままの剣を抜くと素振りをはじめた。俺と一緒に同じだけ動いていたのに体力おばけだ。俺の体力とじゃ比較対象にならないだろうけど。

 でもおかげで転び方は分かった。顎を引くことで頭を守り手が折れると悪いから手をつかない様にする。なるべく側面で転ぶ。おすすめは肩。膝も避ける。

 あとは練習を繰り返してとっさの時にその行動が取れれば完璧だな。


「あ、風呂に入れないんだな」


 忘れていたが今そんなものはここにない。ずっと快適生活だったので考えもしなかったがこの世界の生活基準はどのくらいのものなのだろうか。

 とりあえず川か何かを見つけて冷たくてもいいから水を浴びたい。素振りをしているケーシャに聞こうかとしたらグロリアさんがこちらにやって来た。


「エータ君。キレイにしてあげるわ」


 そう言ってグロリアさんが俺に手をかざすとふわりと暖かい何かに包まれた。するとさっきまで感じていた汗によるベタベタとした不快感が消えてさっぱりとしている。シャワーを浴びたとか風呂に入ったとはまた違う感覚だ。


「ありがとうございます。これ魔法ですか? すごい、不思議ですね」


 こういう魔法が書かれたファンタジーもあったな。最悪きれいなタオルで拭くしかないと思っていたので感激だ。


「そ、魔法のひとつ。これ覚えると楽よ〜。こうして生活するには必須とも言えるわ。行った先に必ず川や泉があるとも限らないしね」

「魔法いいですね」

「適性があればねぇ。エータ君はどうかしら?」

「どうでしょう? そういう環境にいませんでしたから」

「じゃあこれ」

「なんですか?」


 手のひらにこの間の石に似たものが置かれた。似ているといっても色だけで小さいウインナーを上から押さえたような形をしている。


「良いって言うまで握っていて?」

「はい」


 握れば手のひらにすっぽりと隠れる。

 じっと握っているが光ることも熱くなることも冷たくもならない。そういうものではないのか。


「もういいかしら開けてみて」


 手を開けたが俺の目に石の変化は見られない。


「うーん。全くなくはないけどあるとは言えないわね。端が薄く白くなってるの分かる?」

「なんて微妙な」


 言われてみれば? 程度でこれを変化というだろうか。


「鍛えたら増えるって説もあるからこの石たまに握ってるといいわよ」


 今握った石とは別の石をもらった。細長い小指くらいの長さの暗い飴色の六角柱だ。紐で首からかけられるように加工してある。


「いつか透明になったら教えてね。そしたらさっきの魔法のやり方練習しようね」

「その時はお願いします」


 来ない気もするけど、優しく微笑まれてしまい否定する気は起きなかった。


「今日は何をしていたの?」

「転び方講座です。俺じゃ戦えないだろうということで……あの、今更ですけどご迷惑おかけします……」

「気にしてたの? 良いのよ〜そんなこと」


 グロリアさんは素振りをし続けているケーシャに視線をやる。すっと俺の隣にやってきた。


「ね、本当のところは何がしたいの? この世界の住人じゃないのよね帰りたいとかある?」


 ケーシャとの会話を聞いていたのだろうか? したいこととしては特にないが気になっていることがひとつだけ。


「ケーシャに言わないで下さいね? あの空間に戻りたいというか部屋に忘れ物したというか。いや何も忘れてはいないんですけど」

「部屋……部屋。もしかしなくてもエータ君が住んでた食べたいものが出てくるあの部屋?」

「ケーシャそんな風に言ってたんですか」


 思わず笑ってしまう。間違ってはいないけど出てきたのは食べ物だけではない。


「それは大事ね! 任せてケーシャに内緒で方法を調べてあげるわ!」


 小声だけど思っていたより勢いがあって驚いてしまう。

 グロリアさんは俺の手を両手で包んで小さく上下に振った。協力してくれるなんてありがたい。

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