第39話 奪還とその後

「『眠りなさい』」

どさっ、と音を立てながら突然ネスカがラルに倒れこんできた。


「ちょっと、ラル、大丈夫かしら?ネスカが貴方に倒れこんでいるその姿を見られたら・・・あら、リージェン」

「・・・何この状況。説明してくれる?」

ローブを纏ったリージェンが、瞳に炎を灯して意識を失ったネスカを睨みつけている。カメリアはお手上げ、という風に両手を上げてラルから距離を取ってしまった。

「おい、こいつどかすぞ」

ひょい、と片手で細身のネスカを持ち上げ、グレンは彼をソファに投げ捨てる。

「あ、ありがとう・・・皆」

目の前の友人から謎の圧を感じる。何もしていないのについ、謝ってしまいそうになるくらい。


三人に続いて、さらにフードを纏った人が入ってくる。

「ラル、お前、大丈夫か?」

「・・・ギン」

「聞いたのか?お前の生い立ちから孤児院の話まで」

「うん、全部聞いた。それと、ゼーファとマリアは悪い人じゃないよ。二人の本当の名前も知ってる」

「そうか」

「ギンはどこまで知っているの?・・・そういえば、前に初対面の私に『昔の記憶はないか』って聞いてきたことあったよね」

確か、あれは入学して間もない頃だ。当時はさして気にも留めなかった。が、あの時ギンはラルも自分と同じように、記憶を自衛していたのかどうかを確認したかったのだろう。



話し込んでいるラルとギンを尻目に、[使役者]の三人はひそひそと話す。

「真相を聞いたラルは、私たちを嫌ったりしないわよね?ラルの祖先をこき使っていた人種、って怒ったりしないかしら・・・」

「大丈夫だろ。あいつはそんなこと気にする奴じゃない」

「悪いのは、主従関係を無理やり作り出した僕たちの先祖だ。今を生きる僕らは関係ない。それに誰もラルを下に見たりなんかしてないよ。初期のグレンは酷かったけど」

グレンを横目で見ながらリージェンが意地悪く笑う。

「おい、それは言うな。俺もあの態度は反省してるし、もう済んだ話だ」

「わたくしも人のことは言えないわね」

「・・・ギンの言ってたことってどういう意味だったんだろうな」

出発前のギンの言葉を思い出し、グレンとカメリアは溜息をついた。


***


ラルの閉じ込められている部屋に突入する前、ギンは言った。

「俺達[最高使徒]が人を好きになることはほとんどない。契約者の命より優先するものができないように縛られていたからだ。俺自身、実際に自分の感情が人より乏しいことに気付いていた」

だが、とギンはニヤッとして言う。

「あいつが攫われてから、身をもってやっと理解した。[最高使徒]は自由な感情が抱ける。俺が実際に感じたから信じてくれていい。ラルは人を好きになれるかもしれない。・・・まぁ、精々頑張れよ」

と、ギン今までで一番楽しそうな顔で言い放った。


***


「あれ、本当にどういう意味かしら?」

「さぁ、ギンはいつも何を考えているか分からないからな。俺達をからかったんじゃないか?」

「・・・まずいな」

リージェンは爪を噛みながらつぶやいた。

「え?」「何が?」

二人は気付かない。

「ううん。こっちの話」

何でもない風を装って、リージェンは手を振る。

(あれは絶対、ラルを恋愛対象として見始めている。ギンは要注意人物だな・・・。彼は[最高使徒]の垣根を越えて、彼女に抑えきれない感情を抱いている。・・・つまり僕のライバルだ)

リージェンはラルに対する自分の想いの大きさを理解していたが、ギンは無自覚に見えて実は誰よりも彼女対して重い感情を抱いているのだ。たちが悪い。

「・・・大変だなぁ」

そのつぶやきは自分に向けてか、はたまた呑気な彼女に向けてか。真意はリージェンしか知らない。


***


「ラル!!!無事ね?良かったぁ」

ラルの姿を目にするや否や、クレアは彼女に駆け寄る。焦燥しきっていたクレアの顔は、ラルの出現によって一瞬で元気を取り戻していた。

「心配かけてごめんね。むしろ、ふかふかベッドで良い睡眠がとれたくらい!」

「脚は痛くない?」

「うん。いつの間にか呪いを解いてくれていたみたい」

「あの人たち、絶対に許さないわ」

温厚なクレアが怒りに身を震わせている。ラルのために怒ってくれているのは嬉しいが、誤解を解いておきたいと思った。

「それがね、あの人たちは私を助けようとしてくれていたの。偏った思想になっちゃって、暴走しただけ。敵じゃないよ」

「でも・・・」

「これは僕の落ち度です。内部に『過激派』がいたにも関わらず、僕は何も知らないで平気で生活していた。後のことは僕に任せて貰えますか?」

サイファー王子が頭を下げる。

「あの、できれば、元々孤児だった人達・・・えっと、ここでは『ゼーファ』と『マリア』のような人は見逃してあげて」

あの人たちもまた、ラル達と同じようにその身に起こった境遇を利用されていただけなのだ。彼らが孤児院を追い出されないようにどれだけ努力したかなんて、言葉じゃ表せない。

「あと、私のような人が通っている孤児院を追い出された人達も救ってあげたい・・・です」

「分かりました。全力を尽くします」

思慮深いサイファー王子なら問題を解決してくれるだろう。


***


あの騒動から三日後、平和な日常が戻ってきていた。


「あぁ・・・やっぱり、休日の朝食はラインナップが少ない・・・」

食堂のメニューを見て、ラルはがっくりとうなだれる。そんな彼女の姿を見て、ギンは即座に言った。

「じゃあ、街に行かないか?美味しいものがたくさんあるだろ」

「いいね。たまには外に出るの。皆、起きてるかな?」

と、水晶を取り出そうとするラルの手をギンが強く制した。

「待て、二人で行こう。あいつらがいるとややこしくなる」

「うん。わかった」

いつもより速足のギンを不思議に思いながら、彼の後に続いて歩みを進める。


食堂の扉を出たら、目の前に二つの影があった。

「君たちも外食?奇遇だね」「おはようございます」

目線を上にあげて振り向くと、

「ネスカ!ゼシカ!!」

ギルマ学園の制服を着た元執事たちがいた。

「似合ってるね。二人は【聖職課】に編入したんだっけ?」

「ラルのおかげだよ。本当にありがとう」

「組織にいた頃の知識と孤児院で培った知識を、この学園で最大限発揮するように言い渡されました。ラル様、私は貴方に返せないほどの恩をもらいました。ありがとうございます」

「その知恵は努力した二人のものだよ。私は何もしてない」

凄い人たちに感謝されてしまっている。この人達はラルが到底解けない問題を難なく解き、知らない知識は無いに等しいほど頭脳明晰な人材だ。

「おい、話は済んだか?」

ギンが焦れたようにラルの腕を引く。強引に物事を進めようとする彼の姿は珍しい。

「・・・そんなにお腹空いたの?」

「いや、悪い予感がする。・・・はぁ」

何かに気付いたギンがこめかみに手を触れながら下を向いてしまった。

「あ、皆だ」

「お前らそこで何してるんだ?朝飯なら俺も付いていく」

「あれ、ラル偶然だね。君がここにいるなんて検討もつかなかったよ」

わざとらしく言うリージェンをクレアが咎める。

「リージェン様、またラルの魔力を追跡しているんですか?・・・わたしにもラルの居場所、逐一教えてくださいね」

「クレア、それじゃ貴方までストーカーよ」

と言うカメリアの後ろから、サイファー王子が出てきた。

「皆さんお早うございます。そういえば、ラル。君の心配事は解決できそうだよ」

「本当!?ありがとうございます!」

一気に賑やかになった休日の食堂前。穏やかな日差しが降り注ぐ朝。

ラルはいつもの平和な日常が戻ってきて嬉しかった。


「皆を呼ぶまでもなかったね」

ニコニコとギンを見ると、彼は何故か不満そうだった。

「ラル以外は帰れ・・・」

いつもクールを装っている彼が、ぶつぶつと恨み言を言っていた。ギンは幼いころから色々ストレスを抱えていそうだし、今度悩みを聞いてあげよう。



***


その後ラル達は4年間、平和で実りのある学園生活を送った。

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