第38話 光
ネスカから紡がれる真相の数々にラルは言葉を失う。
「孤児院は、身寄りのない人の集まりじゃなかった・・・」
「あぁ、国が集めた[使徒]用の施設だ。特に、君たちの血族は絶対に子を攫われる」
「私達の血族?」
「君たちの祖先は、大昔にエトナ神から力を直接分けられた騎士だよ」
「・・・え」
「だから、力を持つ[最高使徒]が生まれる可能性が高い。ずっと国から目をつけられる」
私の生い立ちは分かった。私の左脚に力が宿っていた理由も。でも、先ほどから考えたくないことがずっと頭を支配している。
「あの、院長先生も・・・敵?」
信じたくはないが、おそらく―
「国の回し者だよ」
「そっか・・・」
優しかった院長先生。私が入学したときに手紙をくれて、自由に使える膨大なお金も渡してくれた。それも全て国からの指示で、国からの資金なんだ。
(・・・あ、王宮で感じた強烈なデジャヴは院長先生と私だったんだ。あの時期は私の脚に紋章が出てきた時期だったから、・・・成果を報告してたのね)
だとしても、私を育ててくれたことに変わりない。ショックだけど、受け入れられると思った。
元々、[最高使徒]は個人的な情が湧かないようになっているのかもしれない。
「ラル、言いづらいんだけど、まだ院長先生が普通の人だと思ってる?」
ネスカは何も知らないラルにさらなる真相を告げた。
「普通の[使徒]の資格も無いと・・・売られる?噓でしょ?」
「嘘じゃない。[使徒]の力が無い奴は国の労働力だ。君は知らないだろうけどね」
「待って、それじゃ施設にいたほとんど・・・」
皆もう孤児院には、いない。どこかに連れさられて培った体力を酷使されているんだ。そんなに[使徒]の力を持った子は多くはなかった。
「ラル、大丈夫?」
ネスカは冷たくなったラルの手を握って、優しく問いかける。
太陽が傾き、ステンドグラス越しの光は向きを変えていた。
「どうしてネスカは色々知っているの?」
「僕は君たちを守るための、本当の孤児院にいたから。僕は両親に捨てられたところをボスに拾われた。勉強漬けの日々だったけどね。国の内部に入りこむためには、執事試験が手っ取り早いんだ」
「マリアも?」
「そうだね。今はゼシカだ。マリアじゃない」
「ネスカとマリアって、私の敵じゃないんだ・・・」
先ほどまでの敵意はどこへやら。冷めた朝食に近づこうとするラルを手で制す。もう昼食の時間になる。
そんなラルの様子を見て、ネスカは今まで抱いたことのない感情を強く持った。彼女を攫おうと思った時と似た、制御できない大きな感情。
それを彼女に悟られないよう、口を開く。
「僕らが[使徒]と[契約者]の関係を切っているのは事実だ。エトナ神は誰かに縛られるためじゃなくて、自分の意思で君たちの祖先に守りたい人を守って欲しかったんだ」
ラルの両手をぎゅっと握って、彼は悲しそうに言う。その手は少し暖かい。
「それを、国が総力を掛けて『契約』という主従関係に縛った。一部の貴族が君らの力を独占しようとしたんだ。・・・その足の紋章は誰かに縛られるためじゃない。君が守りたい人間を守るための力の徴だ。元々過激派はその信条を掲げていた組織だよ。今はその思想が『過激化』して命を軽々しく奪う集団になり下がったけどね」
ネスカは握っていた両手を離した。そして、そっと左手を上げラルの右頬を軽く触る。
彼はやはり悲しい目をしていた。
「僕は君を解放したい。国の傀儡に成り果てる君は見たくない。君がここにいてくれれば、僕の望みは果たされる。お願いだよ」
「皆は、無事?」
(今のネスカは答えてくれる)
「あぁ、僕とマリアは[使役者]を殺さない。僕は君が欲しかっただけだ」
「[最高使徒]が欲しいなら、ギンは?」
何故私だけを狙ったのか不思議だ。契約していなかったから?
「言っただろ?僕は君が、欲しかったんだ。本当はあのタイミングで攫うはずじゃなかった。皆が寝た頃に実行するはずだったのに・・・僕が先走った」
「ごめんね。ネスカ、私ここにずっと居られない。皆と会いたいの」
「嫌だ」
「ごめんなさい。出して」
ラルはベッドを立ち上がろうとする。
「行くな」
と、低い声で言うや否や、ネスカはラルの肩を掴んで強くベッドに押し付けてきた。
「いいのか?君の脚を使えなくするよ?」
ギチギチと、両肩と左脚が痛みを主張する。
「いいよ。それでネスカの気が済むなら。でも、私はここを何としてでも出るよ」
「・・・っ」
ネスカの顔が酷くゆがむ。葛藤している。ラルの意思か、ネスカの願いどちらを優先させるかを。
「僕は―」
彼が口を開いた瞬間、突如扉が開き、フードを被った女性が入ってきた。フードからは微かに金髪が覗いている。
彼女はつかつかと歩み寄ると、ネスカに触れた。
「『眠りなさい』」
ネスカが倒れる。フードを被った女は、ばさっとその顔を露にして放心状態のラルに向き合う。
「カメリア!!」
「全く、人騒がせな人ね」
そこには、凛とすました顔のカメリアが立っていた。
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