第37話 記憶
ステンドグラスを通した光が様々な色に変わって、床を照らしている。
テーブルに置かれた朝食は既に冷めてしまっていた。
「国が、誘拐・・・?」
「そう。国が君らを誘拐したんだ。正式に言うと[最高使徒]の血族をね」
「え、でも、私、生まれた時から・・・」
「一人だったって言える?ラル、本当に君は孤独だった?」
「だって・・・、思い出せない」
「それが答えだよ」
(思い出せないことが答え?それはつまり、記憶が無いってことになる。信じられない)
しかし、ラルには思い当たる節があった。幼少期の記憶が不自然にすっぽり抜けている。
分かるのは孤児院での出来事だけ。その孤児院の記憶も、今思うとラルが大きくなったものしかない。
(普通に小さい頃の記憶が成長するにつれて無くなったと思っていた。・・・けど、ネスカの言い分からして・・・)
「記憶が消された?」
「そう。君は元々家族と暮らしてたんだよ。というか、[最高使徒]は皆そうだった」
「・・・知らなかった。どうして国は家族の存在を隠していたの?普通の[使徒]は違うの?ゼーファ・・・ネスカはどこまで知っているの?」
たくさんの疑問が湧いてくる。立て続けに質問してしまったせいか、彼は黙ってしまった。
不安になって俯いていた視線をネスカに戻すと、驚いたことに彼は酷く傷ついた顔をしていた。
「やっぱり、君達はそうなんだね」
「どういう意味」
先ほどから私を哀れみの目で見てくる彼の真意が分からない。その不可解な視線に少し、腹が立つくらい。
(私はそんなに悲惨な人生を送ったつもりはない。記憶を何故か消されて、何故か孤児院に送られただけなのに。どこが可哀そうなの?)
「君、家族に会いたいって一言も言わないな」
「・・・っ」
「そこだよ。どうして気に掛けない?君には家族が居たんだ。そこから無理やり切り離されたんだ。両親が気にならない?家族の安否を知りたくはないのか?」
「それは・・・」
「僕は分かるよ。君が[最高使徒]だから。君は[使役者]の安否しか気にならない思考回路になっている。つまり、エトナ神が認めた血族の守護だけしか考えられないんだよ・・・」
「そんなこと―」
無い、とは言えなかった。
ラルは孤児院の院長先生に、自分の過去や親の姿、どこで拾われたか、自分と家族に関することは何も質問したことが無かった。酷い言い方をすると、気にならなかった。
それは・・・ギルマ学園に入学し、行動範囲が広がってからも。
「君は、心の自由を奪われているんだ」
「エトナ神に・・・?」
「正確には[使役者]。[使役者]という忌々しい血族だよ」
「・・・私の友達を悪く言わないで」
「あぁ、ごめん。言い方を間違えた。今の世代は関係ない。もっと前の話だ」
「もっと前?昔、私たちに何があったの?」
「本当に聞きたい?」
聞きたいに決まっている。力強く頷くと、ネスカは覚悟を決めたようにラルの目を見据えた。
「聞いて後悔しないでくれよ」
「・・・うん」
「じゃあ話すよ。君の、君たちのすべてを」
***
ラルがとある部屋で目覚める数刻前、王宮の応接室に集まる皆は落ち着かなかった。
-いつも冷静なギンを除いて。
「じゃあ、最後の確認だ。本当に行くんだな?」
彼は[使役者]の血を継ぐ5人に最後の確認を取っていた。ラルの元へ行くか、行かないか。
「おい、ギン。さすがにくどい。俺達はあいつを助けに行く、それは変わらない」
「ラルの居場所が分かるのは僕だよ。行くに決まってる」
グレンとリージェンは今にも飛び出しそうだ。
しかし、サイファー王子は違った。
「僕はここで待つ。僕の顔は知られている。それに、王族である僕が居たら話がややこしくなりそうだ」
「わたしは王子の傍にいます。残念だけど、わたしは皆の足を引っ張ってしまうわ。カメリアは?」
「当然、ラルを助けに行くわよ。わたくしの得意魔法はおそらく潜入に役立つわ」
これで全員の意思が固まった。
王宮に残り有事の際に備える、サイファー王子とクレア。
そして協会に潜入する、グレンとリージェン、ギン、カメリア。
正直、ギンは教会に彼らを連れて行きたくは無かった。出来ることなら一人で行きたかった。ラルを想う4人を前にしてそんなことは口が裂けても言えなかったが。
教会に待ち受けている真相を、彼らに聞かせたくはない。
ギンは一人思い出していた。彼が幼いころの記憶だ。
(きっかけは屋敷に隠されていた一冊の書だったな)
***
ギンの両親は司書だった。この国ではかなり有名な司書で、古書をたくさん取り扱っていたようだ。
ある日、彼がまだ幼いころ一冊の本を何気なく手に取った。
『使徒と使役』という本だ。
「あれ」
ページをパラパラめくると、一枚のメモが落ちてきた。急いで書いたような筆跡で読みづらい。
「『お願いだ。もし君がエトナ神から力を授けられた者ならば、国からの使者に気をつけろ』・・・どういう意味だろう」
その意味はすぐ分かることになる。ギンが10歳の誕生日を迎えた日、屋敷に独特のローブを纏った一人の人間が訪ねてきた。
「ギン君、だよね?」
男は穏やかに尋ねた。
(あ、そういうことか)
聡明な彼はすぐに悟った。
男はギンに向けて手を伸ばしてくる。全身から嫌な汗が噴き出る。
このままだと取り返しもつかないことになると思った。
(・・・あつい)
その時だ。右眼が酷く熱を持ち始めた。ギンの異常に、目の前の男は気付いていない。
ギンの顔に手のひらをかざした男は、「よし」と言ってギンの両親に向き合った。
「ここまでご苦労様でした。あなたがたのお子さんは私たちが責任をもって育てます。・・・もっとも、力があればの話ですが」
ニタリと狡猾な笑みを浮かべた男は両親の記憶までも、消滅させてしまった。
「さぁ、行こう」
男はギンの手をとって歩き始める。
(あぁ、ここでお別れか)
両親とはもう会えないのだろうと思った。ギンを見る彼らの顔からは、あの頃の親しみを感じなかった。
(・・・意外と寂しくはないんだな)
ギンは自分自身が怖かった。あれほど愛情を注いでくれた両親が、自分の存在を忘れているというのに。突然の出来事に感情がすっぽり抜けてしまっているようだった。
両親から視線を外す際、頬が一筋、ひんやりとした。が、ギンは気にせず前を向く。
―男に続いてそのまま振り返らずに歩いた。
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