最終章 過去

第36話 真相



微かな光が瞼に染み込み、意識が徐々に鮮明になってくる。

(あれ、私、何してたんだっけ)

寝る前の記憶が曖昧だ。

覚醒と同時に段々と思考がはっきりしてきた。

(そうだ。サイファー王子をみんなで祝うために、ケーキを囲んで、それで・・・、あぁ)

思い出した。

焦って立ち上がろうとするが、どうやら私は丁寧に寝かされていたらしい。手がマットレスに沈む感触がした。

「・・・ふかふか」

豪華絢爛なベッドに寮よりも広い部屋。混乱する。

(私、攫われたんじゃないの?えっと、過激派だっけ。・・・ん?誰に―)

はっと息を呑む。あの時私を抱えたのは青い髪の―。

「ゼーファ・・・」

物腰柔らかな王宮の執事だ。まさか、彼が敵だったなんて。

「おやようございます」

真横から声が聞こえた。至近距離で囁かれたため、思わず座ったまま彼から距離を取る。何故か、左脚がズキズキと痛みを主張してきた。

ラルはフードを被った細身の男に喋りかける。

「・・・街で会ったのはゼーファだったんだね」

「またねって言ったじゃないか」

「あの時、私の脚に何かした?」

「うん。ラルの脚に呪いをかけた。今もその呪いは進行しているけどね」

「呪いって?」

「脚に、なるべく君の意思を聞かないようにさせる呪いだよ」

「どうして?」

「君が他の人と契約したら困るから。逃げられても困る。本気で逃げられたら流石に追いつけないしね」

目の前の男はあっけらかんと言い放つ。ラルは隙を突いて逃げ出そうと思った。今の状態なら無理をすればいける。

「過激派の目的は?」

「質問が多いなぁ。答えが欲しいなら、僕の質問にも答えてよ」

と、ゼーファはラルに近づき脚に触れてきた。左脚の皮膚全体が締め付けられるように痛む。

「痛い!」

「逃げないで」

どうやら逃げるのは不可能なようだ。明らかな拘束はされていないけれど、この部屋は全体に魔法がかかっているし、ゼーファが私の脚の自由を握っている。まさに今逃げようとしていたが先手を打たれてしまった。

それに、そのまま脚を握られてしまったから絶望的に不利だ。ぐるぐると思考を巡らしているラルを無視してゼーファは聞いた。

「ラル達ってさ、孤児院に入る前の記憶あるの?」


(どういうこと?私は物心ついた時から孤児院にいた。その前って、生まれてすぐの記憶ってこと?)


困惑するラルを見て、ゼーファは納得したように言葉を付け加える。

「あぁ、連れ去られる前だよ。君は元から孤児じゃない。そうだな、10年くらいは親と暮らしていたんじゃない?」

知らなかった?と面白そうにゼーファは笑った。その笑顔は優しさではなく、悪意にまみれていた。

「ど、どういう意味?連れ去られるって、私は親に捨てられていたんじゃないの・・・?」

「あはは。やっぱりそうなんだ。知らないんだ」

「・・・教えて」

「いいけど、君にとって嬉しくない話だよ?」

ゼーファは困った顔をしつつも、心の底から楽しそうに笑っている。不気味だ。

「じゃあ、僕の言うことを一つ聞いてよ」

人差し指を立て、ゼーファは半身を起こしたままのラルに距離を詰めてきた。

「ここで僕とずっと暮らそう。ここなら「使役」されることもないし安全だ。君が持つエトナ神の力は正当に守られるし、何より僕が嬉しい。僕は君が気に入ったんだ」

「嫌」

初めて不快だと思った。リージェンとは違う独りよがりの発言。決定的なのは、この人は私自身を見ていないことだ。

「なんで私がゼーファのために自由を差し出さなくちゃいけないのよ」

「あ、それなんだけど僕は『ゼーファ』じゃないよ」

「え?」


突然、ガチャリと遠くにある扉が開いた。

思わず目を向けるとゼーファと同じようなコートを着た女性がいた。フードを被っていないから美しい赤髪が見えた。手には食事を持っている。その所作は流れるように美しくて―

「マ、リア」

「お目覚めですね。ラル様、申し訳ありません。私はゼシカです。朝食をお持ちしました」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

「そういえばネスカ、ボスが怒ってたわよ。あんたが勝手な行動するなんて珍しいって」

「あちゃー。でもつい欲しくなったんだ。許してって言っといて」

ゼーファ、もといネスカは目の前で片手をあげて軽く謝る。

「ねぇ、マリア・・・」

ラルの困惑する声は彼女には届かない。ベッドから少し離れたテーブルにトレーを置いて、何も言わずに去ってしまった。


ガラガラと昨日の出来事が崩れ去る音がした。同じ孤児院育ちで、似た価値観を持っていて。これから仲良くなれると思っていた。しかし、マリア・・・ゼシカはそうじゃなかった。

朝食を見る気にもなれず、ふと光が差す方向を見た。

「これって・・・」

あの時のステンドグラスだ。綺麗な女性が何かを抱えている様子。その上には、赤い、月が。

「気付いた?王宮のものと同じステンドグラスだ」

「ねぇ、これだけは答えて。皆は無事なの?」

王宮と同じステンドグラスがここにあるということは、既に過激派は内部にいたことになる。一体いつから?

それか、もともと王族全体が過激派だったのかもしれない。・・・今も?考えるだけでぞっとした。

(サイファー王子は?ギンは?みんなは?お願い無事でいて)

しかし、男はラルの懇願をものともしない。

「さぁね」

「お願い」

「じゃあ、僕の言うことを聞いてよ」

「・・・」

困った。彼の言うことには従えないが、皆の安否が気になる。逃げようにも今じゃないし、ここがどこなのかも分からない。こうなったら、とりあえず嘘をついてしまおうか。

「いいよ。・・・った」

「嘘だね」

バレてるだろうとは思っていた。だって、嘘を付いた瞬間左脚から全身に痛みが走ったから。

フードの男、ネスカは酷く気分を害した様子で顔を歪める。

「どうしてそんなに嫌なの?ここにいたら安全だし、誰かに命令されることもない。契約なんかで縛られることも無くなる。・・・君はもう自由なんだ」

「ここに閉じ込められる事のどこが自由なの?」

「何もここに閉じ込めるなんて言ってない。どこに行ってもいい。僕が君を守るよ。[使役者]からの呪縛から解いてあげる。そうすれば、君は自由に好きなことをして好きなことを感じるようになれる」

「私、誰かとの契約を嫌だと思ったことないよ。契約をしていても私は自由に動けたし、自分で考えることが出来た」

「嘘だ」

「嘘じゃない。・・・どうしてそう思うの?」

不思議と、ネスカという目の前の男からは私に対する悪意を感じなかった。あくまでも私を助けようと、私を思って言葉を紡いでいる。

(じゃあ、何に対して敵意を抱いているの?)

それは―。


「国が教えてくれたんだ。君らを誘拐した元凶が」


ネスカは憐みの目で私を見ていた。

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