第35話 告白


静まり返った食堂で五人は緊急会議を開いていた。ギンが口を開く。


「まず、王宮はすでに『過激派』の息がかかっている。サイファー王子が知りえない所で奴らはいつのまにか王宮に巣食っていたらしい」

「一番の勢力は王宮の執事だ。毎年開かれる執事試験、それが肝だったのかもしれない。・・・それに、執事時代に功績を残したものは文官として内政に提言する権利を得ることができるんだ」

もうここにいる皆しか信じられないよ、と王子は自嘲気味に笑った。

「サイファー王子はいいように使われたってことだね」

リージェンが冷たい目でぼそりと吐いた。

「おい、その言い方はないだろ」

グレンが席を立つ。グレンとリージェンがばちばちと敵意を持った視線を交わし合っていた。

「本当の事だろ?」

「サイファー王子は嵌められたんだよ。何が言いたい?」

二人がここまで衝突したのは初めてだ。不穏な空気が彼らを包むが、その空気を割ったのは意外にも金髪の高飛車な彼女だった。

「今ここで貴方たちが争っても意味無いんじゃないかしら。ラルがどこに連れ去られたか、それが重要だと思うのだけれど」

手元のハンカチをぎゅっと握って、凛とした声で言った。

「わたしもそう思います。ラルを助けたい、お二人は違うんですか?サイファー王子が泳がされていたことがそんなに重要ですか?彼は味方です」

不安で目を潤ませながら、いつもは一歩引いて様子を伺う彼女が前に躍り出る。

「・・・すまん」「ごめん。周りが見えなくなってた」

いつもと違う彼女たちの様子に彼らも黙る。

「・・・僕が苛立っているのは、僕なりに責任を感じているからだ」

「リージェン、どういうことだよ」

幼いことから共に過ごしてきた友の知らない一面にグレンは不安になった。

「僕の家は、エトナ神過激派なんだ」

「え?」

「ずっと黙っていてごめん。これを話すと、グレンにも残酷な現実を突きつけないといけないから黙ってた」

「言えよ」

グレンは兄弟のように思っていた目の前のリージェンが知らない人のように見えた。

「グレンのご両親の死は、過激派が絡んでいるんだよ・・・」

リージェンは目を伏せて、絞り出すように言葉を紡ぐ。

「グレンの家は穏健派だ。・・・僕の家は過激派だ。過激派は、[使役者]を酷く嫌う。だってエトナ神の分身を使役するんだからね。彼らからしたら冒涜とも言える行為だ」

「俺の両親とそれがどう関係あるんだよ」

「これは調べてやっと分かったことなんだけど、グレンの父親は[最高使徒]だった。過激派が血眼になって集めている人材。そんな彼の[使役者]が、貴族であるグレンの母だ。グレンのお父さんは生涯を懸けてグレンのお母さんを守ろうとしていたんだよ。・・・ここまで言ったらあとは分かる?」

「過激派が、俺の父親を攫おうとして母親もろとも殺した・・・」

グレンはその目に闇を宿し、感情のない声をしていた。リージェンは辛そうに頷く。

「僕は家が嫌いだった。僕は[使役者]だからね。僕の両親は違うのに、いや、隠していたのかもしれない。ともかく、あいつらは僕の存在をバレないように躍起になっていた。幼いながらにそれが分かって嫌気がさしたよ」

僕のことはどうでもいいんだ、とリージェンはグレンを優しく見つめる。

「僕は、グレンを守りたかった。だから強引にギルマ学園の入学を進めたんだ。そこなら[使役者]でも認めてもらえる」

「お前、一人で考えるなよ。俺に言えよ。俺だって守られるばかりじゃ嫌だ」

「グレンの両親の死を止められなかった。僕が上手く過激派に取り入っていれば。僕がもっと周りに目を向けていたら―」

ぶつぶつと罪悪感に駆られ、リージェンは深い思考に陥りそうになっていた。

「リージェン!」

グレンしかいない。抱えた罪の意識を軽く出来るのは、共に育ち、リージェンが守りたかった唯一の親友だけだ。

「俺は気にしてない。両親の死の真相が聞けて良かった。お前は頑張ったよ。俺を守ってくれてありがとう。でもこれからお前は一人じゃない。俺がいる」

グレンは、不気味なほど「良い子」のリージェンがただの人間であることが分かってほっとした。今はそれで十分だ。


「・・・で、リージェンはラルが居そうな所の検討はつくのか?」

友情を深める彼らを眺めながら、ギンは冷静に状況を判断する。

「あぁ、僕なりに過激派を追っていたからね。おそらく、街の教会だ。エトナ神を祀っている大きな教会」

それに、とリージェンはラルの魔力を感知するように目を瞑った。

「僕は少しだけラルの魔力を追跡できる」

「・・・それってラルをいつもストーキングしてるってこと?」

普段は穏やかなクレアがじとっととした目でリージェンを睨む。当の本人は責めるようなその視線を、微笑みで躱した。


ちょっといいかしら、とカメリアが口を開いた。

「少し気になるのだけれど、何故ギンは攫われなかったの?」

「それはギンが僕と契約を結んでいるからだ」

「あぁ、俺とサイファー王子は契約を結んでいるから異変が起きたら、すぐにバレるし俺の場所を探すのも容易だ。・・・それに」

言い淀んだギンの言葉はサイファー王子が引き継いだ。

「過激派は[最高使徒]と契約者を引き離すことを目的としている。ラルは元々契約が無かったからあいつらにとって好都合だったんだ。この場で僕がギンと契約を解除することは無いし、解除させたかったら僕を殺めないといけなくなる」

「さすがに王子を殺めるのは避けたかったんだろう」


***


「じゃあ、早速ラルを取り戻しに行こうぜ」

グレンが勇ましく立ち上がる。彼女を易々と奪われてしまった悔しさは、無事に彼女を奪還するまで消えない。何でもいいからグレンは早く行動を起こしたかった。

が、その気持ちはギンによって遮られる。

「ちょっと待て、計画を立てよう。あいつらが手薄になる時間帯を狙う」

「そんな悠長なこと言ってられるかよ。あいつが無事だっていう保証はあるのか?」

このやるせない気持ちを一日収めていろというのか。無理に決まっている。ラルが心配だ。

「あいつは大丈夫だ。過激派はエトナ神を過度に信仰してるんだぞ?その神の加護を受けた者が危害を加えられることはまずない。・・・あの執事も引っかかるしな」

「過激派の目的って何なのかな?わたし何も知らなくて・・・」

「俺は[最高使徒]の占有だと思ってる。神の分身が人に使役されることに耐えかねた連中が、最近密かに行動を起こし始めたらしい。一つ安心なのは、奴らが自ら[使徒]と契約を結ぶのはないことだ。何せ[使役者]の資格を持つ人間がいないからな」

「わたくしの知らない所でそんな活動があったなんて・・・」


しん、と静まり返る。

皆その顔に疲れを滲ませていた。大勢の人が集まる盛大なパーティーの後に、この騒動。サイファー王子でさえも疲れで思考が鈍ってきていた。


―その場は現状維持で収まり、翌朝から情報収集を始めることで解散となった。

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