第34話 フラッシュバック


ステンドグラスから月明かりが覗く荘厳な食堂で、サイファー王子を除く一同が集まっていた。ラルは練ったプランを頭に思い浮かべていた。


(まず、ホールケーキを用意する。そしてケーキにロウソクを立てる。電気を消して、王子に火を吹き消してもらう。暗闇の時間で各自、王子へのプレゼントを手元に用意、明るくなったらそれを手渡す・・・完璧!)

既に手順は皆と確認済みだ。

が、その前に問題が一つ。


「プレゼントはどこ・・・?」

事前に王宮に届けていたプレゼントを失念していた。

「それなら、西棟の備品室に保管してあります」

隣のマリアがすかさず言った。その場所を聞いたラルは思いつくままに食堂を飛び出していった。

「ありがとうマリア!取ってくる!!」

彼女の軽快な足音が静かな食堂に響いた。


残された皆はラルの猪突猛進さに呆れを隠さない。

「あいつ、何で王宮の部屋知ってんだ」

「野生の勘でも働いたのかしら」

「迷子にならないといいけど・・・」

「・・・」

「・・・俺がラルを迎えに行ってくる」

皆がその場に留まる中、ギンだけがラルを捕まえに動いた。


***


「あった」

西棟の備品室。そこには彼女の求めるものが置いてある。皆が用意した王子へのプレゼントだ。

「・・・うーん」

発見した喜びは確かにあるのだが、どこか拭いきれない違和感だけが彼女に纏わりつく。


(どうしてこの場所が分かったんだろう・・・。それに、この部屋は見たことがあるような?学校のどこかと間違えた?)


強烈な既視感。だが分からない。小さい頃を思い出そうとすると、もやがかかるように思考が纏まらなくなる。

皆のプレゼントを持ち、立ち上がる。と、窓から外が見えた。


(・・・見たことある)

フラッシュバックする記憶。脳裏にある光景が浮かんでくる。

(あれは子供だ・・・一人。今の私より少し幼い。女の子かな。その隣には大人が一人。仲良く手を繋いで歩いている。大人、男の人・・・よく見えない。あ、だんだん見えてきた。あと少し、あと―)

その顔面がくっきりしてきた。絶対に見たことがある人物だ。

(あの人は―)


「ラル」

ぽんっと肩に手を置かれる。

「わっ」

思わず体が全身動いた。その衝撃で荷物を全て落としてしまう。

「お前、何してんだよ」

呆れながらギンがため息をついた。

「ご、ごめん。考え事してた」

バクバクとなる心臓に気付かれないように努める。

「・・・お前、何でこの場所が分かった?」

「えっ」

相変わらず鋭い。まさに今その真相が分かりそうだった所だったのに。しかし夢の中の出来事のようで、正直本当にあった出来事なのかの確信が持てない。今のことをギンに言ってしまってもいいのだろうか。

「いや、なんとなく知ってた・・・」

「お前―」

「ほら!皆待ってるから行こう?サイファー王子をこれ以上待たせられないよ」

被せるようにしてギンの追及を避ける。何故かは分からないが、今は分からなくてもいい。

知りたいが、知ってはいけない気がした。


***


これで準備は整った。サイファー王子を迎え入れ、丸机に集まる。

ホールケーキにロウソクを立て、火をつける。

この後はサイファー王子がロウソクの火を吹き消し、その後の暗闇に乗じて皆プレゼントを手元に用意するのだ。

「消すよ!」

ラルは元気よく合図する。


パチッ


電気が消えた。ぼうっとロウソクの頼りない光が広い食堂を微かに照らす。

「じゃあ、サイファー王子お願いします!」

ラルが言うと、彼は恥ずかしそうにふっと勢いよくケーキに息を吹きかけた。


辺りは闇になる。ラルは光をつけるために机から壁際に移動した。

プレゼントはかさばらないから先ほど座っていた椅子に置いたままだ。


「・・・あれ?」

誰ともなく声を発する。

明かりが一向につかない。

その時だ、普段は静かな彼が突如大声を発した。

「っ!ラル!!」

その右眼を光らせたギンは焦燥感に駆られた。・・・いない。

「・・・ちっ」

やられた。完全に油断していた。いくら古書を探しても肝心な『過激派』についての描写が極端に少ない理由がこれで分かった。

・・・敵は王宮に根を張っていたのだ。


ガキン


今度は何かが盛大に割れる音が響いた。頭上からパラパラと何かが降ってくる。これは・・・ガラスだ。どうやら敵はこの闇を継続させたいらしい。綿密な計画。これは情報が洩れているな。

―もしかしたら俺たちの中にスパイがいるのかもしれない。


「どうなってんだよ!」「え、ラルは大丈夫なの?」「早く光を!」

慌てふためく友人たちが思い思いに声を上げる。ギンは特別な右眼を使って闇の中、目を凝らす。

(ラルは・・・もういないな。探すか?いや、相手はここまで周到な奴らだ。俺の存在も無視できないとなると、今はいい。こっちが優先だ)

ギンは肩を怒らせサイファー王子の胸倉を掴む。

「おい。お前か?」

わなわなと手を震わせ、相手が一国を担う王子ということも忘れて掴みかかる。王子がなんだ。俺は、俺にとって命より大事なものを失いかけているんだ。

「・・・」

「おい、何か言えよ」

「・・・知らなかった」

「は?」

「知らなかったんだ・・・。王宮に、僕の近くに、過激派が・・・」

明らかに動揺している目の前の男は噓をついているように思えない。顔を酷くゆがませて絶望している。

・・・なにより、ラルに惚れている男が彼女に危害を加えるとは思わない。焦るあまり判断を誤ったようだ。

ギンは手の力を緩める。

「僕は何てことを・・・。僕が皆を招かなければこんなことに、ラルがいなくなるなんてことには、ならなかった」

「・・・いきなり掴んで申し訳ありません」

サイファー王子はスパイじゃない。が、王宮にもてなしの準備をさせるために誰かしらには言っただろう。漏れるならそこからだ。

「王子、このことを知っているのは誰です?」

「メイド長と王宮の直属執事全般には情報が共有されている、と思う」

「・・・あいつか」

ピンときた。青い髪の小柄な男だ。ラルにはマリアという執事が付いているのに、彼女の部屋を個人的に訪れたのを知っている。それにそもそも生誕祭でラルと接触があったというではないか。

辺りを見回す。とりあえず、マリアを・・・。

「くそっ!」

忽然と姿を消していた。

(あいつもあっち側だ。おそらく、ここには俺が信頼できる仲間以外は敵しかいない。俺たちは、のこのこと『過激派』が集う空間に入ってしまった)


敵の計画にまんまとはまり、ギンたちは成す術が無かった。

―椅子にはラルの用意したプレゼントがぽつんと置かれていた。

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