第33話 知と力
ラル達は王宮の応接室で休息をとっていた。
木製の重厚感あるソファに机、そして上からラルを見下ろす大きなシャンデリア。
応接室を囲む大きな窓からはオレンジがかった大きな満月が見える。
「ふ~」
ふかふかのソファに身を沈め、ラルは大きなため息をつく。
「つっかれたぁ」
ぐいっと両手を天に突き上げる。
「お疲れ様。会場ではラルと全く話せなかったからこの時間を楽しみにしていたのよ」
クレアが柔和な笑みを浮かべてラルを労わった。
「このくらいで泣きごとを言っていたら今後、身がもたないわよ」
カメリアは手厳しいが、その視線は柔らかい。
「・・・私貴族と関わるような人生送らないと思う」
「は!?」
卒業したら俺らと関わらないつもりか?、と一人掛けの椅子に座っていたグレンが身を乗り出す。壁に寄りかかっていたリージェンが彼をそっと宥めた。
「グレン。多分ラルはそういう意味で言ったんじゃないよ。何も考えてなさそうだもん」
「え?」
リージェンがこちらを見てクスクスと笑う。おそらくからかわれている。ラルはリージェンに反抗するように思いっきりしかめっ面をしておいた。
「・・・で、何でギンはそんなに余裕そうなの?」
窓際で月を眺めていたギンがこちらを振り返る。
悔しいが、月明かりに照らされたギンは異国の王子様のような精悍さを備えていた。
「余裕って?」
「私と同じように場慣れしていないはずなのに、何で違和感なく立ち回れるのって話」
「あぁ、挨拶とか礼儀か?」
「うん。私もクレアとカメリアと練習したはずなのにな」
「ははっ」
ギンは私の問いに答えず、軽く笑うと月に視線を戻してしまった。
「お待たせしました」
扉を開けてサイファー王子が入室してきた。一日中生誕祭の主役だった彼は、その疲労をおくびにも出さず端正な笑みを浮かべている。
「とりあえず、今から各自の自室を案内しますね」
と、王子が言うと王宮の執事が彼の後ろから出てきた。一人につき一人という好待遇。
「ラル様、私が案内致します」
ラルの目の前に現れたのは燃えるような赤髪の、
「マリア!」
「はい。マリアです」
少し気が楽になった。彼女と会話を交わしながら、部屋に案内される。
「今日は何をなさる御予定ですか?」
「サイファー王子をお祝いしなおすの。私流の質素な祝い方だけど」
「私も孤児院育ちですが、ラル様の祝い方の方が好きですね」
マリアは立場上ラルへの敬語を崩さないが、ラルはもっと彼女と打ち解けたいと思うほどに彼女を気に入っていた。
「そういえば、先ほどはゼーファが失礼をしてしまって申し訳ありません」
マリアは深く頭を下げる。
「いえいえ!むしろ、私が助けられた方なので」
目の前で手をブンブンと振ると、マリアは微かに笑った。
部屋で身支度を整え、入浴を済ませる。皆と集合する時間はまだ先だ。
トントン、と扉がノックされる。
「ラル?ゼーファだよ」
扉を開けると、ゼーファは少し気まずそうに頬を掻きながら「ラルと話したかったんだ」と言った。
「広い部屋だよねぇ」
ぐるり、と周囲を見渡しながらゼーファはため息をつく。
「この部屋って掃除するの大変らしいよ」
「そうだよね。無駄に広くて落ち着かない」
庶民的な考えを持つゼーファには、気を遣わずに思ったことが言える。
「でもこの部屋は・・・月が綺麗に見えたはず」
ゼーファは部屋に備え付けられたステンドグラスに近づき指をさす。その先には赤いガラスを通したことで、不気味なほど赤く光る月が見えた。ステンドグラスには、美しい女性が何かを抱えている様子が描かれている。
「そう、かな?」
窓から直接見た方が綺麗じゃないか、と素直に感想を言うとゼーファはふっと笑ってその視線をステンドグラスに戻す。
「うん。綺麗だよ。僕にとってはね」
頭の出来のいい人の美的感覚は凡人のラルと違うのだろう。部屋がしんとしてしまったので、ラルはその場の空気を取り戻すように話題を振った。
「ゼーファの育った孤児院はどういう所だったの?」
「僕の?」
ステンドグラスに目を奪われたまま、彼は昔を思い出すように目を瞑る。
「・・・楽しい所だったよ。マリアもいたしね」
視線はそのままでぼそり、と言った。
「ラルは?どうだったの?」
「私は楽しかったかな。毎日ちょっとだけきつかった記憶があるけど」
「きつい?」
「うん。毎日外で訓練してた。鬼ごっことか、かくれんぼ、とか。あの訓練があるから、今の私があるのかもしれない」
「そうなんだ。僕の孤児院とは真逆だ」
ゼーファは驚いたように目を見開く。ラルは彼が昔を話す気になってくれた気配を感じて質問をした。
「真逆って?」
「僕は体より頭を使うことが多かったんだ。毎日本を読んで、テストしてって感じ」
「うへぇ。そっちの方が辛そう。でも、これでゼーファが優秀な理由が分かった。ゼーファは努力の天才なんだなぁ」
実を言うと、私は孤児院で特に苦労していない。多分、この脚のおかげだろう。小さいころから人並外れた脚力を持っていたから、ほとんど楽しかった記憶しかない。
(もし私が足が遅かったら・・・)
おそらく、辛い思いをしていたかもしれない。
「努力・・・?」
「そう、ゼーファは凄いよ。毎日本を読んでテストで良い成績を残すために頑張ったんでしょ?じゃなきゃ、王宮の執事なんて無理だよ」
「僕は頑張ってるの?」
「そうじゃないの?あ、勉強が好きな人だったら違うけど」
「・・・いや、僕は頑張ってはいないよ。僕にできることだからやっているだけ」
「そう・・・。でも、少しでも辛いって思ったらいつでも言っていいからね。王宮に関係ない立場の私に、何でも愚痴っていいよ!」
ゼーファは頑張りを頑張りだと思わない人だ。凄いと思うけれど、このまま彼を放っておくといつの間にか爆発してしまいそうな危険性を秘めていた。・・・こういうタイプは放置したら大変になることをリージェンで学んでいる。
(一庶民の私なんかが相談相手になるかは分からないけど、聞き手役ぐらいにはなれる・・・よね)
「同情でも哀れみでもなく親切心でそう言ってくれたのは、ラルが初めてだ」
ありがとう、と彼はステンドグラスから視線を外してやっと彼女自身を見た。
「親切な君に一つ教えてあげるよ」
と彼はラルの耳元で囁く。
「君は王宮と全く関係が無い訳じゃないよ」
えっ、と彼を振り向くがその姿は扉の向こうに消えてしまった。
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