第29話 暴発
街灯が照らすリージェンの姿は少し不気味だ。
足元に転がる男たちを見下ろすその姿は、まるで狂人のようで不安になる。
(前にもこんなことあったな)
リージェンがラルへの想いを暴走させていた時だ。あの時も彼は今のように不穏な空気を纏い感情を失っていた。
「リージェン!」
息を切らして呆然としているリージェンに近づく。虚ろなその視線がラルに向けられた。
「ラル・・・?」
「これリージェンがやったの?怪我してない?」
「ラル、歩き方変だ。足怪我したの?」
―会話が嚙み合わない。得体の知れない不安が頭をよぎる。
「これは後でまとめて説明する。それより、この人たちは大丈夫なの?」
「ラルが気にすることじゃないよ。君に邪な考えを持っていたからちょっと怒っただけだよ」
「私のため?」
それにしてはやり過ぎだ。4人ほどの男子生徒全員の意識が無くなるほど、リージェンは何をした?こんな夜更けに。
「リージェン、やりすぎだよ。この人たちが何をしたのか知らないけど、私はこんなの望まない」
何気なく、諭したつもりだった。しかし、ラルの発言はリージェンを酷く刺激した。
「やりすぎ?君のためにしたのに?ラルは何にも分かってくれないね。僕の告白も気持ちも行動も。何一つ真剣に取り合ってくれない」
「何、言いたいことあるなら言えばいいじゃない」
本当は開口一番、今までの行為を謝って一人で考えていた内容を相談するはずだった。・・・が、
(私のため、っていう名目で人を傷つけるのは違うんじゃない?それに私が責められている?)
その事実を認識すると、どうも素直になれなかった。少し熱しやすい性格をしているラルは、もう反論するモードに入ってしまっていた。
グレンがそうだったように、ラルはお互いがぶつかりあって解決出来ると信じている。
「何?今更、僕に話しかけてきてさ。僕にした仕打ちを無かったことにするつもり?」
はっと鼻で笑いながらリージェンは首を傾げた。温厚の皮を被るつもりもなく、ただただ攻撃的な姿勢にラルも引けなくなった。
「誰も無かったことにするなんて言ってない。ただ、私は謝ろうと思って来ただけ。でも今はタイミングが違うみたいだから、改めてまた来る」
このままではヒートアップするのが目に見えている。お互い感情的になるのは避けたい。そう思って踵を返そうとした。
「待って」
そう言いながら腕を掴んできた。
「何」
「謝りたいなら謝りなよ」
「今じゃないからまた来るって言った」
「・・・」
「リージェンも私も今は冷静じゃないでしょ?話し合いは無理。またね」
腕の拘束を外そうと、そっとリージェンの手に触れる。
「・・・」
沈黙が怖い。リージェンは掴みどころのない人間だけど、ここまで何をしたいのか分からないのは初めてだ。腕の力も弱まらない。
「何か言いなよ。黙ってても分からない」
様子のおかしいリージェンの様子に流石に不安が募る。
「言ったら、聞いてくれるの?」
「聞くよ。私がリージェンを無視したことなんてないじゃん」
ラルはリージェンを励ますつもりで言ったのだが、今の言葉でリージェンの中で変化が起こったようだ。目が据わったまま、彼はぶつぶつと何かを言い始めた。
「君は何も分かってない。無視?それは無かったかもね。いつも君は僕の相手をしてくれる。でも、それだけだ。聞くだけ。僕が言いたいことを何一つ理解してくれない。いつもいつも、君は僕を置いて先にいってしまう」
「リ、リージェン。それには理由が―」
「黙って。・・・君が僕らの契約を切ったときは憎んだよ。君が憎くてたまらなかった。勝手に僕との繋がりを切ったんだからね。僕はその程度の人間だったんだ。君にとって僕はそれくらいの価値なんだな?」
「違うって、話を―」
「もういい。お前の話は聞きたくない。僕にこれ以上関わるな」
腕を乱雑に振り切られる。そのまま寮とは反対方向に歩いてゆくリージェンを見つめるしかない。
(このままでいいの?このままリージェンを行かせたら、それこそ本当に前みたいに戻れなくなるかもしれない)
と焦る気持ちと、
(一方的に話しといて、『僕にかかわるな』?腕を離さなかったのはそっちじゃん!)
という怒りの気持ちがないまぜになったラルは、リージェンに向かって全速力で走った。
「私の!話を!聞け!」
いつもは見ることのないリージェンの大きな背中にしがみつく。絶対に、逃がさない。
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