第30話 月明かり
「話を聞け!」
肩を掴もうと両手を伸ばしたが思うようにいかない左脚が突っかかり、リージェンの腰にしがみつく形になってしまった。
「うわっ」
リージェンが驚いて後ろを振り向こうとするが、私はそのままリージェンを逃がすまいと腰にギュッと手を回した。
「聞いて。私の話を聞いて。正直リージェンが何を言ってるのか、半分は理解してないけど聞け」
リージェンの背中に顔をつけたまま勝手に話す。
「まずは、ごめんなさい。勝手に契約を解除して本当にごめん。でも、別に二人が嫌だった訳じゃない。私が勝手にしたことだから。あと、私、実は悩んでた。これを言うと皆を巻き込むから言わないでおこうと思ってたけど、それは間違いだったみたい」
「・・・悩みって」
「フードが私を狙ってる。私を探してるって確信があったから怖かった」
「・・・それで全部?」
「うん」
「嘘だね。まだあるでしょ?」
リージェンは穏やかな口調で優しく促す。
「・・・左脚が変色してきてる」
「どうしてそういう大切なことを言わないのかなぁ」
「ごめんなさい。私一人で解決できると思って」
「それを知ってるのは誰?」
「ギンとグレン」
そっか、とリージェンは上を向いた。月明かりが二人を優しく照らしている。
背中を向けたままリージェンは話し始めた。
「ラルが凄く悩んでいたのは知ってたよ」
「えっ」
「君が僕に相談してくれるのを待ってた。僕が聞いてもきっと君は隠すから。ずっと待ってたのに、君は契約解除をしてきた。分かるよ。ずっと君を見ていたんだもの」
「・・・ごめん」
リージェンは私が相談してくれると思っていた。私が頼ってくれると思って待っていてくれた。その期待を私は最悪な形で裏切り、リージェンの気遣いを無駄にしようとしていた。
「いいよ。・・・一つ、言うことを聞いてくれる?」
うん、と頷く。
「じゃあ、こっち向いて」
二人は向かい合う形になり、リージェンはそっとラルを抱きしめる。
「僕も言わせて。君はいつも逃げるから。今日こそは答えを頂戴」
リージェンは顔を見せない。ラルの左上から彼の声が聞こえる。
「好き」
「・・・うん」
「それだけ?」
「ありがとう。私もリージェンは好きだよ。優しいリージェンも、今みたいにちょっとわがままなリージェンも」
「それわざと言ってる?」
「え、何が?」
私も恥ずかしい思いをしてリージェンへの好意を伝えたのに逆に呆れられている。
「そっか。ラルはさ、恋とか愛とか人に感じたことある?」
「ううーん。まだ、ない、かなぁ」
「そっか・・・。じゃあそれが分かったらまた返事をちょうだい」
今はいいからさ、とリージェンは私から距離を取る。と、思いきやまた抱擁を交わしてきた。
「そういえば僕も君に謝らないといけないことがあるんだけど、怒らずに聞いてくれる?」
「怒らないよ」
「クレアさんとカメリアさんにラルに話しかけないように言ったの僕だから」
「は!?」
まさかの爆弾発言。
(え、もしかして私リージェンにいじめられてる?)
「君が一人で突っ伏してる様子を見てちょっと気分が晴れた。君が孤独になれば話し相手に僕を選んでくれると思った。ごめん」
「性格悪くない?」
「いや、騙して契約を解除する方が悪いだろ」
「そうかなぁ・・・」
解せない。解せないが、クレアとカメリアに嫌われていなかったことがひとまず嬉しい。
「結果、君は一人じゃ問題を解決できないってことが分かったからいいじゃないか」
「・・・覚えてなさいよ」
背中に回ったリージェンの手を思いきりつねる。あいたた、という声が空から降ってきた。これでおあいこだ。
「ありがとう、リージェン。方法はちょっとあれだけど、私を気にしてくれていたんだよね」
「そうだってずっと言ってるだろ」
拗ねたような表情に安心する。
「じゃあ、契約を結びなおそうか」
リージェンは私の左脚に触れながら、何でもない事のように言った。ストッキング越しに手の熱を感じる。
「え」
「君が解除した原因は『巻き込みたくないから』。僕はラルのためなら巻き込まれてもいい。解決しただろ?」
私の制止を物ともせず、リージェンは左脚に触れ[使役者]としての力を込めた。
「ちょ、ちょっと」
リージェンを振り切ろうと藻掻く。彼が足に触れた瞬間。
バチッ。
「・・・え?」
「いったぁ!!・・・え!?」
二人で顔を見合わせる。ラルの左脚が拒絶をしたのだ。
「これって、ラルが本気で嫌だったからってこと?」
あからさまに傷ついた顔のリージェンがこちらを責めるように見ている。
「違う・・・」
これは確かな自信があった。外部からのもので、ラルの内側が拒否したものではない。心の底からリージェンを嫌がった訳ではないのだ。
「そういえば、さっき足が変色してるって・・・」
「・・・うん。真っ黒」
その言葉を聞いたリージェンは、途端殺気を帯びた表情で遠くを見つめた。
「フード・・・」
その一言にはかつてないほどの憎悪が込められていた。
***
同刻。
とある、エトナ神を信仰する都市部の中心にある大きな教会。
教会は色彩豊かなステンドグラスで装飾が施されている。その祭壇には誰もいない。
しかし、この教会には多くの人が集まっている。
祭壇の足元には大きな空間が広がっており、そこには『過激派』が密かに集会を開いている。
長身のフードが口を開く。
「おい、ネスカ。お前の任務は順調か?この前取り逃がしたって報告があったが」
瘦躯のフードが答えた。
「あぁ、順調だよ。俺を誰だと思ってる?左脚はマーキング済みさ。右眼は無理だったが。あいつはガードが固ぇ」
ふん、とフードの女が笑う。
「気付かれたら元も子もないじゃない。あのエリートお貴族学園から人さらいするなんて至難の業よ」
「いや、そこはご心配なく。近々、王子サマの生誕祭があるらしい。まぁ任せておけよ」
「ネスカ一人じゃ不安だ。ゼシカ、お前も行け」
長身は二人に命令を下し、前方に目を移した。二人はリーダーの言うことに素直に従う。
彼らの視線を辿ると、一人の女性が横たわっていた。
その女性は意識を失っており、冷たい床に顔をつけたまま動かない。
「[最高使徒]ってのもあっけないもんだな。[使役者]を先に殺ったら、【神の左耳】ってこいつもすぐに不安定になりやがった」
荒くれもののフードを被った男が女性を足で軽く小突く。
「リーダー、こいつどうします?暴れられたら厄介だ。捕獲は流石に骨が折れましたぜ」
「丁重に扱え。エトナ神の加護を受けた者だ。・・・時が来るまで隠れ家に閉じ込めておけ」
「へい」
粗暴な男は、意識の無い女性の体を俵運びで持ち出し闇の中へと消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます