第28話 言い争い

ラルの観念した姿を見てグレンは怒気を和らげる。彼女を抱え、優しくベッドに座らせた。そして、グレンはラルの目の前でしゃがみ込む。ラルがグレンと話すには少し目線を下げないといけない。


グレンはラルの両膝に手を置き、真剣な眼差しで尋ねた。

「言うことあるよな?」

「ごめんなさい」

「何が」

「勝手に契約を切った」

「違う」

「グレンとリージェンが嫌だった訳じゃ―」

「違ぇって」

「に、逃げようとしてごめん。介抱してくれて、ありが―」

「だから違ぇって言ってんだよ!」

ラルの言葉を悉く否定し、グレンは憤る。

「・・・分からないのか?」

泣きそうな顔でグレンはラルを覗き上げていた。


(本当に分からない。理由もなく契約を切ったことに怒ってるんじゃないの?)


ぎゅっとラルの膝に置く手が縮こまる。

「本当に、分からないのか?」

「・・・」

何も言えない。だんまりを決めたラルを見かねてグレンが呆れたため息をつき、おもむろにラルの左足を強く握ってきた。

「いっった!」

「これは?」

「これ、は何でもない」

「は?」

ギリギリと左足を握り続けてくるグレンにイラっときた。痛い。痛い!

「グレンに関係ないでしょ!」

言ってはまずい言葉を、言ってしまった。

「・・・そうか」

と、つぶやきグレンは突然立ち上がった。ラルは体をびくっと震わせる。

立ち上がった途端、ストッキングに手を伸ばされた。そしてなんと、そのまま下に降ろそうとしてくる。

「な、何すんの!!」

ラルはパニックになって自由な右足でグレンの脇腹を蹴り上げた。ラルの蹴りをものともせず、無表情のままグレンはラルのストッキングを下まで降ろした。

ストッキングに隠されていない炭のように黒くなった足が、グレンの眼前に晒されていた。

「これは?」

黒のストッキングを床に投げ捨て、グレンはラルの左足を持ち上げる。その表情はどこまでも読めない。ここまで感情のないグレンは初めてだ。

(・・・こんなに怒ったグレンは見たことがない。怒ってる・・・よね。というか、)

「心配してくれてる・・・の?」

控えめにグレンの顔を覗き込む。驚いたように見開かれたその目には、少し光が戻ってきていた。が、未だグレンは怒気を含んだ声で会話をする。

「は、お前何なの?今まで俺がどう見えてたんだよ」

「お、怒っている様子、でしたよね」

「あぁ、怒ってるな。かなりイラついてる。その理由を全く分からないお前にも、すげぇイラつく」

「ごめ―」

反射で謝ろうとするラルを見て、グレンは頭をガリガリと掻きながら苛立ちを隠さず言う。

「だから!何に対してのごめんだよ・・・って、これはもういいや。お前、どうして相談しないんだ?」

「これは私の問題だから」

「図書室でギンにずいぶん懐いていたっぽいけど、ギンはいいのかよ」

「ギンはいい。関係あるから」

というと、吹っ切れた様子でグレンは捲し立ててきた。


「俺は!そういうお前の態度が一番ムカつく。俺らにも相談せずに一人で考え込んで、挙句の果てに俺とリージェンの契約を勝手に解除。フードのやつに会った時からお前の様子がおかしいのなんて知ってんだよ。気付くんだよ!」

それに、とグレンは黒ずんだラルの左足に視線を落とす。

「お前の足がこんなんなってるのに、お前は誰にも言わないで隠しやがる。いや、ギンは特別なのか?どうしてあいつには打ち明けた?お前、ギンとどういう関係なんだよ・・・」

最後の一言はほとんど掠り声で聞こえない。しかし、グレンは傷ついている。私のせいで。

「それを言うとグレンは協力してくれるでしょ?優しいもんね。だから言わない」

「言えよ」

「言わない」

「ふざけんな」

「ふざけてない。ねぇ、しつこいよ」

ぶちっと何かが切れる音がした。

「・・・お前がその態度ならこっちも好きにさせてもらう」

というと、グレンはラルの両手を握って自分の方にぐっと引っ張る。

片手で彼女の手を引き、もう一方はそっと彼女の後頭部に回す。

そのままグレンは身を乗り出すように、ラルの顔に接近した。


「・・・は?」


一瞬の出来事だった。ラルは真っ赤な顔を両手で隠し、慌ててベッドの隅へと移動して体を守るように縮こまった。

(え?・・・え?!)

混乱したままグレンを見つめる。


(今、キ、キスした!?)


グレンは緊張したように一息ついて、ラルの目を真っすぐに見据えた。

「好きだ。あの時助けられてから、ずっと。お前が好きだから助けたい。お前が悩んでいるなら力になりたい。好きだから、お前に拒絶されても諦められない。・・・頼むよ。一人で完結せずに俺に相談してくれよ、ラル。」


あぁ、ようやくわかった。私はグレンの気持ちを理解しようとしてなかったんだ。迷惑をかけたくないって私のエゴで遠ざけられて、この人はこんなにも心を痛めてしまったんだ。私なんかのためにここまで向き合ってくれる大切な人なのに。


「返事とかは期待してない。ただ、もうこれで腹くくれよ。俺はお前のことが好きだから、何としてでもお前の悩みを聞き出す。お前が折れろ」

「いや、横暴。・・・分かったよ。話す。話すけど、今後危なくなったら優先して自分を守ること。それが条件」

「まぁ、いいよ。俺の身は俺で守る」

やっと、グレンが笑ってくれた。しかし、その顔は突如赤に染まる。

「お、おま、おまえ、足降ろせよ!」

「・・・あ」

キスされた衝撃で忘れていた。これではパンツが丸見えじゃないか。いや、これもグレンが悪い。

「あんたが私のストッキングを無理やり脱がしたからでしょ!?変態!」

「頑なに口を割らないお前が悪いだろ!」

いつものようにギャイギャイと言い合う。

「ふふっ」

「何笑ってんだよ」

「やっぱり、いつものグレンがいいなって。色々、本当にごめんなさい。これから迷惑かけても怒らないでね」

「当たり前だろ」

ふ、とグレンが思い出したように告げる。

「そういえば、リージェンにもちゃんと話した方がいいぜ。あいつもお前を心配してるからよ。・・・最近のあいつは変だから気をつけろ。」

「わかった」

そういって窓の外を見ると、もう夜だ。・・・ん?

「あれって、リージェンじゃない?」

遠くの街灯の下に、人影があった。足元には何人か転がって、

「喧嘩か?」

そうは見えない。だって、立っているのはリージェン一人なのだから。

「ちょっと行ってくる!このままちゃんと話してくるから、一人で行かせて」

そう言い残して、ラルはリージェンの元へ駆けてゆく。


***

グレンはラルが到着するのを見届けてから窓のカーテンを閉め、ベッドに転がった。

「はぁ・・・」

こんなはずじゃなかった。相応しいシチュエーション、相応しい言葉で「好きだ」と告げるはずだった。

「はぁ~・・・」

口元に指をあてて思い返す。女々しいその仕草に我ながら笑ってしまいそうだ。

「好き、だ」

目を瞑って、彼女の笑顔や怒った姿、決闘以降一人教室で寂しそうにしていた姿を頭の中に浮かべる。どの彼女も俺の心をいたずらに揺さぶってくる。

先ほど、たまたま見えてしまったラルの・・・パンツまでもが頭に浮かぶ。

「変態かよ・・・」

思考を振り切るようにして、グレンはシャワーを浴びるために立ち上がった。

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