第27話 絶体絶命


「間違っている」

ギンはそう言った。

「どうして?」

このままでは私一人の問題では済まなくなるのだ。


「お前は自分の気持ちしか考えてない。誰かに相談はしたか?どうして誰も頼らなかった?」

「だって、誰も巻き込みたくない」

「お前が悩んでいるのを知らずにいきなり拒絶されたあいつらの気持ちは?お前はグレンやリージェンが悩んでいたら力になりたいだろ?」

ギンは間違っていない。でも、相談した時点で巻き込むのが確定してしまう。皆優しいから私を何としてでも助けようと手を差し伸べてくれるだろう。なら、私を酷い人間だと思ってくれた方が全然マシ・・・というのが私の考え。

「やっぱり、言えないよ。このまま私を憎んでくれた方がいい」

「それがラルの考えなら無理強いはしない。でも、あいつらのお前を想う気持ちを見くびり過ぎだ。あとで後悔しても知らないよ」

「・・・この話をした時点で、ギンも巻き込んじゃったね」

「ラル、よく考えろ。俺は元々お前と同じ[最高使徒]だ。そもそも当事者だから心配するな。お前もくれぐれも一人で出歩くなよ」

あ、そうだった。ギンも私と同じなんだ。ふふっと思わず笑みがこぼれる。目を細めると涙が一粒零れた。

「話を聞いてくれてありがとう。初めて会った時から思ったけど、ギンとはずっと仲が良かったって思うのは気のせい?初めて会った気がしないの」

「俺たちは元々一つだからな。エトナ神を母としたら俺たちは兄弟だ」

色の違う両目を指でさし、ギンは優しい声で言う。

「お前の左脚も・・・って待て。見せろ」

右眼を光らせたままギンは打って変わって怖い顔をしている。

良くないことが起きているのだと悟ったラルは、思わず立ち上がってストッキングをおろす。

ラルがストッキングに手をかけた瞬間、ギンがむせながら本を目の前で盾にしてこちらを見ないようにしていたが、ラルはそれどころではない。ガンガンと脚が痛むのだ。

「黒い・・・」

左脚が黒く変色してきている。

「まずいな」

「まずいね。最近めちゃくちゃ痛いもん」

「はぁ!?お前それ早く言えよ。お前は半ば無理やり[使役者]との契約を解除した。それも二人。その代償がおそらくこれだ」

「これは裏切った罰なんだ・・・」

「いや、それもあるけど普通はここまでならない。やっぱりフードのやつに何かされたんだな・・・」


次々に舞い込む問題。怒涛の悪い展開にラルは疲れ果てていた。足がふわふわする。左脚は痛むけど、足に力が入らない。

あぁ、意識が遠のいていく。ギンには申し訳ないが、このまま、ちょっと休ませて、もら、おう・・・。


意識のないラルの体が後ろに倒れていく。しかしその体は床に強打しなかった。後ろで彼女の体を受け止めた人物が口を開く。


「こいつは俺が預かる」

茶髪の粗暴そうな青年が意識の無いラルを優しく抱えていた。


***


天井には豪華な装飾がある。ここは・・・そうだ、寮。

(あれ、あの後どうしたんだっけ・・・)

左脚が痛んだところで記憶が消えている。いつの間にか自室に引き上げていたのか。偉いぞ私。体にふわっふわの毛布が掛けてある。・・・うん?毛布なんて持ってたかな?

体を動かそうとすると、手に違和感を抱く。特に左の手首の方に・・・。

「っ!!」

思わず声を出すところだった。

(どうしよう、手首をがっつりグレンに握られてる・・・)

手首を握る当の本人は、私の眠っていたベッドに突っ伏していた。

(まずいなぁ。非常にまずい。どうしよう。寝てるのに何でこんな力強いの)

試しに軽ーく握られた手首を捻ってみる。

「うぅん・・・」

とグレンは呻き、拘束の手を強めてきた。逆効果だ。それなら、

「よし」

強行突破だ。このまま目を覚まされたらジ・エンド。どうせなら、グレンの意識が覚醒する前にこの脚で振りきってしまいたい。

(巻き込まないって覚悟した手前、ここでバレたら嘘ついたのが水の泡になっちゃう)

そうと決まれば実行だ。仰向けになったまま、自由な右手を使って起き上がろうとする。そのままベッドの右側から体をすべらせるように下りて、出口直行だ。意気揚々と飛び出す―。


結果、私は無様にベッドから転がり落ちた。


・・・左脚が上手く曲がらなかったのだ。床に手をつきながら、動かない左脚を見つめる。黒いストッキングで見えないが、多分このストッキングと変わらない色をしているんだろう。


どしんと響く音に、「うわぁ」と漏れるラルの声。起きない方が無理な話だ。

「おい」

後ろから大きい影がぬっとラルを包む。後ろを振り向きたくない。諦めの悪いラルはなおも逃げようと藻掻く。

しかし、足が動かないラルと怒りで身を震わせているグレンではどちらに軍配が上がるのかは明らかだった。

「逃げるな」

とグレンはラルの両足を片手でまとめ、とてつもない力で握った。ぎりぎりと骨が軋む。

今までこんなグレンは見たことがない。正直、怖い。そして痛い。

「お前、俺に隠してること、あるよな?」

怒りを通り越して冷静になったのか。グレンは言葉を区切ってゆっくりとラルに問う。質問というより断言だ。

・・・流石に逃げられない。


「ちょっとだけ、ありマス・・・」

ラルは観念した。

あんなに巻き込まないように必死になっていたのに、結局こんなことになるなんて。

すでにラルはギンの忠告を聞けばよかったと後悔し始めている。

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