第26話 孤独


ラルは目の前の激高した男達の怒りを一身に受けるしかなかった。

それくらい彼女は手酷い裏切りをしたのである。


怒りというより悲しい表情をしたグレンが掠れた声で言った。

「俺たちの事、信用してなかったのか?」


表情が抜け落ちた顔で静かにリージェンが言った。

「やっぱりラルは何も分かってないね」


俯くラルを置いて、二人はどこかへ行ってしまう。

冷たい雨がラルの頬を流れ落ちていた。


***


―雨が降る数刻前。



決闘開始が宣言され、目の前にいる[使役者]の[使徒]が意気込んでいる様子が見えた。しかし、[使役者]の彼の顔は浮かない。きっとラルの賭けたものに気付いているのだ。


「ラル、行くぞ」

横のグレンが声を掛けてきた。彼は単純に勝ちを狙っている

「うん。でもちょっと待って、私の命が危なくない限り命令は止めてほしいかも。色々試したいの」

「おう、いいぜ」


これで彼はこの決闘での命令は無いと思っている。私の言うことに何の疑問も持たずに、ただ前を見据えている。

罪悪感は未だ拭えない。これからする行動を、どうか一生恨んで欲しい。

「・・・ごめんね」

とつぶやくと、ラルは左脚を思いきりグレンに振り下ろした。

グレンが地に伏していく様をラルは最後まで見届けた。

リージェンが思わず駆け寄ろうとしているのが見える。相手は目の前の光景に呆然としている。無理もない。[使徒]が[使役者]に攻撃するなんて言語道断だ。

グレンが意識を失った瞬間、ぱっと内側から絆のような繋がりが消えた。左脚からふっと光が消える。

(これが本当の契約を解除した感覚か・・・どこか悲しい気がするんだなぁ。二人とも、ごめんね)


ぽつ、と顔に雨が当たる。

(あ、雨)

その雨はまるでラルの心を反映しているようだ。


***


私の仕組んだ奇妙な決闘は、瞬く間に学園中に広まった。


「え、わざと負けたの?」「グレン様とリージェン様と贅沢に契約しておいて、何様のつもり?」「二人の評判によくも傷をつけたわね」「どう説明してくれるの?」


私は毎日質問攻めにあった。これは覚悟していたことだから、仕方ない。一番心に響いたのは、

「あっ・・・」

「・・・」「・・・」

目が合った瞬間にクレアとカメリアが目を逸らす。二人とも私の勝手な行動に納得していないようで、ここ数日まともに会話をしていない。


「これじゃ、サイファー王子の生誕祭なんて行けたもんじゃないなぁ」

べったりと机に頬をつけて項垂れる。泣きそうになったので、寝たふりをした。

自業自得だがちょっと寂しい。生まれて初めての泊りというイベントだったのに。

けれど、後悔はしていない。

フードを被った不審者に会って以来、定期的にズキズキと内側からくる鋭い痛みは決闘後から増している。おそらく私の中の何かが限界に近いのだ。


グレンとリージェンもやはり私を避けている。

自分から話しかけられる訳もなく、最近私は一人でいる。だから今が狙い目と私に対して良い感情を抱いてこなかった人たちから、今までの鬱憤やら全てをぶつけられているのだ。

さすがに堪える。気にしない、と思っても土台無理な話だ。常に周囲に人がいた状況から、途端に孤独。さすがに・・・さすがに辛くなってくる。

腫物を扱うような態度も、憎しみを込めた視線も全てが煩わしい。しかし自分から撒いた種。ただただこの状況に耐えるしかない。


「うぅ・・・」

図書館は私の隠れ家だ。離れにある窓際の席は、いつも誰も来ない。あぁ、前に今みたいに寝たふりをしている時にリージェンが来たっけ。・・・リージェンを思い出すと、また泣けてきた。

声を堪わせながら涙を流す。誰も見ていないなら泣いてもいいよね。私は人前で泣く資格なんてないから。

「ラルか・・・?」

窓の外の景色を見ていると、ギンが現れた。手には本をいくつか抱えている。

「っギン!き、奇遇だね・・・ギンも昼寝?あ、本借りたの?偉いなぁ」

今起きた風を装って、手で目をこすり何事もないように話す。胸の内を悟られないようにぺらぺら話す口が止まらない。

「お前、泣いてるのか?」

「え?そう?今まで寝てたからかな。目がしぱしぱする」

ギンは目をすっと細める。

「嘘だな。俺でよければ話を聞くよ」

ラルの心はすでに限界を迎えていた。ギンの優しさに触れたことで押し込めていたものが決壊していく。

わんわんと泣きながらギンにしがみついてラルは涙を流した。ギンは驚いていたが、そっとラルの背中に手を回して母親が子供にするように、ぎこちなくぽんぽんと叩いてくれた。


***


「それで、お前はあいつらに迷惑をかけないために契約を解いたのか」

「うん」

「そのフードのやつってのは、多分『過激派』の連中だ」

「『過激派』?」

「あぁ、最近エトナ神について調べてるんだ」

と、ギンは手元の本を指しながら言った。

「その人たちは、どうして私を狙うの?って、ギンも危なくない?」

「過激派ってのはエトナ神が絶対であると信じているやつらだ。で、エトナ神から分裂した力を継ぐ俺たちを狙う理由は、『エトナ神を召喚させるため』だ」

「召喚・・・」

「俺達8人の力を集めて、エトナ神を降臨させるって感じだ。仮にそれが成功したらおそらく俺たちは力を奪われて・・・最悪死ぬ」

背筋がぞっとした。

「ここ数年、[最高使徒]がことごとく失踪しているらしい。噂によると、ほとんどが過激派に囚われたって話だ」

「え!?」

「この辺の話は、王子くらいの国家権力に近いやつしか知らない。サイファー王子は内側から色々調べてくれているが、どうも上手く誘拐の事実が揉み消されているぽいな。俺一人の力じゃ無理だった」

「それじゃぁ・・・」

「お前の『巻き込みたくない』って気持ちからくる判断は正しいよ。正直、ラルが無理矢理力を奪われたらあいつらにも被害がいくしな」

よかった。私の判断は間違っていないんだ。ほっと胸を撫でおろす、がギンはこちらを鋭く睨んでいた。

「ただ、お前は間違っている」


厳しい顔のままギンはそう告げた。

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