第四章 標的

第25話 焦燥

サイファー王子の生誕祭まで2週間をきっている。何とかその日までにラルは契約を解除したかった。人が大勢集まるパーティーはどんな危険が潜んでいるか分からない。二人と精神的な感覚を共有している、という事実もラルの焦燥感を煽ってきた。

(これじゃ私一人の問題じゃ済まなくなる・・・グレンとリージェンに迷惑がかかるのは絶対に避けたい。でも、あの様子じゃ二人は契約を解除してくれなさそう・・・)

はた、と思いつく。

契約を解除する方法がまだ残っているではないか。


***


「お願いがあるの」

息を切らしてクラスの[使役者]の元へ向かい机をばんっと叩く。幸い、クラスには彼一人しかいない。ただごとではないラルの様子に、その生徒は驚いている様子だった。

「ど、どうしたの?」

「私の決闘を受け入れてくれない?実際には貴方がグレンとリージェンに宣言するんだけど。条件は・・・その時決めるわ。どう?」

誰にもバレたくないから早口で捲し立てる。

「いきなりだな、どうして突然決闘なんか申し込むのか教えてくれよ」

さすがに身分の高い貴族に決闘を申し込むのを恐れた男子生徒が怯えている。

「いやだな、ただ決闘の練習がしたいだけよ。グレンとリージェンにも話がついてるから安心して。タイミングとかは後で私が指定するから」

「そういうことなら。じゃあこちらの条件は俺たちが勝ったら、君たちが夕飯を奢る。それもスペシャル定食だ」

「いいね、それ。じゃあ、また合図する」

と言って教室を立ち去ろうとする。

「・・・あ、一つ言い忘れてた。このことは他言無用で。水晶で私と連絡とるのも禁止」

(学校の水晶はプライバシーが無いと言っていい。突然他の人と連絡を取り始めたらリージェンあたりが気付いちゃうしね)

うん、と頷く男子生徒を後にラルは笑顔で手を振り教室を出る。教室の扉を開けた時には、その顔から笑みが消えていた。


***


どんよりとした曇り空。今にも雨が降りそうな昼下がり。

ラルはドキドキしながら校内に設置してある自販機の前で、密約を交わした男子生徒を待つ。このために、「誘う」という慣れないことをしてグレンとリージェンをひきつけたのだ。絶対に失敗は許されない。


ふぅ、と息をついて男子生徒を待つ。あの人が来たら、「決闘の練習」と言って表向きはジュースを賭けた戦いをするのだ。その場で決闘を開始したらいい。大丈夫。上手くいく。

[使役者]と[使徒]は思考まで共有しないことは確認済みだ。だから、私の考えがグレンとリージェンにバレることはない。実行に移すまで一週間もかかってしまった。

ざっざっと遠くから二人分の足音が聞こえる。


(あ、きた)

作戦開始だ。


***


短く息を吸い込んで、考えていた言葉を吐く。

「ねぇ、グレン、リージェン。私、決闘の練習がしたい!」

「はぁ?なんだいきなり」

「どうしてこのタイミングで?」

(さすがリージェン、鋭い)

「いやぁ、この前あの人にジュース奢らされたのよ。だから、決闘で負かしてその分を奪い返したいってのが本音」

「お前、ケチだなぁ。それくらい水に流せよ」

「奢らされたってどういうこと?」

各々違う方向に関心が向いているが、ここまでは想定内。二人をいつものように無視して共犯者に駆け寄る。二人には聞こえない位置にまで彼を誘導する。

「ねぇ!この前ジュース奢ったラルよ?覚えてる?あの時のジュースを賭けて決闘しようよ。『私たちが負けたら、私の今の契約を全て解除する』ってくらい勝つ気しかないけど!」

「ず、ずいぶん物騒なこと言うね。じゃあ俺は『スペシャルディナー定食を奢ってもらう』で・・・いいのか?」

今の会話で目の前の彼が何かに勘付いてしまった様子だ。慌てて距離を取る。

「だって、二人ともいいよね?お願いっ!」

遠くに彼を残し、二人に駆け寄る。そしてグレンとリージェンの手を握り、首を傾げてねだる。恥ずかしくてこんなこと絶対やりたくないが、私の目的のためだ。

案の定、うまくいった。正直顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

「いいぜ」「いいよ」

半笑いで二人が宣言した瞬間、三人の[使役者]の水晶が光る。

(上手くいった!)


決闘は[使役者]には一人しか出られないらしく、話し合いの末グレンが私と戦うことになった。


[使役者]であるクラスメイトの彼の役割はここまでだ。あとはラルの独断で動く。ここから、ラルがずっと望んでいた展開に持っていく。上手くいくだろうか。緊張で手が震える。おそらく唇は真っ青だ。


(これが成功したら、二人はどう思うかな・・・)

この一週間、考えないようにしていたことが頭に浮かぶ。今まで本気で契約を解除したいと思ったことは、実はない。二人に振り回されていたが、なんやかんや楽しかった。私が嫌がることは絶対に命令しないのも知っている。だからこそ、これからする行動が許されるとは思えない。


(許さなくてもいい。二人を巻き込みたくないっていう私のエゴだから一生恨んでくれて構わない。・・・でも、今の関係が変化しちゃうのは悲しいなぁ)


「ねぇ、グレン、リージェン」

二人を下から覗き上げる。初めて会った頃より、少し背が高くなったな、なんて現実逃避をしてしまう。

「何?」「どうしたの?」

穏やかな顔で二人はこちらを見ていた。何も知らないその顔を見ていると、無性に涙が込み上げる。

「いや、これからも友達でいてね」

我ながら残酷だと思った。これから裏切りをする人間が相手に心の繋がりを約束させるなんて。数分後には「友達」なんて無理に決まっている状態になるかもしれないのだ。

「俺は友達のままでいる気はないけど」

「僕も友達のままじゃ、満足しないよ?」

「・・・え」

ひゅっと息を呑む。・・・バレている?

「ど、どうして?」

ちゃんと言えているだろうか、企みがバレているのではという不安で口がカラカラだ。

「それは、お前が好きだから・・・」

「僕はずっと好きって言ってるよね?そろそろ答えをくれよ」

「あ、ははー。だよねー」

頭が真っ白になっていたラルは、もはや二人の発言を理解していなかった。

ただ彼女がが想定していた最悪の状況ではないことが分かれば良い。

ひとまずバレてはいない。ほっと胸を撫でおろす。


そして決闘開始が静かに宣言された。

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