第22話 マジ


目を開けると、そこには心配そうなクレアとグレンとリージェンそれにカメリアの顔があった。天井は痛いほどの白。かすかに薬品の匂いもする。


(あ、ここ、医務室か)


「ラル!?」

目を開けた私に気付いたクレアが目に涙を溜めて、私の右手を握る。

「私、どうして・・・」

「貴方、大火傷したのよ。何でも、無防備に魔法に突っ込んだらしいわね」

「どうしてそんなことしたの?」

「それは・・・」

そうだ。サイファー王子を助けようと思ったんだ。それで・・・

「それよりも、サイファー王子は無事?」

自分のことより気掛かりだった。これで王子が負傷していたら情けない。

「無事だよ」

答えたのは、四人の後ろに控えていた当の本人だ。綺麗なご尊顔に傷一つない。

「それなら良かったです」

というと、グレンに頬をつねられた。

「良くないんだよ!お前、考えなしに突っ込むな!」

「グレンに同感だね。ラル、知ってる?君が炎に焼かれたとき、僕たちも感覚を共有していたんだよ、とはいっても火傷の感覚じゃなくて、君の精神的負荷だけどさ」

胸が引き裂かれる思いだったんだ、とリージェンは悲痛な面持ちで言った。グレンも悲しんでいるような怒っているような表情をしている。

「「とにかく、二度とこういうことは止めろ」」

「わぁ、さすが兄弟・・・息ぴったし・・・」

二人のコンビネーションはさておき、サイファー王子が私と一対一で話したいと言ってきた。未だ何か言いたげな二人と、クレアとカメリアには外で待機してもらうように伝え、王子との対談に臨んだ。


***


「こんな状態ですみません。立ってもいいんですけれど包帯が邪魔で・・・」

「かまいません」

「・・・」

「・・・」


(え?話したいって言ったの王子だよね!?めちゃくちゃ気まずいんですけど!)

お互い無言になってしまって焦る。しかし先に切り出したのは王子だった。


「覚えていますか?入学当初も貴方は僕をかばって火傷したんです」

「お、覚えています」

「以前もこの度も僕のせいで、申し訳ありません。すぐに処置できたから大半は無事に治りますが、その左腕はおそらく火傷の跡が残ってしまうと先生が仰っていました」

「あ、あの全然気にしなくていいですから。私が勝手にやったことなので!もう、王子が無事でさえいれば万々歳です!」

「原因は僕です」

「確かに王子の魅力が嫉妬を生んでしまったかもしれませんが、それは別にサイファー王子のせいってことにならないです。だって、自分で望んで女性に囲まれている訳ではないでしょう?・・・え、ですよね!?」

「え・・・」


(女性が嫌い、っていう印象があるから多分そうだと思ったんだけど・・・いや、まてよ。女性の心を弄んでいる節があるから実はあのハーレムはわざとだったり?)


一人でごちゃごちゃ考えていると、王子はあの時と同じように私の顎に手をかけた。以前よりは優しい力で。前と違うのは力の強さだけじゃない―その瞳は氷ではなく、優しげな光を携えている。


「・・・やっぱり、貴方には効果が無いようですね」

「どういうことですか?」

「僕は人と目を合わせると、自然とその人に好かれるんですよ。でも、君には効果が無いみたいです。君は他の人と違って、不思議な力をエトナ神から貰っているせいですかね」

「良かった・・・」

「っふ」

思わず本音を漏らすと、サイファー王子は緊張が解けたように笑った。

「・・・これでは、勝負は僕の負けですね」

「やった!」

「こんなこと初めてですよ」

「王子ならいつか、本当に好きな相手ができると思います」

この際、思ったことを言ってみよう。王子に罪なき女子生徒の心を奪う行為をやめさせないと。

「サイファー王子、本当は誰かを好きになりたかったんじゃないでしょうか?だから他人からの感情を欲しがっている。でも、自分が本気にならないと相手は同じ感情をくれませんよ」

「・・・は」

「まぁ、私なんかに恋愛が分かるわけないんですけどね!忘れてください」

えへへ、と頬を掻いて誤魔化す。さすがに踏み込んだ話をしすぎてしまった。私より王子の方が絶対恋愛スキルが豊富だというのに。

「自分から・・・」

サイファー王子は真剣に考え込んでしまった。

「そうです。自分からマジになるんです。本気になって、アプローチして、それでも振り向いてくれなかったら・・・もうその時は!眼の力に存分に頼っちゃいましょう!だから誰彼構わず感情を受けいれて、その気にさせるのは止めましょう」

「自分からマジに・・・」

きっと王子サマは「マジ」なんて言葉は知らない。でも私のパッションで何とか貫きとおす。慣れない言葉を何とか咀嚼しようとしている様子を見て、私はこれで王子は人の感情を弄んだりしなくなるだろうと思った。

すると、いきなりサイファー王子は私の左手をそっと取りその手に口づけをした。

「ちょ、何してるんですか」

「ラルさんの言う通りに『マジ』になってみようかな、と」

「その心意気はいいんですけど『マジ』を使う相手、間違えてますよ」

好きでも何でもない私に本気になってどうする。残念ながら彼はさっき私が言ったことを未だ理解していないようだ。

「じゃあ、『マジ』になった相手に効果的な行動を教えて貰えますか?」

思い当たる相手がもういるのかもしれない。それなら話が早い。

「相手によりますね。まずはその人のリサーチをしないと」

「分かりました。ラルさんは?どう思いますか?」

「私なんかが参考になるとは思えませんけど。でもそうですね・・・その人を遊びに誘ったり、ちょっとした気遣いをしたり・・、とにかく相手を常に気に掛けているんだぞって暗に伝えるとか・・・?」

とんでもなくありきたりなアドバイスになってしまった。普通にアピールしていればサイファー王子なら誰でもイチコロだと思うけれど。

「ためになりました。・・・それよりも、僕は貴方に何か償いがしたいです。ラルさんが良くてもその火傷はやはり見過ごせません。何か欲しい物や、やりたい事はありますか?」

「特に・・・あ、じゃあサイファー王子が『マジ』になった相手が見つかったら一番に私に教えて下さい。全力で応援します!」


左手を王子に握られたまま言い切る。

言い切ったと同時にその左手がぎゅっと強く握られた。火傷が完治していないため少し痛む。

「いたっ」

思わず声を発すると、サイファー王子は、はっと我に返って謝ってきた。

「っすみません。えっと、僕の相手の話ですよね。実はかなり困難な相手らしくて、なかなか僕の方を振り向いてくれそうにないんです。協力してくれますか?僕の本性を知っているラルさんにしか協力を頼めないんです」

「私にできることなら!」

王子に頼まれごとをされる日がくるんなんて、とラルは笑顔で引き受ける。


そして扉が開き、クレア達が入室してきた。グレンとリージェンは、私たちが手を握り合っている様子を見て同時に顔を顰めた。

(国の王子と手を握り合うなんて貴族からしたらまずいよね・・・!?)

そう思ったラルはそっとサイファー王子の手を外した。

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