第三章 サイファー王子
第20話 困惑
ラルはため息をついていた。最近の王子の言動についてだ。ただでさえ目立ちたくないというのにサイファー王子がやたら構ってくる。
勝手に自分の教科書を貸してくるし、勝手に私の取りたかった上の方の本を取ってくるし、勝手に寮までついてくる。あぁ、思い出すだけでイライラする。
別に構ってくるだけなら適当にあしらえるのだが、周りの目が痛い。それはもう、目で殺されると震えるほどに。
目下の悩みであったリージェンはというと、サイファー王子が絡んできたあたりで嫌がらせがピタッと止んだ。私の隣にいる時でさえも。流石に王子の手前だから遠慮しているのだろうか?彼はいつも顎に手を当てて私たちを静観している。
サイファー王子より、リージェンの方が言いたいことを素直にぶつけられる分マシだ。
「「ラルさん、少し、いいかしら?」」
腕を組んだどこぞのご令嬢たちが、食堂で私を取り囲む。これもおなじみの光景だ。
「あの、私、サイファー王子のこと何とも思ってません」
こっちも迷惑しているんだと本心を漏らすと「あなたごときが」と面倒なことになるので絶対に言わない。
いつもの言葉を吐き捨て足早に立ち去る。彼女たちは同じ課の人間ではないから教室に入ってしまえばこっちのものだ。
教室に入って寝たふりをしていると、また同じ言葉が浴びせられた。目をつぶってでもサイファー王子を虎視眈々と狙う令嬢の声が聞き分けられるようになってしまった。少なくともクレアではない。
「もう!しつこいですってば!」
ばっと顔を上げると、そこにはウェーブがかかった金髪を指に絡めた・・・。
「カメリア様?」
「ちょっと、敬称は要らないわ。わたくしのことはカメリアと呼んで。・・・それよりもラル、あなたに忠告をしにきたの」
「忠告・・・」
「サイファー王子よ」
まーたこの話題だ。カメリアはあれ以降自分の立場を使った姑息な真似はしないようになった。人間変わるものだ、と感心していたのに私にも牽制をするのか。
「私はサイファー王子を狙ってもないし、好きでもない。あっちが勝手に話かけてきて迷惑しているのはこっち!」
つい本音が漏れた。ちらりとカメリアを伺いみると、真剣な面持ちでこちらを見ている。
「やっぱりね。だからこそ、貴方に忠告しに来たのよ」
「・・・詳しく教えて」
サイファー王子を狙っていたカメリアしか知りえない裏事情があるのかもしれない。
***
カメリアから聞いたところによると、サイファー王子は自分になびかない女性を手に入れようとする悪癖があるらしい。しかし、全ての女性においてサイファー王子は勝利しているという驚異の戦績。
「なるほど・・・?」
よくわからない趣味だ。
「じゃあさ、サイファー王子のこと手に入れたかったカメリアもツンツンしてみたの?」
手に入らないほど燃えるのであれば、それを逆手に取ることも可能だろう。
「えぇ、でも駄目だったわ。知らず知らずのうちに何故か絆されていたのよ。気づいたら自分でも思った以上に彼に執着していたわ」
「ふぅん」
「・・・わたくしが自分を好きと確信した時点で、彼はわたくしへの興味を失ったようにみえたわね」
「じゃあ・・・!」
これは、あれか。この問題を一刻も早く解決するには私のプライドを捨てないといけないのか。
「サイファー王子が好き!って言動をすればこの問題は解決・・・?」
「貴方、それでいいの?グレン様にはちゃんと説明したほうがいいわよ」
「あ、その事なんだけど、私別にグレンと付き合ってないから」
発言力のあるカメリア相手には、早めに訂正しておかないとややこしいことになる。
「あら、じゃあリージェン様とお付き合いなさってる?」
「どちらも違いますぅ」
口を突き出しながら答えるとはっ、というカメリアの何とも言えない声が聞こえた。
「貴方・・・罪深いわね」
同情するように肩に手を置かれた。わからないけれど、多分馬鹿にされている。
「どちらともお付き合いなさってないのなら、サイファー王子への恋のフリ作戦はしっかりと説明した方がいいわよ」
なぜだ。付き合ってないならむしろ説明なんていらないだろう。私はカメリアの言葉を無視して今すぐ行動に移すことにした。これでようやく解放される、という素晴らしい希望を胸に教室を出た。
***
「サイファー王子、あの実は・・・」
人生初告白。我ながらすごい行動力だ。定番の校舎裏に呼び出しをしてみた。
告白まがいのことをするにあたって、念のためクレアには事情を話して見守ってもらう。周囲に人が来たら教えて貰うのだ。さすがに公開告白は勘弁してほしい。
「ラルさんから話しかけてくれるなんて嬉しいな。何ですか?」
人に好かれるような爽やかな笑みで首を傾げているその姿は、様になっている。
「好きになっちゃったんです!」
と叫ぶ。が、ふと初対面の時の会話を思い出す。
(あれ、でもこの人ってたしか女性のこと好きじゃないよね・・・)
急に自分の決断が不安になってきた。
(でも、カメリアはこれで興味を失われたって言ってたし、イケる!)
謎の自信をもって突っ立っていると、サイファー王子がいきなり私の顎を取り目を合わせてきた。―その目は氷のように冷たい。
「本心ですか?」
掴まれた顎がひどく痛む。冷酷なその目に見られていると嘘をついてはいけない気がした。
端正な顔に埋められた目をよく見ると、右眼は緑で左眼は黄色・・・。
(あ・・・この人、ギンと契約してるんだ)
その事実が分かった途端、脳が警鐘を鳴らした。全身から汗が噴き出る。
(まずいまずいまずい!絶対バレてる!!)
恥ずかしい、という感情より「危険」の二文字が頭から離れてくれない。
そこからはもう脊髄反射で動いていた。
「申し訳ございません!嘘です!」
なりふり構っていられない。グレンにもやったことのある人生二回目の土下座をして許しを請う。さすがに噓の告白は軽薄すぎた。これって不敬罪とか・・・?
「ラルさんは人の心を弄ぶのが趣味ですか?」
「・・・は?」
それは貴方だろうと言ってやりたい、しかし相手は王族。ここは穏便に済ませたいところ。
「い、いえ。あの、ちょっとした悪戯心というか、本当に悪いことをしたと反省してます。決して、面倒だから好きって言ってやろうと思った訳では・・・!」
「じゃあ、悪いと思っているんですね?」
「はい、それはもう、深く深ーく反省してます」
「じゃあ、僕とお付き合いしませんか?」
「はぃ・・・え?」
何でもないことのように発された言葉に耳を疑った。
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