第19話 発狂


「わたし、ラルのおかげで目が覚めたわ」


清々しい目をしたクレアが開口一番、私に告げる。

「自分で成り上がればいいのよね!どうして地位のある人との結婚ばかりを考えていたのかしら。自分の価値は自分で上げるよう努力するべきだったのよ。その場がここギルマ学園っていうことなのね!」

ぱぁっと花をまき散らすかのごとく笑うクレアにかける言葉は一つだ。

「が、がんばってね」

なかなかに肝の座ったガッツのある女性だった。初対面のイメージとのギャップにまだ慣れないが、時間が解決するだろう。多分。


クレアとカメリアはお互いの誤解が解けたことで決着がついた。クレアのお家事情をきっかけとして、お互いにギクシャクしてしまい、それが「あの人は私が嫌いなんだ」という感情を増大させてしまったという。ともかくわだかまりが解消して良かった。


・・・それはよかったんだけど。


「どうやって切り出そう・・・」

私はグレンに契約破棄の持ちかけをするのに気が引けた。

グレンの日常生活での命令は確かに理不尽であったが、嫌というほどではない。むしろ、パシりにかこつけて私の朝食、昼食、夕食代が大きく浮いたのは確かだ。それに、ドレスまで貰ってしまった。


(あいつ傷つくかなぁ・・・)

なんやかんやで楽しかったグレンとの思い出が決断を鈍らせる。もやもやと過ごしているうちに、リージェンから催促の連絡がきてしまった。


「・・・で?ラルは、お願い聞いてくれないの?」

リージェンは腕を組み、トントンとわざとらしく足を踏み鳴らす。

「いや、聞くよ?聞くんだけど、グレンにどう言おうかなって」

「普通に言えばいいだろ。何、グレンのことがそんなに気に入ってるの?」

「圧がすごい」

私を逃がさん、とばかりに壁に追いやりながらリージェンは言葉を畳みかけてくる。

「・・・僕のこと嫌い?」

「うっ」

先ほどの圧迫感はどこへやら、今度は子犬のように項垂れたリージェンに戸惑う。

「嫌いではないけど、グレンにどうやって契約解除を切り出すか悩んでて・・・」

「え?解除はしなくていいよ。まさか、僕のこと君の唯一にしてくれるつもりだったの?」

それはそれでいいけど、と口元を抑えるリージェンの両肩を、私はガシッとつかむ。

「え!?どういう意味?」

「い、痛いな・・・。そのままの意味だよ。僕とグレンと契約を結べばいい」

「普通一対一じゃない?」

「確かに、ペアのほうが信頼関係も命令もスムーズにいくからペアが普通だよ。でも、絶対にペアとは決まってない」

リージェンを掴んでいた両手を逆にしっかり握られて距離を詰められる。本当にこの人はパーソナルスペースが非常に狭い。

「並の[使徒]なら、二人も[使役者]を抱えたら気が狂うみたいだけどエトナ神から遣わされた【神の左脚】のラルなら平気だよね?」

穏やかに言っているが怖すぎる。私、死ぬかもしれないじゃん。


結論から言うと死ななかったし発狂もしなかった。エトナ神万歳。


・・・が、


「こんなことになるなら、グレンだけで十分だった・・・」

「大丈夫?ラル。・・・あ、死んでる」

机に突っ伏して屍と化している私を、癒しのクレアが慰める。クレアとの会話が、最近唯一のストレス発散だ。


(このままじゃ私の華やかな学園生活が消える・・・)

勘弁してほしい。私の交友関係がびっくりするほど狭くなるのだ。主に元凶はリージェン。あの人は私に恨みがあるんじゃないかっていうほど、些細な命令を多用してくる。



例えば―


***


ある日、私は荷物を運んでいた。そこに協力者の男子生徒が現れる。

(これはまさかの脈ありか。私に親切にしてくれる人がいるなんて・・・!)

お言葉に甘えて、手に持った荷物を三分の一を嬉々としてその彼に差し出そうとすると・・・


〔断って〕


その声が脳内に響くや否や体が硬直した。


「大丈夫だよ!ありがとう」(お願いしようかな!ありがとう)

意志と反して声が出ていた。顔が強張る。

不幸にも親切な人は、硬い表情の私に遠慮してじゃあとそのまま去ってしまう。


「・・・リージェン」

最大限の怒りを込めて背後の男を呼んだ。

「やぁ、ラル!重そうだね、手伝おうか?」

「白々しいって!何で私の邪魔するかなぁ」

「君が好きだから」

私のいらだちを物ともせずにニコニコしている顔がむかつく。

「もういいよ、それ。とにかく私の人脈作りの邪魔をしないで!人とのつながりって、卒業後大切なんだよ?」

「僕は真剣に言ってる。それを本気にしないのはラルだ。ねぇ、ちゃんと聞いてよ」

どこか見覚えのある真顔で言われる。

「ちゃんと聞いてる。私が好きなら尚更だね。私の恋路を邪魔しないで」

怒りから恋愛ごとを持ち出してしまったが、まぁいいか。本当に恋が生まれていたかもしれないんだから。しかし、毎日毎日この調子じゃ私は不満が溜まる。

そのまま後ろを振り返らずに歩き去る。

背後から、悲しげな声が聞こえたが無視だ。リージェンの子犬のような表情にはいいことが無いって学んだから。


「君がそうやってあしらうから悪いんだ」

―1人の女性を一途に想うその言葉は誰にも聞かれることは無かった。


***


「こんなことが毎日あるの!私、リージェンに監視されてるよ・・・自由がないよ・・・」

新手のいじめ?と涙を流す私の肩にクレアがそっと手を置き言いづらそうに口を開く。

「それはラルもいけないと思うよ・・・」

「クレアまで・・・」

「一度、リージェンと本気で話してごらん。謎が解けるよ」

「うん」


リージェンと腹を割って話そうと奮闘したが、その前に新たな問題が舞い込んできた。


***


「ラルさん。お手伝いすることはありませんか?」

そう、最近あのサイファー王子がやたら話しかけてくるのだ。

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