第18話 作戦
校庭と違って体育館は行動範囲に制限があるため、ギャラリーはほとんどが外で映し出される映像に群がっていた。群衆に紛れ、クレアもその場面を食い入るように見ていた。
体育館に静寂が訪れる。
「いくよ」「あぁ、作戦通りに」
ラルとグレンは互いに拳を合わせて気合いをいれた。
カメリアは以前と同じペアを組んで決闘に臨む。催眠効果のある霧を発する男はあの時と同じようにしょっぱなから魔法を使ってきた。
(まずは、私が霧を吸い込む!)
勝つならば正々堂々相手を打ち負かす。その作戦は、攻めに攻めたものだった。
***
「お前、正気か?」
決闘前夜、ラルの作戦を耳にしたグレンは白目をむいた。
「大真面目。私たちの契約の力で、霧に勝つの。正面突破あるのみ!」
「もっといい作戦ないのかよ・・・。もし俺の命令が通らなかったら、どうする?」
「それはその時。グレンが何とかして私を叩き起こせばいいじゃない。幸い相手はそんなに肉体派じゃないから、グレンのその無駄な体格なら勝てるよ。多分」
***
思いっきり霧を吸い込んだ。一瞬で頭にもやがかかる。意識が―。
「あとは任せた!」
その言葉を最後に、意識を手放す。
グレンは、ばたんと轟音をたててラルが昏倒するのを視界に捉えた。
「これで起き上がれなかったら覚悟しろよ・・・」
目の前のカメリアと霧の青年はラルの意味不明な行動に面食らっている。
よし、と大きく息を吸い、グレンは命令を下した。
〔起きろ!〕
・・・!濃い霧の中で、ラルの紋章が光っている。どうやら、作戦は効いたみたいだ。
「ありがとう!グレン!」
と言い残し、彼女は霧の出所に向かってひた走る。バキッという重々しい蹴りの音が聞こえたが、あいつは加減ってものを知らないのだろうか。
霧が―晴れる。
「俺も行くかな」
〔使役者〕のグレンは、相手の〔使役者〕に敗北を認めさせるべく、剣を持ち悠々と歩き始めた。
***
「わたくしの、負けね」
完敗だわ、と首元に剣を突き付けられたカメリアは素直に負けを認めた。
「じゃあ、私と話をしよう」
項垂れるカメリアの手を取り、私は静かなところに彼女を誘導した。
「・・・で、話って何かしら?」
「クレアに謝って。貴方は私の友達を侮辱した」
まずはそこからだ。ほかにも聞きたいことがいくつかある。
「地位に取りつかれた女が身分のある男を漁る姿を見て気分がいいとでも?」
「クレアはそんなんじゃない!」
「貴方が彼女の何を知っているの?」
「知ってるよ!貴方よりはね。入学してからの付き合いだけど、クレアが親想いのいい子だってこと!それに、身分関係なく私に接してくれる子だっていうのも!」
息を荒げて一思いに喋る。相手が高貴な貴族だろうが知ったことか。大勢の前で友人をコケにされた気分はこんなんじゃ収まらない。
「クレアは自分の力でご両親を助けようと頑張っているだけ!心配させたくなくて、自分の心を封じ込めて、今やれる事をやろうとしてるだけなんだよ。彼女を節操なしのように酷く言う貴方とは違う」
「何を知った風に・・・わたくしの方が知っているわよ!!クレアさんが天使のような人だったってことくらいね。でも、先に裏切ったのは彼女よ」
「・・・ん?」
今までとは打って変わって感情的になったカメリアの発言が頭に入ってこない。
「ちょ、ちょっと?カメリアさんはクレアのこと嫌いじゃないの?」
すると、彼女は少し傷ついた顔をして、
「嫌いよ。わたくしはクレアさんを友人だと思っていたけれど、彼女はそうではなかったみたいだったから」
「・・・ちょっと、クレアと話そうか」
どうやら、行き違いがあるように聞こえる。私の手には負えない
クレアを探してくる、と踵を返したが、
「その必要はないわ。ラル。わたしの為にありがとう」
穏やかな笑みを携えたクレアが長い黒髪をたなびかせながらこちらにやってくる。
「とりあえず、二人きりで話しなよ」
私がいては邪魔な気がした。クレアとカメリアを残し、一人立ち去る。
「ん?」
一人で歩いていると、後ろから影が差し掛かった。
「なんだ、リージェンか」
「驚いた?僕、ラルに聞きたいことがあって」
前より僕のこと警戒してくれなくなったね、とリージェンは言った。
「何?」
「『お願い』ってクレアさんの情報にも有効?サイファー王子に関する情報持ってきたら、ってやつ」
「無効よ。無効」
「クレアさんの泣き寝入りを阻止できたのは誰のおかげ?僕、結構いい働きしたと思うんだけど。大変だったんだよ?」
リージェンは、カメリアの反感を恐れる人から真相を聞き出すのに酷く苦労したらしい。
借りを作った形になっているから、この際『お願い』とやらを素直に聞いておこう。
分かったと言うと、
「じゃあ、僕とも本契約を結んでよ」
どうも私はこの人から縋るような目をされたら、無下にできないようだ。
「う、うん。考えておく」
***
『クレアは自分の力でご両親を助けようと頑張っているだけ!心配させたくなくて、自分の心を封じ込めて、今やれる事をやろうとしてるだけなんだよ。彼女を節操なしのように酷く言う貴方とは違う』
そう叫んだ少女の発言が忘れられない。彼女は確か、【神の左脚】とかいう女だ。
その稀有な能力を利用して俺に近づいてくるかと警戒していた時期もあるが、そうではなかった。無害、その印象しかない。・・・しかし、今しがたの「自分の力で頑張っている」という言葉に酷く心を乱された。
「・・・偽善者が」
ぼそりと吐いた毒をつぶすように、目の前のアリを踏みつける。
―ぞっとするほど冷たい目をした王子はどこかへ去っていった。
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