第16.5話 グレンの自覚
―ついに、ついに、俺はラルとの遊びの約束を取り付けることに成功した。
学校主催のパーティーにラルとクレアが参加すると聞いて心が躍った。あいつは堅苦しい催しに参加しないと思っていたが、クレアという友人の存在は偉大だ。
パーティーといえばドレスコード、つまり普段と違う服装に身を包んだラルが見ることが出来るのだ。
いつもラフな格好をしたラルが、ドレスを着ている姿なんて想像できない。あいつはどんなドレスを選ぶのかな、と思っていたが・・・何やらそわそわしているラルが見えた。
「お前、ドレス持ってないのか?」
思わず声をかける。違っていたらどうしよう、という俺の杞憂はすぐに消えた。
なんと、あいつはドレスを持っていないというのだ。確かに、あいつの育った環境を考えると納得がいく。
何気なく出かけることを決めたが、俺の中でこのイベントは大きな意味を持つ。
これはあいつに罪滅ぼしをするいい機会だ。謝罪は言葉だけでいい、と彼女は気にしていなかったが、それでは俺の気が済まない。
初対面から俺はあいつに、理不尽な怒りをぶつけてしまったのだ。我ながら最低だと思っている。そんな荒んだ心を溶かしてくれたのが彼女だったのだ。
―そんなこんなで、迎えた外出当日。俺は小一時間悩んだコーディネートでラルを待つ。待ち合わせは正門だ。
「おまたせ!」
手を振ってラルがこちらにやってくる。思わずにやける頬にぐっと力を入れて俺も挨拶を返した。
「お前の私服初めて見た」
「どう?前に出かける約束してたじゃない?その時に私服持ってなくて困ったから、買っておいたの」
リージェンの部屋から飛び降りた、というあの騒動の日だ。あの日、ラルは待ち合わせにやってこないし、水晶の連絡も通じ無いしでかなり焦った。結局リージェンと何していたのかは分からず仕舞いだ。
「まぁ、いいんじゃないか?中身と違って」
その騒動が脳内にちらついて、「かわいい」という一言がどうしても言えなかった。
俺は誤魔化すように、どういう意味?と怒るラルの頭をガシガシとかき回した。
「ひえー。いっぱいあって、どれを選んだらいいのか分からないよ」
「好きな色にしたらどうだ?」
「じゃあ・・・。紺色と緑・・・と黄色!」
ズラリと並ぶドレスの前をうろうろしながらラルは楽しそうに選ぶ。時折、鏡の前に立ち、「どう?」と聞いてくるのがどうにもくすぐったい。
どれも似合っているから「全部似合っている」と正直に伝えてみたが、ラルは「真剣に選んでよ」と不満な様子だった。勇気を出して言ってみたのに何故だ。
どれもいいが、俺的には紺色のドレスが一番ラルに似合うと思った。
試着室のカーテンを開けるたびに店員に手放しに誉められ、照れているラルをそっと見つめる。スラリと伸びた手足がドレスの魅力を引き出しているが、その足は黒いストッキングに覆われていた。別に足の紋章なんて俺は気にしないが、あいつはかたくなに脱ごうとしなかった。
ずっと見つめていたのがバレたのだろうか、ラルが俺を呼ぶ。
「ねぇ、グレンはどれがいいと思った?」
「俺はなんでも・・・」
「何でもは禁止!せっかく私の買い物に貴重な休日を費やしてくれたんだから、グレンが気に入るドレスにする」
私は全部欲しいから決められない、と言いながら試着室に消えていくラルを放心状態で見やる。
・・・思わず息を吐く。何気なく口にした発言なのは分かっている。そう頭では分かっていても、緩む口元が抑えられなかった。
「これはどう?」
と、カーテンを開けたラルに言葉を失う。
紺色のドレスだ。太く白いリボンが細いウエストを強調するように巻かれ、背後で蝶々結びになっている。そこまで露出も多くない。それに、黒のストッキングがあまり目立たないように見える。俺は、思わず・・
「それにしろ」
と言っていた。自分でも素直な言葉に驚いた。
「よし。これにします!」
ラルがばたばたと試着室に消えていくのを見届けてから、俺は店員に話しかけた。手持ちの金額は足りている。
「俺からのプレゼントだ」
ドレスが入った箱を抱えて、まだ現実を処理できていない彼女の姿を見ているとつい笑ってしまう。
「え、だってこんなに高価な服・・・私ちゃんとお金あるよ?」
「俺なりのけじめだから受け取れよ」
「そう、なの?」
「あぁ、これ以上追及するな」
なおも食い下がってくるから、勝手に店を出る。
「ありがとう。大切に着るね」
と箱を抱え目を嬉しそうに細めているラルを見ているだけで心が満たされた。
―あぁ、そうか。すとん、と心に何かがはまる。俺はラルが好きなんだ。ようやくこの気持ちに名前を付けることができた。
彼女の表情一つで心が揺さぶられ、
彼女の行動一つで心の靄が晴れ、
彼女の発言一つで心が躍る。
俺が彼女の一番になって、彼女の心の拠り所になりたい。
そんな願いは今は叶いそうにない。今は、まだ。
おそらくラルはリージェンが気になっている。そしてリージェンも同様に。
俺は二人の関係を応援したい。相手がリージェンなら尚更だ。あいつにならラルは任せられる。
でも、万が一、ラルに好きな人がいなくて、俺に一筋の希望が残されているとしたら、
「俺に振り向いてくれるかな」
思わずつぶやいた一言は、オレンジに輝く西日と共に消えた。
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