第15話 強気な椿

私がクレアの意外な素顔に驚いていると、視界の端にズカズカと歩み寄る一人の影を捉えた。


「ちょっと貴方たち、今宜しいかしら?」

座っている私たちを見下ろすような形で、一人の少女が歩み寄る。ウェーブがかかった金髪を指でクルクル巻き取りながら、その少女は甲高い声でまくしたてた。

「最近、サイファー王子のことをやたら嗅ぎまわっているのは貴方たちよね?【神の左脚】と没落貴族って貴方たちのことでしょう?」

「・・・あの、没落貴族って誰のこと?」

私はムッとして、尋ねる。

「あら、分からないの?そこの黒髪の貴方よ」

女はびしっとクレアを指さす。女の登場から微動だにしなかったクレアは、びくっと体を震わせた。

「どこのご令嬢が知らないけれど、貴方のような没落貴族が、サイファー王子のことを想うなんて烏滸がましいんじゃないかしら?」


ムカついた。クレアがそんなこと言われる筋合い無い。サイファー王子のことを探っているだけなのに、なんでここまで言われないといけないのか。

何か言い返そうと口を開くと、先に目の前の女が声を発する。


「そこの貴方もそうよ。【神の左脚】か何か知らないけれど、貴方のような身分の低い方が王子に擦り寄るなんて恥ずかしいと思わないのかしら。王子の品位が下がってしまうわ」


思わず席を立った。ガタっと大きな音が、談話室中に響き渡る。他の寮生の視線が一斉に私たちに集まった。


「こっちが黙ってるからって・・・」

その先は言えなかった。

「クレア・・・?」

私を抑えるように腰に回された腕によって、阻まれた。それに・・・わずかに震えている。


立ち上がった私を警戒していた彼女は、私を止めるクレアを見て勝ち誇ったように笑った。

「分かればいいのよ。これ以上サイファー王子に近寄らないでくださる?」

ヒールの音を高らかに鳴らしながら彼女が去ってもなお、私に回された腕は離れなかった。




「クレア。言いたくなかったら言わなくていいんだけど、どうしてずっと黙ってたの?」

彼女と視線を合わせてゆっくり尋ねる。大きな瞳は、ウルウルと涙を堪えるように震えていた。


「私の家ね、本当に没落貴族と言われても仕方ないのよ」

それでね、と声を震わせながら続けた。

「さっきの彼女、カメリア様ってお名前なんだけれど、彼女は侯爵家のご令嬢なのよ。わたしの家がまだ軌道に乗っていた時代にはよくお話をしていたわ」

クレアは、手で零れ落ちる涙を拭った。

「でも、わたしのお家が上手くいかなくなって疎遠になったのがきっかけで、今じゃわたしを友達として見てくださらなくなった・・・」


その後も言いづらいであろう家庭や貴族の事情を、赤裸々に語ってくれた。


カメリアに反抗すると自分の家の立場がどうなるか分からないこと。

家の事業が上手くいかない一方であること。

父親がギルマ学園のAクラスに入ったクレアに過剰な期待を寄せていること。

家のためにも早く、身分の高い人をつかまえて家族を安心させたいこと。


「だから、わたしに恋とか愛はいらないの。とにかく、家のために何かがしたい」

その意志の強さは涙のひいた瞳からよく伝わった。

「そっか・・・。クレアは偉いよ」

「そんなことないわ。・・・そうだ、ラルに謝らないといけないの。わたしのせいで、貴方まで暴言を浴びせられてしまったわ。ごめんなさい」

「いやいや!それは、あのカメリアって人が悪いんだから!ねぇ、それよりおなか空かない?気分が落ち込んだ時は、甘いものでも食べよう!」

彼女は華のような笑顔を取り戻して、「そうね」と笑った。



それから数日後、私、クレア、グレン、リージェンの四人はクレアの部屋で会議を開いていた。

「カメリアって、あいつか。俺も知ってるぜ。【契約課】のBクラスだ」

「僕も知ってるよ。・・・というか、貴族の中で知らない人はいないんじゃないかな」

「そんなに有名な人なんだ・・・」


どうやら、彼女に楯突いた下級貴族は悲惨な運命を辿ってしまうらしい。

この学園に来て貴族の人と話す機会が増えたが、まだまだ私の知らない貴族事情がありそうだ。

ちらり、とクレアを盗み見ると申し訳なさそうな表情をしていた。


「クレア!サイファー王子以外にしてみたら?他にもいい人はたっくさんいるよ?身分が高くて、イケメンで・・・あ、ほら!ここにも!」


性格は保証できないけど、と私はグレンとリージェンの手を掴んで持ち上げる。そんな私のくだらない冗談にも、彼女はクスっと笑ってくれた。

「グレン様とリージェン様は遠慮しておくわ。想い人がいらっしゃるようだから」

「え、そうなの?教えて!」


教えてもらわないと私が困る。最近、この二人の恋愛についての質問が急激に増えてきたのだ。「ラルさんは、どちらとお付き合いをしているの?」なんて、いつも同じような質問をされるのは流石にうんざりしてきた。そろそろ終止符を打ちたい。


先に口を開いたのはグレンだ。

「言うかよ、鈍感」

「はぁ!?いいじゃない!私、人に言いふらさないよ?」

こっそりでいいから、と粘るが、うぜぇ黙れの一点張り。


「僕の想い人、気になるの?」

逆に私の手を握って、リージェンが笑顔を近づけてくる。

「や、やっぱいいや。自分で探す」

リージェンの纏うどす黒いオーラに危機感を抱いたのでこれ以上の追及は止めた。あとでこっそりクレアに聞こう。




―「クレア・フィオリーゼ!貴方に決闘を申し込むわ!!」

そんな強気な貴族カメリアの怒号が大広間に響いたのは、それからまた数日後の話だった。

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