第二章 クレア
第14話 野望
「ラルはさ、気になっている人いないの?」
日常会話からの、まさかまさかの質問。クレアとは壁を感じずに何でも話す仲になったけれど、全く予想していなかった話題に驚いてしまった。
ぐふっ、と思わず飲んでいたミルクティーを吹き出しそうになる。
「え、その反応はまさか・・・!」
顔に両手を当てたクレアが顔を赤らめている。
「い、いないよ」
いないし、それよりも目の前にグレンとリージェンが座っている状況でする話ではない。
「へぇー?」
面白がるリージェンの視線が痛い。この人はあの騒動以降、感情を抑えずにストレートに物事を言うようになった。いつもの笑みは絶やさないが、今はもう悪魔の笑みと私は認識している。そして、なんかこう、重い人だなっていうのは分かる。
「正直に言えよ」
ぶすっとした表情でグレンがぼやく。こいつは私とリージェンの仲を完全に誤解している。「僕とラルはベッドを共にした仲なんだ」と余計な一言をリージェンが言ったからだ。あの悪魔め。必死に否定したが、必死すぎて信じてもらえなかった。当の元凶は訂正してくれないし。
「じゃあさ、クレアはどうなの?」
人が恋バナをふる時は、大抵自分が話したい時だ。孤児院時代に恋愛相談を謎に受け持っていた私の勘だけど。
「・・・いるよ」
「あ、そっか。サイファー王子だっけ」
「・・・うん。彼ね、わたしが教科書を忘れて困っているときに自分のを貸してくれたの」
「へぇ!そうなんだ」
女性が苦手そうに見えたが、親切な人だ。
「それでお礼がしたいんだけど、どうしたらいいかな?」
「うーん。感謝の言葉だけでいいんじゃない?」
あの人お金あるから物に困って無さそうだし、といいかけた私の頭をグレンがばこっと叩く。そのまま私の頭を掴んで机の下に押し込んできた。二人でひそひそ言い合う。
「ち・が・うだろ!クレアは、サイファー王子と仲良くなりたいんだぞ?言葉だけならその場で伝えてるっつーの!バカかよ!」
「粗暴なあんたに繊細な乙女心がわかるの?黙ってなよ!」
机の下でギャイギャイ騒いでいると、私たちの頭を鷲掴みにしたリージェンが冷ややかな目で見降ろしていた。
「何二人してコソコソしてるの?クレアさんが困ってるよ」
―結局その場で結論は出なかった。けれど、私はクレアのために何かしてあげたい。サイファー王子の、多分だけど女嫌いな性格を知っているのに、私は応援するなんて軽率なことを言ってしまった。とはいえ、女の私がサイファー王子に近づけるなんて思えない。しかも、いつも明らかに高貴な方々に囲まれている彼ならなおさら無理だ。
女でなくて、それでいてサイファー王子と遜色ない貴族・・・。
「いるじゃん!」
すぐさま連絡だ。
「却下」「僕はいいよ」
サイファー王子に探りを入れる諜報員に頼んだが、やはり片方は無理か。でも、リージェンが引き受けてくれた。物腰は柔らかい彼なら、王子との会話でさりげなく必要な情報を引き出してくれると期待している。
「げ、お前、面倒じゃないのか?」
「うん。だって人に頼みごとをするならギブアンドテイク、だよね」
「・・・は」
「もちろん、僕の頼みも聞いてくれるよね?」
にっこり笑ったリージェンがじりじり近づいてくる。私が入学したときに感じた無償の優しさは幻だったのか。
「わ、私にできる範囲なら・・・」
クレアのためなら一肌脱いでやる。
「うん。決まり。僕がラルの望む情報をあげることができたら言うこと聞いてもらおうかな」
「『お願い』なら聞くよ!お・ね・が・い!なら」
しれっと『言うこと』になっていて驚いた。言うことを聞くのは契約しているグレンだけで十分。これ以上誰かの言いなりになってたまるか。
「リージェンはやっぱり優しいなぁ。で、グレンは手伝ってくれないの?」
「まぁ、暇な時、本当に話す人がいない時ならサイファー王子と話してやる」
だんだんとグレンの扱い方も分かってきた。
二人にばかり任せるのも悪いので、私は私なりに女子のつてを使って情報を得ようと奮闘していた。クレアはそこまでしなくても、と遠慮していたけれど私は何とかしてクレアを喜ばせたかった。
「そもそもさ、クレアはサイファー王子のどこが好きなの?」
一番大事なことを聞き忘れていた。顔?それとも雰囲気?どこか人を惹きつける空気を持っているから、それに惹かれている可能性もある。
「うーん・・・。地位かな」
思わず手に持っていたペンを床に落とす。カツーンと小気味いい音が談話室に響いた。
「な、なんて?」
ドキドキが止まらない。うそでしょ。恋って、その人の性格とか内側に惹かれるものじゃないの?確かに、地位や財産も魅力の一つではあるらしいのは、最近やたら女子生徒から呼び出しを食らっているグレンやリージェンを見ていて思う。あの二人が性格いいとは思えない。特にグレンは貴族と思えない口の悪さだ。
「好きってそういうことなの・・・?」
「わたしはサイファー王子が好きとは一言も言ってないのよ。『気になる人』よ」
「・・・」
「わたしはこの学園で学びに来ただけじゃなくて、将来の嫁ぎ先を見つけないといけないと思ってるのよ。・・・家のためにも」
―いい匂いの花の妖精だ、とか勝手に思っていたクレアはしたたかな野心家であった。
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