第13話 逃走
朝方、ラルは青ざめて焦っていた。ない!私の大切な水晶がない。
グレンと遊ぶ約束を強引に取り付けられて、私服の手持ちがないから制服でもいいか、って聞こうと思ったのに。
いつ?いつ無くした・・・あ。
はた、と昨日のことを思い出す。リージェンだ。あの時しかない。私が狸寝入りさえしていなければ!
後悔しても仕方ない。とりあえずリージェンの部屋に行って返してもらおう。多分、部屋にいるはずだ。
コンコンとノックをすると、笑顔のリージェンに部屋に入るよう促された。皆がいる寮ならば最悪大声を出せば問題ないだろうと思って、のこのこと部屋の中央に進む。後ろにいるリージェンを振り向くと、
ガチャ
後ろ手で部屋のカギを閉めた音が聞こえた。その音で私の脳内は大パニック。
「・・・私の水晶返してよ」
努めて冷静な声を出す。
「いいよ」
意外にも素直に彼は水晶を取り出した。
「ありが・・・っ!」
最後までは言えなかった。彼は、水晶を手にする私の手を握ったまま顔を近づけてきていた。
唇と唇が触れそうな距離になって・・・。
ぐん、っと私は大きく上半身を反る。ナイス反射神経。
「どうして」
と俯くリージェンは私の手をギリギリと握ったままだ。
「い、痛い。離して」
「嫌だ」
「リージェン、冷静になろ?離して」
「どうして君は僕のことを忘れたの?いや、そんなことはどうでもいいんだ。どうして僕を見てくれない?なぜ契約したのが僕じゃなくてグレンなんだ。どうして僕を避ける?」
ぶつぶつと呟くリージェンの姿に、今までの彼のイメージが崩壊してゆく。気持ち悪くは感じない。笑顔を貼り付けた今までよりはマシかな、くらいに思った。本当のリージェンはこの姿なのだ。
「好きなんだ」
顔を上げた彼は面と向かって私に言う。彼の顔は真剣で、とてもふざけている空気ではない。濃い青の瞳が困惑する私の顔を映し出している。
「へ・・・?」
「小さいころに会った時から、ずっと。君は覚えていないけど、僕は君を知っていた」
「私、リージェンと会ったことあるの?」
「あるよ。何年も前に。偶然」
衝撃の事実。孤児院にリージェンが来ていたことがあるのかな?それとも・・・。
「君は?僕をどう思ってる」
「え、私!?あー。わ、私も今のリージェンの方が好きだよ。何より、自分を偽るのは辛いから、自然体が一番だと思い、マス」
「はぁ・・・」
わかってないなぁ、とあからさまな溜息をついてリージェンは私をベッドに座らせる。困惑する私をよそに、彼は私の両肩をつかんで後ろに倒そうとした。
・・・え?押し倒されてる?
「う、うわぁーーー!!」
初めての状況に私はキャパオーバーを迎えた。思わずリージェンをベッドに突き飛ばし、窓から考えもなく飛び出す。え!?と取り乱すリージェンの声が後方から耳に届く。
はるか下をも見下ろすと人がいた。あ、そうだ。ここ4階だ。
死を覚悟したが、左脚が淡く光って無事着地できた。ありがとう我らがエトナ神さま。
その場を足早に立ち去るが、火照る頬がなかなか冷めない。
―逃げられてしまった。
一人部屋に残されたリージェンは残念に思った。しかし、悪くはない結果だと思う。
・・・そうか、隠すからダメなのか。幸いにも彼女は、大きな感情を抱いた僕を拒絶しなかった。告白は響いてなさそうだが、めげずに頑張ろう。次こそは、失敗しない。
「長期戦だなぁ」
再びため息をついて、ベッドに倒れこんだ。と、右手に何かが当たる。
手に当たったものを持ち上げながら、彼女の取り乱した様を思い出してクスクスと笑った。
―「私は、バカです・・・」
仁王立ちをするグレンに土下座をした。なんと、水晶を取り戻しに行った私は目的のものを置いて逃げてしまったのだ。グレンは連絡を取れない私を血眼になって探してくれたらしい。こればっかりは仕方ないが、怒るグレンに一部始終を話すのは気が引けた。こいつはリージェンを優しい、いい奴だと思っているのだ。
「何か他に言うことは」
足を小刻みに揺らしながら上から睨みつけてくる。
「申し訳ございませんでした!」
とにかく謝ろう。一方的に取り付けられた約束で!貴重な休日の計画を綿密に練っていた私の同意も得ずに!勝手に決められた集合時間ではあったけれど!
・・・思っていたより心配してくれたらしいことは、額の汗を見て悟る。
「あ、いたいた」
「げっ」
「おう、リージェン見ろよ」
手に私の大切な透明の球体を持ったリージェンがやってきた。先ほどのことを思い出して気まずくなる。待てよ、なぜこの人は私の場所が分かる?
「ねぇ、リージェン。まさか、その水晶で私のこと追跡してないよね?」
「まさか。水晶でもできるらしいけど、僕はそんなことしないよ」
「だよね「今は君自身の魔力を追ってるからね」・・・え?」
「そういうことかよ、リージェン!最近どうして魔力探知について調べてるか不思議だったんだよな」
「水晶でもできるよ、グレン教えようか?」
目の前の貴族は私を置いて勝手に話を進めている。
「いやいやいや。ダメでしょ。水晶返せ!」
と、私はリージェンから強引に奪い返す。このまま逃げてやる。
〔お前の水晶を渡せ〕
グレンの声が直接頭に響く。私の意思と反して、足は二人のほうに向かって進んでしまう。
「いやーー!私のプライバシーがぁ!」
嘆きながら水晶を渡す。顔ではわめきながら体は素直に言うことを聞いている姿は、傍から見たらなんとも滑稽である。
・・・こんな人たちばっかりの【契約課】で私は無事にやっていけるだろうか。不安しかない。
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