第12話 最高の出会い

僕は、自分の家が嫌いだ。

しいて言えば、好きなのは友人のグレン。裏表のない性格で信頼できるし、僕自身を見てくれている。僕を取り巻く人たちは、対等に扱ってくれない。

「リージェン様がそうおっしゃるのなら」「あなたの意のままに」など、全てを肯定する。僕はそれが嫌だった。


だから、幼いころ屋敷を抜け出してみた。両親は、休日に決まって外出をする。どうやら僕らの国の守護神である、エトナ神を信仰する教会に向かっているらしい。その時間を見計らって僕は街に出た。


街には何度かグレンと彼の両親と来たことがある。グレンのご両親は、ギルマ学園の卒業生だという。当時僕が一人で街に出たときは、確かまだグレンは孤独じゃなかったっけな。


街を一通り歩き終えて街はずれを適当にぶらついていた時、見たこともない場所を発見する。


「お屋敷だ」


中央に大きな屋敷を構えた広い庭園があった。どこの貴族だろうか。僕の家ほどの大きさはないから、子爵あたりかもしれない。

中を覗こうと近づいたとき、


「誰?」


と木の陰から女の子の声がした。僕と同じくらいの年齢で、ちょっと強気そうな顔をした可愛い少女だ。


「ぼくはリージェン。君は?」

「わたしはラル。リージェン!一緒に遊ばない?」

太陽のように笑う少女に、僕の心は奪われた。


ラルは足が速かった。追いかけっこをしてもぜんぜん追いつかない。左足に模様があるの、と彼女はハイソックスを下げながら言う。見てはいけない気がして顔を背ける僕を不思議そうに見つめた後、彼女は手を差し出す。


「わたしたちはね、仲良くなった人と握手して約束するんだって」


わたしとリージェンは友達!と言って、強引に僕の手を握ってくる。二人の手が繋がれた瞬間、ラルの左足がわずかに光った。


「ラルの苗字は?」

今聞いておかないと、次会うときに探せなくなる。しかも貴族ならば、彼女を許嫁にすることも可能だ。彼女が他のだれかに心を奪われる姿を想像したくない。



「無いよ」

「嘘だ」

「じゃあ、今度会ったときに伝えるね。お父さんかお母さんに聞いてみる」

「うん。約束ね」

明日も来よう。そう誓って彼女と別れた。が、次に外に出ることができたのはその日から一か月後のことだった。その間にグレンの両親が亡くなった。


がむしゃらに走って、ラルと出会った場所に向かう。街を出て草原を走り抜けると、そこには誰もいなかった。もぬけの殻となった屋敷に、僕は一人呆然と立ち尽くしていた。


それから何年か後、両親に相談もせずにギルマ学園の入学手続きを進めた。もちろん、グレンも連れていく。あいつは僕の家にいたら危険だ。


そして、忘れもしない入学式当日。僕は夢にも思わない再会を果たした。

あの時とずいぶん装いが変わっているが、彼女だ。幼少期に交わした契約の記憶が、彼女がラルであると伝えている。


しかし、残念なことに彼女は僕のことをまるで覚えていなかった。仕方ないか。何年も前のたった数時間の出来事だ。

僕は改めて彼女と仲良くなろうとした。とりあえず、孤児になってしまった彼女にとにかく優しく接した。貴族に対するコンプレックスを抱えているようだったから、気にしないよと伝えた。どうせ、彼女も元々貴族だ。


彼女は昔の記憶をほとんど忘れているようだったけど、そんなことはどうでも良かった。これから徐々に彼女の中で僕の存在が大きくなるまで、じっと待つのみだ。


そんな悠長な考えは、すぐに消えた。

彼女が僕に対して、初めての契約だと言ったのだ。記憶が無い時点でわかってはいたが、僕の大切な記憶が壊れた気がした。

それに、いつの間にかグレンと本当の契約を果たしていたことを知る。事故だったらしい。でも、僕が彼女と契約を結ぶはずだったのに。[使役者]からしか契約解除ができないから、先手必勝だった。

・・・計画が狂っていく。


そして、彼女の水晶に記憶させた僕の魔力を辿っていたあの日、彼女は男子寮にいた。目の前が暗くなる。


激しい感情に駆られて思わず彼女に声をかけると、ラルは僕を警戒していた。僕は優しいリージェンでいないと。笑顔を張り付けるがなかなか警戒が解けない。彼女は逃げるようにして僕のもとから去った。


「ちっ」


これではいけない。ひとまず、彼女と話をしなければ。

朝も放課後も彼女は僕を避けた。図書室で寝たふりをしている彼女から、水晶を奪う。

学園の水晶ともなれば、僕を探しに来ざるを得ないから。


今日の夜か、明日の朝か、明日は休日だからいくらでも気づくタイミングはある。いつだろうか。彼女から声をかけてくるのを心待ちにして待っていよう。

どろりとした感情をしまい込むようにして、彼女の水晶を握ったまま眠りについた。

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