第10話 約束と不信
夕食を食べ終え、私は寮で休んでいた。食堂では久々にクレアとも会えた。
それにしてもグレンとはいい関係を築けていけそうで安心だ、なんて一人考える。
しかし未だに契約が続いているような気がするのは、気のせいだろうか。
リージェンやサイファー王子とは互いに目的が達成した途端に、ぷつっと糸が切れた感覚だったのに。
「あれ」
机に置いた水晶が光っている。もしや、緊急の呼び出しかと焦って手に取る。
「ギン?」
あれだ。眼の人だ。
「・・・ラルだよな?」
「はい」
「はいって、お前もう忘れたのか」
「・・・?」
完全に忘れてた。部屋に呼ばれてたんだった!
午前中のことを思い出す。-「お前、後で部屋こい」。そんなことを一方的に言われてたっけ。
「ごめん!今から向かいます!」
爆速で個室を飛び出し、ギンの指定する部屋に向かう。ギルマ学園は、男子寮と女子寮で別れているが、特に互いの寮に立ち入り禁止はされていない。生徒を信用した自由な校風もまた、周囲から羨ましがられる要素である。
トントンっと、扉を叩く。出入り自由とはいえ、男子寮を女子がうろつくのはさすがに目立つ。・・・なかなか開かない。
ドン。強く叩く。
「おーい?」
呼び出したのはそちらなのに。絶対に戸を開けさせてやる。私は、ドンドンと扉を叩き続ける。さすがに寝てるなんてことないよね。
片手で一定のリズムで戸を叩き続けていると、不意に腕を掴まれた。
「お前、隣室の迷惑考えろよ・・・」
後ろを振り返ると、ギンが呆れた顔をしていた。手には・・・。
「え!それ何?」
お菓子だ!しかも、なかなか大量に。それに、ジュースもある。
「お前を呼び出しておいて、もてなしの一つもないのは流石にな。何が好きか分からないから、適当に買ってきた」
なんて好待遇。
ちらりとギンの様子を伺う。ガサガサと袋を振る彼は、ちょっと恥ずかしそうにしていた。
「それで、呼び出した理由って何?」
手元のチョコを貪りながら尋ねる。・・・多分、私とギンの持つ力のことだろう。
「お前も薄々気付いてるだろうが、[最高使徒]についてだ。お前、知ってたか?」
「ううん。でも、孤児院の先生が、私を特に気にかけていたかな。何となくだけど」
「・・・だよな。じゃあ、お前いつから孤児院にいた?」
「えーと」
いつだろう。物心ついた時だから、
「多分、5年くらい前かな」
記憶が確かなのは、そのくらいの年齢だ。ラルは足が速いね、なんて院長先生が頭を撫でてくれた記憶が一番古い。
「じゃあ、ちょっと顔貸せ」
いうや否や、ギンは私の両頬をばちっと両手で掴んできた。
「あにふんの(何すんの)」
「いいから」
ギンは私の顔をじっと見つめる。綺麗な緑色と、黄色の目がこちらを覗き込んでいる。特に、右眼は瞳に紋様がある。あ、私の足にあるものと柄が同じだ。
・・・そんなに真剣に見られるとちょっと居心地が悪くなってくる。
「もういい?」
「あぁ」
「で、今の何?」
「俺の右眼でお前の過去を見ようとした。まぁ無駄だったけどな」
そのあと、お菓子とジュースを食べながらギンとたくさん喋った。やっぱり、初めて会った気がしない。ふとした時に見える右眼には、相変わらずドキリとする。
「じゃあ、ギンとは神友だね」
「親友?いいけど、早いな」
「あ、いや、神の友で〈しんゆう〉」
「ふはっ。なんだそれ」
互いに目を細めて笑いあう。時計の針はもう22時を指していた。
「そろそろ帰るね」
「あぁ、送るよ」
「すぐそこだし大丈夫!お菓子ありがとね。今度お礼させて」
また明日、と言ってギンの部屋を出る。孤児院の話が気兼ねなくできるなんて久々だったから、つい熱中して話してしまった。
夜も遅いので、足音を立てないように廊下をそっと歩く。
「ラル」
「っ・・・リージェン?」
びっっっくりした!バクバク鳴る心臓を抑えながら目の前の人影を注意深く見る。
「ど、どうしたのこんな遅くに」
「こっちのセリフだよ。どうして君が男子寮にいるの?」
「ちょっと人と話してて・・・「グレン?」」
「違う」
「誰?」
会話のテンポが速いし、圧が強い。笑顔だけど、それが逆に・・・。
「ギンだよ。お互い同じ立場だし、いろいろ積もる話があって」
そろそろこの場を立ち去りたいから、話を切り上げる。今のリージェンは、怖い。
じゃあ、と踵を返す。足音なんて構わずに徐々にスピードを上げる。
・・・後ろは怖くて振り返れなかった。
足早に部屋に戻ると、水晶が光った。先ほどの緊張感もあり、びくっと体を震わせる。
恐る恐る水晶を触る。
「おい、無事に部屋着いたみたいだな」
「あ、あぁ。ギンか」
「大丈夫か?」
「え、うん。元気だよ。それより、なんで私が部屋着いたタイミング分かったの?」
「さっき部屋に来たリージェンが教えてくれた。お前が女子寮入ったの見たってさ」
「え・・・」
その日はすぐさまベッドに向かって寝た。最後に見たリージェンの姿が脳裏に焼き付いている。
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