第8話 逆鱗

「てめえは俺の後ろを歩け」

「はいはい」


あいつはズカズカと進んでいく。薄暗い遺跡は、足元が見えにくい。どっかの段差でカッコ悪く転んでくれないかな。


「ねぇ、反抗期」

「・・・」

「返事してもいいじゃない。まだ、前言ったこと怒ってる?」

「うるさい」

「あれは、私も悪いと思う。何も知らなかったけど。でも、それってお互い様じゃん」


なおも無視してくるから、私は勝手に話す。


「先に言ってきたのはそっちだからね。私だってなりたくて孤児になったわけじゃない」

「黙れよ」


・・・今のは、ちょっと従いそうになった。危ない危ない。契約の力が厄介だ。

しかし、リージェン程の拘束力は無い。絆の差ってやつか。


「ねぇってば、そんなになんで無視するのよ。リージェンを・・・」


少しは見習え、って言おうとした。が、


「うるせぇ!!」


グレンは、怒号とともに私を突き飛ばす。まただ。また私はグレンの逆鱗に触れた。


「うっ!」


だんっと、壁に体を打ち付ける。

くっそ。痛い。本当にムカついたから、彼に反撃しようと体勢を整える。

ガラガラと、どこかで壁が崩れる音がする。今の衝撃で遺跡全体が動いたのかも。

しかし、怒りに感情を支配されていた私は、その音を無視した。


脚に力を込め、グレンに向かって跳躍する。同じ目に合わせてやろうと、手を伸ばした・・・しかし、


「っ!!」


目の前の光景に、私は思わず、思いっきり彼を自分の方向に引いた。

…火傷が痛む。




―両親が、死んだ。俺がリージェンと庭で遊んでいた時のことだ。

二人でだだっ広い草原で追いかけっこをしていたっけ。


「っグレン様!!」


慌てた様子で執事が俺たちのところに駆け寄ってくる。

どうせあれだろ、今日の宿題がまだなのにリージェンと遊んでいたのがバレたんだ。


…いつもなら、そうだった。


「い、今すぐ!お屋敷に帰ってください!」


ご主人が、奥様が、と動揺する執事の声がだんだんと遠のいていく。

突きつけられる突然の訃報に、何も考えられなかった。


ただ、隣で泣きそうな顔をするリージェンに、なんでお前がそんな顔をするんだよ、と場違いなことを思った。


その後は目まぐるしく事が進んだ。俺は、自分の両親の後を継げないらしい。

当時幼すぎた俺に代わって、遠縁の男が財産を継いだ。

だから俺はリージェンの親、クレベル夫妻に拾われた。


どうして、俺が自分の両親の残したものを継げないんだ?しかし、誰も答えてくれない。

クレベル夫妻も笑顔を引きつらせて誤魔化してくる。ただ、その話題に触れてはいけないらしいことだけは分かった。…真実は何も分からない。


リージェンはいい奴だ。あいつは優秀だし、環境の変わった俺にも変わらず接してくれる。


・・・でも、それが嫌だった。


情けで拾われた俺が、リージェンより出来が悪かったら目も当てられない。せめて、役立っていると思われたい。そう思って頑張っても、あいつはいつも俺より先を進んでいた。



「グレン様って粗暴で、不愛想よね。リージェン様は、いつでも笑顔で挨拶なさるのに」

「しっ!…ここでする話じゃないわ」


こそこそと屋敷の前でメイド達が話す声が聞こえた。


引き取られて分かったことだが、ここで働く奴らは俺のことが好きじゃないらしい。俺は、何もしていないのに。どうして。



「グレン、ギルマ学園に僕と入学しよう。僕とグレンの血族なら、【契約課】に入る資格があるみたいだ」


それに寮があるぞ、とリージェンが嬉しそうにパンフレットを広げている。


「へー」

「あれ、感想それだけ?」

「…俺に気ぃ遣ってんの?」

「うん。だって、グレン、僕の家嫌いでしょ?」

「まぁ…。お前がそれを言うか?」

「…僕もだよ」


ぼそっとリージェンがつぶやいた。


「…は?なんでお前が…」

「それより!そうと決まったら、早速ギルマ学園に入学する手続きをしよう!」


変なところで行動力がある男だ。俺もリージェンがいれば、まぁ楽しい学園生活を送れると思った。

あいつは両親に相談もせずに事を進めたみたいで、しこたま怒られていたけれど。


―なんで今頃思い出すのか。


俺の手を引っ張ったおせっかい女は、穴に落ちてゆく。

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