第4話 クレア
扉を開けると、講堂のような教室が広がっていた。教卓を取り囲むように机が配置されている。どれも温かみのある濃い色の木で作られていて、それらがどこか落ち着く空間を演出している。
キョロキョロとあたりを見回しながら教室内を歩く。どこに座ろうか立ち尽くして悩んでいると、不意に後ろから、すみません、そこどいて、と注意された。すみません、と言いながら手頃な席に座る。席に着きながら、さきほど私のそばを通った青年を思い出す。
右目は緑、左目は黄色の透き通った奇麗なオッドアイをもつ、静かな人だった。どこかしら神秘的な空気を持っていたから、高貴な人かも。
けれど、初めて会った気がしないのはなぜだろう。彼の顔が頭から離れない。…!これが俗にいう一目惚れってやつだろうか。
「あの、隣、いいですか…?」
ふわっと、花のような良い香りがした。
「えっと、もちろん!どうぞどうぞ」
隣の椅子を引きながら焦って返事する。
「わたし…、クレア・フィオリーゼと申します」
「ラルです。よろしくね、クレアさん」
「よろしく、お願いしますね」
文句のつけどころのない所作で椅子に座る。白いフレアスカートが、ふわり、と彼女に合わせて動いた。思わず見とれてしまう。手入れの施された、腰まである黒色の髪の毛をさっと、耳にかけながらこちらを見る。
「わたし、今日初めて自分から話しかけたの。すごく緊張したけれど、貴方が優しそうな人で良かったわ」
「そういって貰えて嬉しい、です」
なんだか、こそばゆい。こんなに優雅で可憐な人と関わってきたことがないから、どう話してよいか分からない。敬語でいいのか?同級生なのに?でも、身分がおそらく違うし、あまり馴れ馴れしくしても不快にさせてしまうかも。
「フィオリーゼって苗字は耳にしたことある?」
「いえ、あの私、何も知らなくて…」
「気にしないで!そういう意味で言ったんじゃないの」
わたしはあまり有名ではない男爵家の人間なのよ、とクレアは目の前で両手を必死に降って発言を撤回する。
「あの、つまり、わたしと貴方の間に壁が無いっていうことを伝えたくて…」
私の挙動不審な態度を気にして配慮してくれた。どうやら、彼女はいい人だ。
私とクレアはすぐに意気投合し、話が弾んだ。彼女は[使役者]としての資格を持つ人間で、家族の期待が過度に大きくて困っているらしい。
特にAクラスだということが判明した途端、彼女は辺境の男爵家の期待を一身に背負ってしまった。あわよくば、位の高い殿方との婚約まで期待されているらしい。
私には想像もつかない世界に、へぇーと当たり障りない相槌を打つ。
ラフになってきた私の対応が気に入ったらしく、クレアは徐々に華のように笑うようになった。一緒にペアを組みたいね、なんて言いあっていると、いつのまにかホームルームの時間になった。
教室に入ってきた私たちの担任は、生徒一人一人にあるものを配布した。手のひらサイズの水晶だ。水晶を通して遠くの先生がぼんやり見えるくらい透き通っている。
「その水晶は、いわば通信手段のようなものです。君たちの魔力と連動します。肌身離さず持つように」…とのことだった。
そして、ある程度この学園の設備や規則などを説明し終え、ついに【契約課】についての説明が始まった。
「ギルマ学園の戦力の要となっているのが、我が課です。ご存じの通り、クラスはAからDまであります。皆さんは、Aクラス。クラス人数は20人です。この課の性質から、[使役者]」が10名。[使徒]が10名。ほかのクラスは一様に40名です。この意味が分かりますか?」
眼を鋭く光らせ、彼は続ける。
「君たちは、義務があります。この学園の名誉を背負っている。この課は、基礎座学と並行して、魔物討伐から古代遺跡探求まで多岐にわたって危険な任務をこなします。それがこの学園の評価、ひいては君たちの将来を決めるのです」
教室内に緊張感が漂い、私は思わずごくりと唾を飲み込む。そんな緊張感とは裏腹に、先生は優しい声音で続けた。
「要するに、僕らは君たちに期待をしています。これからの4年間の学園生活、存分に楽しんでください」
「そして、解散する前に君たちにはやるべきことがあります。…それは、契約者の選定。明日からランダムにペアを組んで、互いの相性を確かめてもらいます。今後の授業は、ペアを前提としたものになるためこの作業はとても重要です」
「それって、一度契約したら解除できないってことですか?」
一人の青年が手を挙げた。金髪に整った顔の…サイファー王子だ。取り巻きがいなかったから気付けなかった。私はこのクラスで極力目立たないようにしようと誓った。
「いえ、そんなことはありません。いつでも契約の解除と新たな契約が可能ですよ。それに、[使役者]には[使徒]にはない、特別な学校の定めた権利もあります」
その話はまた追々、と言い先生は[使徒]にとってかなりの爆弾発言をかました。
「しかし、契約の解除は[使役者]のみができます」
教室がにわかにざわつく。おそらく10名の[使徒]の困惑する声だ。
私はクレアの手前、そんなそぶりを出さないように気を付けたけれど。
「例外を除いて、一方的な契約解除は滅多にないですけどね」
と、慰める先生の声は驚いている私たちの耳に届かなかった。
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