死神

紫栞

エピソード1

俺は会社勤めをしている普通のサラリーマンだ。

22歳、夢と希望を持って就職して早7年。

あのころの夢と希望はなくなって、代わりに焦りと絶望だけが積もっていた。

出社しては上司に怒られ、やる気もなくなってきた。

大学時代の同期は結婚したり、出世してる人もいる。

なんで俺だけこうなんだろう。

同期と飲むことも少なくなった。

そんな時俺はあるサイトの噂を聞く。

その名も死神。

自殺志願者が午前2時4分に、死神と検索すると表示されるというもの。

そして本当に自殺したい人のみ検索が可能であると言う。

死ぬ勇気が出ない人に向けて死神が最後の手助けをしてくれるらしい。

そんなこと嘘に決まってる、と聞いた時は思っていた。

しかし今はそれにも縋りたいくらい辛かった。

俺はその日の午前2時4分に死神を検索した。

しかし検索結果は死神の意味や都市伝説ばかりで表示されなかった。

やっぱり嘘だったんだなと落胆した。

次の日からもいつもと変わりない日々が続く。

そんなある日、たまたま見かけたニュース番組で死神の話が出ていた。

そのニュースは、いじめにあっていた男子高校生が自殺したというもので、その際に死神を使用していたというもの。

死神を実際に使ったのかは分からない。

もうその高校生は死んでしまっているから。

でも警察の鑑識の話によると検索していたことは確実らしかった。

検索したのは自殺する1か月前。

そのニュースは、本当に死神がいるのかどうかという議論を見知らぬ芸能人たちがしていた。

そんなことには興味が無い。

しかし、死神に会えた人がいるかもしれないという部分は大いに興味が湧いた。

それから俺はとりつかれたように死神について調べた。

死神は本当に今すぐ死にたい人しか会えない。

信じていないと会えない。

死神に繋がった人は必ず死ぬ。

期限は1ヶ月以内。

死に方は自由に選択できる。

会うには午前2時4分に1人きりで検索する必要がある。

などなど俺は死神に関するありとあらゆる情報を調べた。

しかし実際に会った、見た、という情報はいくら探しても現れなかった。

見たら言ってはいけないのだろうか?

ますます興味が湧いてきた。

ぜひ、死神に会いたい。

それからというもの死神を活力に生きていた。

仕事では変わらず怒鳴られ、虐げられている。時には暴力も振るわれた。

しかし死神のことを考えると耐えられた。

そして初めて検索してから3ヶ月がたった。

俺は再び死神を検索しようと思った。

つい先日会社の飲み会があった。強制参加で参加させられたが、高額払わされた上に罵られ、馬鹿にされ、奴隷のように下働きさせられた。耐えられなかった。

こんな会社辞めてやる、とは何度も考えた。

しかし会社はそれを許さなかった。

この仕事を片付けてからとズルズル先延ばしにされた。

俺より後に辞職願いを出して辞めた人は何人もいた。

もう我慢ならないのだ。限界だった。

午前2時4分、俺は再び死神を検索した。

前とは異なり画面が真っ暗になる。

こんな時に充電でも切れたのかと落胆と怒りが込み上げてくる。

諦め半分再びスマホの画面を見るとようこその文字。

タップすると死神のサイトに繋がっていた。

驚きで俺は何も考えられなくなった。

しばらくして徐々に落ち着いてきた。

画面を見ると名前、住所、自殺理由、自殺時期、自殺方法などの記入欄がある。

一通り埋めていく。

俺は身辺整理のため本日から1ヶ月後を自殺時期に選択した。

1ヶ月後はクリスマスイブか。悪くない。

死に方は、薬か、飛び降りか、首吊りか…

クリスマスイブに仕事を理由に飛び降り、ニュースになるだろうか。

そして送信した。

まもなく返信が返ってくる。

了解した。また数日後会おう。

死神がまさか家に直接訪れるのだろうか。

それから俺は身辺整理を始めた。

なんせ、俺は1ヶ月後に死ぬのだ。

家族からは虐待を受けていて逃げるように一人暮らしを始めたから思い残したたことはない。

会社に未練なんて微塵もない。

最後に犯罪でも犯しておこうかとも思ったが勇気が出なかった。

そして連絡してから2週間後、本当に目の前に死神は現れた。

いわゆる想像していた鎌を持って背が高くて黒い服装の死神ではなかった。

背は確かに高く、全体的に黒っぽい服装ではあったが、鎌は持っていないし、人間と同じような顔をしていた。

さらにいうと、家に帰ると死神は待っていたのだ。

「いつもこんなに遅いのか。」

死神は言った。

そうか、もう日付を超えていた。

「まあ終電で帰れるギリギリになることが多いので」

いつもの事で忘れていた。

「お前の自殺を了承した。詳細を詰める」

意外に事務的だった。

「あの、ひとつ聞いていいですか?」

「なんだ?」

「情報を収集する中で死神を見た人はいなかったんですけど、俺にしか見えてないんですか?」

「そんなわけない。俺は普段は仕事をしている。まあもちろん普通の仕事って訳にはいかないが。普段は刑務所や病院の巡回をしている。刑務所の囚人にはたまに見えるらしい。話しかけてくる奴もいる。ま、俺が見える奴は大抵長くない。会話に応じることもあるがな、社会勉強として。」

「なるほど」

俺はもう何も聞きたいことは無かった。

そして、会社での苦労を理由に会社のビルの屋上からクリスマスイブに飛び降りることが決まった。

ビルは10階建て。

死にきれないことは無いし、もし中途半端に生き残っても死神が最後完全に殺してくれると言う。

「次会うのは当日だ。その日であれば何時でもいい。いつでも来い。」

そう言うと死神は消えていった。

家の中は片付き、申し訳程度に書いた遺言を机に置いた。

そして、俺は最後の出社をする。

いつものように罵声を浴びせられ、暴力を振るわれ、仕事を終える。

そしてビルの屋上に向かう。

「お疲れ様。やり残したことはないか?」

「ない。」

「よし、じゃあ準備をしよう」

俺は着たい服を着て、靴を替え、ビルの柵を超える。

そして死神をもう一度見る。

死神は微笑むと

「さようなら、いってらっしゃい」

と、そっと俺の体を押した。

クリスマスの新聞には片隅に彼の飛び降りのニュースが載った。

そして、彼の会社には批判が殺到し、やがて倒産した。

死神はそのニュースを見て微笑んだ。

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死神 紫栞 @shiori_book

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