日常の温かさ
文月 いろは
今年最後の幸せ
「寒いですねぇ」
君は鼻とほっぺたを赤くしながらそう言った。
「そうですねぇ」
僕は外の寒さを感じながら応えた。
季節は冬。
つまりは『大晦日』。
来年まであと六時間ちょっと。
僕たちは静かな街に買い出しに来ていた。
「重くないですか?」
「大丈夫です。心配してくれてありがと!」
君は元気に応えた。
大晦日に二人でちっちゃな
そんな僕たちは『付き合ってない』。
と言うか片想いだろうな。
僕は君のことが好きだ。
でも告白する勇気なんてなくて。
一緒にいるだけで充分幸せで。
君を心配することでいっぱいいっぱい。
でも、君の笑顔を見るだけで何を悩んでいるんだ?
さっさと告白してしまえと思うけど。
やっぱり自信はなくて。
そんなことを七年続けてもう二十歳。
七年も一歩踏み出せなかった。
でも、きっと君の好きな人は僕ではない。
僕と一緒だときっと幸せにはなれない。
もう今日で『諦めよう』かな。
「どうかしたんですか?考え込んじゃって」
君は首を傾げて聞いてきた。
そんな仕草も、ちゃんと僕のことを見てることも。
全部好きなんだな。
「なんでもないですよ?早く帰って準備しなくちゃ」
そんなこんなで家の前に着いたが、一台のトラックが止まっていた。
「あ、
僕の名前だ。
どうやら配達業者さんのよう。
「はい。おつかれさまです」
そう返すと、配達員さんは大きな段ボールを渡してくれた。
「じゃ、失礼します」
ブーンとトラックが去っていった。
差出人は実家?
ダンボールには
「実家からですか?」
「うん」と、返事をして中身を確認した。
ツヤツヤと光るみかんとレモンが段ボールいっぱいに入っていた。
「わぁ!」
と、君は嫌な顔をしながら声を上げた。
「もしかしてみかん苦手?」
僕が聞くと、目を逸らしながら頷いた。
家の鍵を開け、荷物たちを部屋に運んだ。
「じゃあ、鍋の準備しますね」
君はエプロンをかけてキッチンに立った。
僕はこたつの電源を入れてテレビをつけた。
こたつの上をきれいにして、小さなカゴに
テレビは有名な歌手たちが集まって歌を
「はいできましたよ!」
君は鍋敷きを置いて、ほかほかと湯気の上がる鍋を置いた。
白菜と糸こんにゃく、豆腐に牛肉。
とっても豪華な鍋だ。
「いただきます!」
「いただきます!」
僕たちは声を揃えて、鍋を食べる。
熱々の具材たちはしっかりと味が染み込んでいてとても美味しい。
外で冷えた体を鍋が温めてくれる。
僕たちはペロリと鍋を食べ尽くし、流しに置いた。
「みかん食べない?」
僕は拒否されると知っていながら聞いてみた。
「い、いらない!」
そんなに拒絶するほどかな?
「どこが苦手なの?」
「だって、酸っぱいじゃない!」
それは物によるだろう。
すこし怒らせてしまったかな?
君はほっぺたをプクーッと膨らませてそっぽを向いていた。
僕はみかんが大好きだ。
おじさんがみかん農家をやっていて、毎年実家に送られてきたからみかんと一緒に育ったと言っても過言ではないほどに。
みかんは好きだ。
僕と君はまるで逆だなぁ。
話さない時間が五分ほど過ぎた。
とっても気まずい。
そんな時君が口を開いた。
「ねぇ。もう二十歳だね」
そう言いながら缶チューハイを持ってきた。
僕たちは缶を開けて乾杯をした。
「私よりみかんが好きなんですね」
チラチラと僕の食べているみかんを見ながら言った。
君よりみかんが好き?
そんなはずはない。
実際ドキドキし過ぎてずっとみかんを食べているわけだし。
しばらく何も言わない静かな時が続いた。
しばらくして唐突に君は言った。
「ねぇ。まだなの?」
何が『まだ』だと言うんだろう?
何か待たせるようなことをしてしまっていただろうか。
「なんのこと?」
僕が首を傾げると
「いつになったら告白してくれるの?私、ずっと待ってるんですけど」
な、な、なんだって?!
バレてた?
いつから?
少し困惑したが、君も勇気を出してその言葉を出してくれたんだろう。
そう思えば僕の言葉はスッと出てきた。
「待たせてごめんね。君が好きです!」
「うん」
君は耳まで真っ赤にしながら頷いた。
「だから、だから!僕と付き合ってください!」
僕もきっと君みたいに真っ赤なんだろうな。
沢山の感情が込み上げてくる。
応えは?
なんて言われるんだろう。
引かれた?
君の言葉が気になって息が詰まる。
「はい!これからもよろしくね」
鍋の名残りか、それとも嬉しさか、心がポカポカと熱くなるのを感じる。
「ね、ねぇ。それ一房ちょうだいよ」
君が指を指した先には僕の食べかけのみかんがあった。
「え?に、苦手なんじゃ?」
いいから。と言わんばかりに一つ口に入れて噛み締めていた。
「甘い」
その緩んだ口から出た言葉はさらに僕を
僕たちはまだ顔を真っ赤にしながらみかんを食べていた。
付き合えた喜びと、口に広がるみかんの甘味。
僕たちはこたつの中で手を繋いで年越しを待っていた。
今年最後の出来事で、人生最高の幸せだ。
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