50.Parabéns pelo casamento!

第二王女ベアトリス誕生から1ヶ月が経過した晩秋のある日、ポルトは再びお祝いムードに包まれていた。この日の昼下がりに聖ヒュギエイアの教会で、ルイシュ・シウバ・ダ・コスタ王宮伯の結婚式が行われるためだった。


海食の丘の中腹にある小さな教会にコンスタンサ・フェレイラ・ディアスが眠っていることと、結婚式に国王が出席することが式前日の“ソル・ド・ポルト”で報じられると、市民たちは「トライアングロの3人が再び集うなんて素敵」「添い遂げられなかったふたりがコスタ王宮伯の門出をお祝いするなんて感動的」と実在の人物にお芝居の登場人物を重ねて身もだえした。


「ルイシュの花嫁が王様とコンスタンサさんの娘だって知ったら、あの人たち、鼻血出して大喜びするだろうねえ」


教会の周りに集まった何十人もの“トライアングロ”ファンを見やり、エンリケは呆れ顔で言った。アマリアとエンリケは教会の裏に広がる墓地を歩いていた。アマリアはフランシスカから譲り受けた婚礼用の水色の絹のドレスをまとい、エンリケは灰色の礼服を着ている。


小さな教会には控室などないため、アマリアは教会正面に止めた馬車の中で待機していたのだが、エンリケに「緊張ほぐしに、ちょっと散歩しようよ」と誘われ、セルジオの目を盗んで墓地へやってきたのだ。多忙な花婿はまだ到着していない、挙式の20分前にも拘わらず。


「たぶん、バレるのは時間の問題です」


カモメの舞う澄んだ青空には雲ひとつない。水平線まで続く大海原は凪ぎ、大小の帆船がゆっくりと航行している。明るい日差しを受け、爽やかな潮風に吹かれ、母の墓に向かって歩みを進めながらアマリアは苦笑した。アマリアの希望や王室関係者の話し合いの結果、アマリアが国王の娘であることは公表されないこととなった。


だが、アマリアとルイシュは毎晩のように王宮を訪ね、香薬の種を生成する国王を手伝っている。宰相や大司教、各省大臣にはふたりのことは知られているし、王宮護衛隊の兵士や女官にも、おおよそのことを勘づかれている気がする。


アマリアとルイシュの協力によって香薬の種の流通量は3倍以上に増え、新しい会長の指導の下で香薬師協会が改革され、治療費はこれまでの4分の1程度にまで下がった。伝書鳩を利用したジュネーヴへの種の空輸についても、まずまず上手くいっていて、数日前には白銀の夜明け団から王宮へ追加の伝書鳩が届けられた。


遠く離れたジュネーヴでは、この1ヶ月の間に様々なことがあった。まず、女教皇が死去した。アヘンの急性中毒だった。彼女はアヘンチンキという、ワインにアヘンを混ぜた鎮痛剤を愛飲していたのだが、最後に飲んだアヘンチンキはアヘンの濃度が異常に高かったという。それが女教皇自身の過失によるものだったのか、故意によるものだったのか、あるいは何者かに飲まされたのか、真相は明らかになっていない。


教皇の椅子が空席になると行われるのが教皇選挙だ。欧州中から枢機卿が集まり、互いに票を投じて教皇を決めるのだが、新しい教皇にはレネの父親が選ばれた。レネには一票も入らなかったらしいと伝え聞いた時、クラーラは「絶対にあり得ないよね。枢機卿のじいさんたちって脳みそが腐ってるんだよ」と憤慨していた。クラーラは王宮医師の治療を受けながらポルトゥカーレ語を習得してしまい、今では日常会話ができる。おかげでアマリアのラテン語の習熟度はいまだに低い。


ヌーシャルテルからも連絡があった。結婚祝いのワインが届いたのだ。手紙は添えられていなかったのでフランシスカの近況は不明だが、女子修道院の厳格な規律に悪戦苦闘しながら、つつがなく過ごしてくれていればいいとアマリアは思う。


アマリアからはエウゼビオへ「あの後、フランシスカと何かあったのではないか」と尋ねる手紙を出した。ラテン語で代筆してくれたクラーラとともに回答を心待ちにしているが、返信はまだ届かない。オリオンからの手紙によると、エウゼビオはジュネーヴの女の子に大層モテており、充実した日々を過ごしているとのことだった。


ポルトではルイシュが率いる新しい行政組織の事業が無事に立ち上がった。遺跡が見つかったせいで修正を余儀なくされた新市街地建設計画も思慮深いまともな新大臣の指揮により再始動している。アルメイダの裁判はまだ終わっていない。


王妃は「産後の療養のために」ポルト郊外の離宮へ引っ越した。香薬の種の密輸によって女教皇から大金を巻き上げていた王妃の部屋からは目の玉が飛び出しそうなほどの金貨が見つかり、ポルトゥカーレ中の孤児院へ寄付された。


ルイシュの新居への引っ越しも済んだ。昨日、アマリアも自分の持ち物を屋敷の2階の狭い部屋へ運び込んだ。ルイシュは主寝室の隣の広い部屋をアマリアに使わせようとしていたが、広すぎて落ち着かないと言って辞退してしまった。屋敷はアマリアの店から歩いて15分ほどの場所にあり、陽当たりのいい広い庭がある。前住人は庭づくりに興味がなかったようで今は雑草に覆われているが、いずれ薬草畑にしたいなとアマリアは目論んでいる。


「あ、僕、戻る。じゃ、ドレスの裾、踏んづけて転ぶんじゃないよ」


エンリケがそう言ったのは、母の墓前に立つ人影にアマリアが気がついた時だった。礼服を着た国王だ。従者は少し離れた木陰で主を見守っている。エンリケは国王へお辞儀をすると踵を返し、アマリアはひとりで父の元へ向かった。


「やあ、アマリア、今日はおめでとう。とても綺麗だ」


国王はアマリアの花嫁姿に目を細め、弾むような声で言った。アマリアは「恐れ入ります」と堅苦しくお辞儀をした。彼とはほぼ毎夜、顔を合わせているが、まだまだ慣れることができない。ふたりきりで会うのも第二王女誕生の朝以来だった。


「つくづく、ルイシュにはもったいないな。君のその姿を見たら、コンスタンサも同じことを言うと思うよ」


アマリアと白い墓石へ交互に目をやり、国王はやや淋しげに微笑んだ。父と母と自分が同じ場所にいる。2ヵ月前のアマリアには想像もできなかった状況だ。アマリアは愛想笑いしたが、顔が強張ってあまりうまくいかなかった。


「緊張してるのかい?」


敏感に悟り、国王はアマリアの顔をのぞき込んだ。アマリアは「はい」と小さな声で肯定した。


「大丈夫だ。何かあればルイシュがフォローしてくれるさ」


結婚式にも緊張しているが、目の前のあなたにも緊張しているのだ。アマリアは父の顔を見上げ、母の墓石を見下ろした。オキザリス・トライアングラリスの花々に囲まれた墓石の傍らに小ぶりの向日葵ひまわりの花束が置かれていた。


「そうだ、今朝、王妃から手紙が届いて、中にこれが入っていた。君のものじゃなかったかな?」


そう言いながら国王は礼服のポケットから何かを取り出した。青銅でできた親指の爪ほどの大きさの像だ。


「はい、コンポステーラで女教皇様からいただいたものです。王妃様とベアトリス様に差し上げたつもりでいました」


アマリアは白い手袋に包まれた手で聖ヒュギエイアの像を受け取り、女教皇がこれをアマリアに投げて寄越した時のことを思い出した。彼女は病の苦しみを訴えてはいたが、数週間後に亡くなる人には見えなかった。


本人の過失による事故死なのか、故意にアヘンを大量摂取し自殺したのか、何者かに殺害されたのか。女教皇の最期は様々な憶測を呼んでいるが、アマリアには自殺だとは思えなかった。女教皇はどんな苦難があろうと「おもりのついた足かせを引きずり、杖を頼りに自らの足で巡礼路を進むしかない」ときっぱりと断言していた。その彼女が自ら巡礼路を離脱するとは考えられないのだ。ただ、もし自殺だとしたら、彼女がアマリアやサルースの杯をあっさり諦めたことについて納得がいく。


「思いがけず形見になってしまったな」


国王が義理の母親の死を悼むように太い眉を下げた時、鐘楼の鐘が鳴った。教会へ目を向けると、裏口から孤児院長のセルジオが出てくるのが見えた。筋肉質な大きな身体に礼服をまとった老人は大股でこちらへやってくる。


「そろそろ戻ろうか。ルイシュもさすがにもう到着する頃だろう」


鐘の音が鳴りやむと、国王はそう言ってアマリアに手を差し出した。アマリアは「はい」と上ずった声で返事をして、父へ手を預けた。土の下の母に「いってきますね」と心の中でつぶやく。


アマリアが国王と並んで歩き始めると、遠くでセルジオが足を止めた。糸杉の木陰に立つ老人は、父と娘の姿を眩しそうに見つめ、唇の端を上げて笑った。


「こんな時、普通の父親ならば何と言うのだろうね」


墓地を覆う雑草を踏みしめて歩きながら、父はひっそりと言った。


「結婚とは、夫婦とは、家庭とはと口うるさく教訓を垂れたり、どうか幸せになってくれと泣いたりするのだろうか」


国王の自問自答にアマリアはどう応じればいいか分からなかった。


「私は君に教訓を授けられるほど真っ当な家庭を築けなかった。君の幸せを願って泣く資格もない。花嫁の父親らしいことを何も言ってやれなくて、すまない」


視線を足元に落とし、国王は申し訳なさそうに言った。


「今日ここに来てくださっただけで、いえ、ただ元気でいてくださるだけで、私は嬉しいです」


目と目を合わせ、言葉を交わし、同じ大地を踏みしめて、並んで歩けるだけでいい。この世に存在してくれるだけでいい。そんな感情を他人へ抱くなんて初めてだった。アマリアが父の横顔を見上げると、彼は嬉しそうに目を細め、茶目っ気たっぷりに言った。


「ありがとう。君のことは心配していないが、君の夫はあのルイシュだ。これから先、いろいろあるだろう。何か困ったことがあれば、私がルイシュを叱る。遠慮なく頼ってくれ」


とても頼もしいけど夫婦の問題に国王の権力を持ち出していいものかな、と思いつつアマリアは「ありがとうございます」と言った。


セルジオにアマリアを引き渡すと、国王は「ドレスの裾を踏んで転ばないように」という忠告を残して教会の裏口のドアをくぐった。


「こら、アマリア、勝手にふらふらするなって言っただろうが」


アマリアは恩師に手を引かれ、建物の脇を通って教会正面へ連行された。セルジオは馬車のキャビンのドアを開け、花嫁をシートに座らせる。


「ルイシュさん、まだいらしてないんですか」


「来てねえ。何やってんだかなあ、あの馬鹿野郎は」


セルジオはアマリアの向かいに腰を下ろし、苛立たしげに窓の外を睨んだ。急勾配の坂道の端に“トライアングロ”のファンが集まり、国王やルイシュをひと目でも見ようと辛抱強く待っている。


「ルイシュさんは遅刻魔ですけど、さすがに今日は大丈夫ですよ。コエントランもついてますし。何と言っても、王様や王女様がいらしてるわけですし。まだ10分ありますから」


アマリアはそう言ってはみたが、少しは不安を感じていた。ここのところ、新しい行政組織の事業でルイシュはこれまで以上に忙しくしていた。仕事中に、あるいは、ここへ来る途中で何かあったのかもしれない。


「もう10分しかないんだ。あ、おい、アマリア、あの赤い屋根、見えるか?」


落ち着きなく外を見ていたセルジオが、突然に坂の上の住宅街の一角を指で示した。集合住宅の向こうに白壁と赤い屋根の一軒家が見える。1階は香薬屋で、2階は住居になっている様子だ。


「あ、はい、ドアの前に薬草の鉢植えがたくさん置いてある家ですよね」


「そうだ。昔、俺の店だった。おまえが生まれる少し前に他の香薬師に譲っちまった。あの2階で、俺と女房とコンスタンサとルイシュで暮らしてたんだぜ」


アマリアは窓から顔を出し、目を凝らした。


「先生の奥さん、私が小さい頃に亡くなったんですよね。私、全然、覚えてないですけど、ルイシュさんに聞きました」


「ああ。あいつもおまえの花嫁姿を見たかっただろうな。ルイシュの花婿姿を見たら笑っちまうだろうけど」


肩を震わせて笑い、セルジオはアマリアを満足げに見つめた。その父親のような祖父のような優しい眼差しをアマリアは新鮮に感じた。これまでセルジオはアマリアを他の孤児と同列に扱ってきたからだ。20歳まで孤児院に留まることを許され、香薬学を教えてはもらったが、アマリアは自分が特別に可愛がられているとも目をかけられているとも思わなかった。おそらく、孤児院で一緒に暮らしていた大人たちも、子供たちも、誰も。


アマリアは居住まいを正し、セルジオの瞳を正面からじっと見つめた。


「先生、ずっと一緒にいてくれて、ありがとうございました」


産まれてから孤児院を出るまでの20年間、アマリアは彼の庇護の下にいた。彼は自分の店や仕事を手放し、孤児院をつくり、誰かに何かを悟られないよう素っ気ない態度でアマリアを守ってきた。


「よせよ」


セルジオは照れくさそうに耳を赤く染め、白髪頭をかいた。


「俺は女房にケツを叩かれて孤児院をつくって、あとは適当に続けてきただけだ。おまえには長年、大嘘をついてきたし、おまえにとって何が最良の選択だったのか、いまだに分かんねえしな」


謙遜する恩師にアマリアが言葉をかけようとした時、陽あたりのいい坂道を上ってくる馬車が見えた。馭者台に座っているのはコエントランだ。セルジオは老人らしからぬ機敏な動きでキャビンを飛び降りた。


「コエントラン、ご苦労さん。こら、ルイシュ、遅えぞ」


馬車が止まると、ルイシュは自らドアを開けてキャビンを降りてくる。婚礼用の灰茶色の衣装を着たルイシュはこれまでに見たどんな彼より素敵で、アマリアはしばしうっとりした。


「まだ5分前じゃないですか」


ルイシュは懐から懐中時計を取り出し、平然と言った。セルジオはルイシュの頭を拳で殴った。


「もう5分前だ。じきに司祭さんが来る。ふたりとも直立不動で行儀よく待ってろ。アマリア、ドレスの裾、踏んづけて転ぶんじゃねえぞ!」


セルジオはあれこれと言いつけ、ルイシュに「司祭さんにこれ渡せ」とポートワインのボトルを押しつけて、コエントランを伴って大股で教会内へ姿を消した。


アマリアとルイシュは教会のドアの前に立ち、司祭が来るのを待った。ルイシュはアマリアの花嫁姿をじっくりと見下ろし、熱っぽい声で「綺麗だ」とだけ言い、立つ位置を調整して花嫁のために自分の身体で日陰をつくった。


挙式の時間が近づくにつれ、アマリアの不安は募り、そわそわと落ち着きなくドアの前を行ったり来たりした。


「落ち着け。そんなに構えなくて大丈夫だ。ほら、のぞいてみろ。知り合いしかいないだろ」


ルイシュに促され、アマリアは両開きのドアの隙間から中をのぞいた。教会はレネの献金によって綺麗に改修されていた。屋根の穴はふさがり、壁や床を飾る青と白の絵付けタイルは美しく修復され、主祭壇の聖ヒュギエイアの像も輝いている。


ルイシュの言った通り、列席者に知らない顔はない。右側の信者席には国王、王女、爽やかな双子、セルジオ、コエントラン、エンリケ、クラーラが並び、左側の信者席にはルイシュの親族がそろっていた。


ダ・コスタ家からはルイシュの兄たちとその妻と継母と弟妹が、シウバ家からはルイシュの祖父と乳母が来てくれていた。末席にはアマリアが生まれた高級娼館の女主人の姿もあった。万が一、ルイシュが娼館を訪れたら追い返すと約束してくれた頼もしい老婦人だ。


何の話をしているのかは分からないが、総勢20名の列席者は寛いだ様子でわいわいと談笑していた。その中心にいるのは国王と王女で「さっき香薬師協会から拝借してきたのよ」「ふたりにはまだ内緒だ」などという会話の一部がアマリアの耳にも届いた。


「王様も王女様も、全然、忍んでないじゃないですか」


アマリアは顔を上げ、小声で言った。国王と王女はお忍びで参列するという話だったはずだ。ルイシュは何か言いたげな顔で肩をすくめた。


「まあ、あの人数だ。来ているのはほとんど身内だけだし、もう新聞に書かれてしまったわけだし、いいんじゃないか」


「それもそうですね。あ、王女様のドレス、素敵」


友人や知人や親類が賑々しく歓談しているのを見てアマリアの緊張が緩んだ時、背後から咳払いが聞こえた。振り返ると司祭が立っていた。儀式用の振り香炉を手に持ち、乳香の香りを漂わせている。清貧という言葉が祭服を着て歩いているような中年女性は、先月に会った時よりいくらか明るい表情をしていた。


「今日はよろしくお願いします」


アマリアは両手を身体の前で重ねて丁寧に言った。司祭は冷めた目で新郎新婦を見やり、口角を少し上げた。


「まさか、むかし私の靴にカニを入れたコスタ君と、コンスタンサの娘の結婚式を、私が導くことになるとはねえ」


「カニのことは忘れろ。まどろっこしいことはしなくていい。できるだけ手短にやってくれ。あんた、そういうの得意だろ」


ルイシュは懐から銀製の指輪をふたつ取り出し、ポートワインのボトルとともに司祭へ手渡した。かつてのご近所のよしみなのだろうか、ふたりとも、くだけた様子だ。


「君が短気なのは知っているがね、国王陛下がいらしてるんだ、そういうわけにはいかないよ」


ハスキーな声で言いながら、司祭はアマリアの手に野花の花束と、ニワトリの尾羽根を1枚持たせる。


「では、時間だ。ルイシュ・シウバ・ダ・コスタさん、アマリア・ディアス・エストレーラさん、私とともに神々の御前で誓約を交わし、祝福を授かりに参りましょう」


司祭に促され、ルイシュはアマリアに右腕を差し出した。


「しっかりつかまれ。ドレスの裾を踏んでも、転ばないように」


「私、転んだりしませんよ」


唇をとがらせつつ、アマリアは彼の腕に自分の左手を添えた。その時、アマリアは亡き女教皇の言葉を思い出した。最後に会った時、女教皇はアマリアにこう言った。「神々の他にも心のよりどころがあるのなら、その杖は決して手放すな」と。


ルイシュはエウゼビオやオリオンやエンリケのように剣を振るって戦ったりはしない。だが、アマリアに勇気が必要な時には必ず、彼の存在がアマリアを助けてくれた。12歳の頃からずっとそうだった。


司祭が両開きのドアを押し開けると、小さな教会にチェンバロのかわいらしい旋律が響いた。列席者はおしゃべりをやめて立ち上がり、新郎新婦を笑顔で迎える。


「ルイシュさん、いつまでも、ずっとずっと元気でいてくださいね」


愛しい気持ちを抑えきれず、アマリアはルイシュを見上げて言った。彼が転びそうな時は、私が彼を支えてみせる。これまで彼が、私にそうしてくれたように。決意を秘めたアマリアの瞳を見つめ、ルイシュは幸福そうに微笑んだ。


「おまえもな」


司祭の先導で堂内へ入り、細く短い身廊をゆっくりと進む。列席者ひとりひとりの顔を見ながら、アマリアとルイシュは祭壇の前へ歩いて行く。王女とルイシュの継母は喜びの涙に溺れ、セルジオとクラーラとコスタ家の面々は陽気に拍手している。エンリケとコエントランと高級娼館の女主人は穏やかな微笑みを顔に浮かべ、破願しているジョアンとファビオは相変わらず見分けがつかなかった。


国王はなぜだか得意げな顔をしていた。その理由が分からず、アマリアとルイシュは首を傾げ合った。謎が解けたのは主祭壇の前に着いた時だった。


信者席の最前列、国王の隣の席に額縁に入った絵が立てかけてあったのだ。見覚えのある肖像画だった。


司祭が聖ヒュギエイアの像に一礼し、厳かに婚礼の儀式が始まる。彼女の背後に立つ新郎新婦は思いがけない贈り物に驚きを隠せず、顔を見合わせ、声を立てずに笑った。ルイシュは「おまえ、知ってたか?」と無言で問い、アマリアは「いいえ」と首を横に振る。ふたりが肩越しに列席者たちを顧みると、誰もが「どうだ、驚いただろう」とでも言いたげに笑っていた。


オリオンと別れる時、彼女は「あなたの大冒険を最初からずっと見ていたのは私だけよ」と言ってくれた。でも、もしかしたら、それはちょっと違うのかもしれない、とアマリアは思った。もうひとり、アマリアの冒険を誰よりも最初から見ていた人がいた。


「アマリア、おめでとう。よく頑張ったわね」


そんな声が、どこかから聞こえてきたらいいのに。司祭の読み上げる祝詞を聞きながら、アマリアは吸い込まれるように額縁の中の母を見つめた。コンスタンサは挑むような微笑みを浮かべて、アマリアを見ていた。



fim

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