48.ヒュギエイアの祈り

王妃に狂戦士の香薬を焚いたのは失敗だった。陣痛の波が引き、すっかり香薬が効いた王妃は元気と勇気と体力が有り余り、自分の足で宮殿へ戻ると言い出したのだ。


産気づいた臨月の妊婦が急勾配の暗い螺旋階段を降りるのは危険だ。王宮護衛隊の兵士たちはベッドから起き上がろうとする王妃を必死で止め、彼女に引っかかれたり叩かれたり噛みつかれたりした。


「こんな汚い部屋にいつまでもいられないわ!」


「お、お待ちください! 今、担架をご用意しておりますので!」


「無礼者! 私に触るな!」


「で、ですが、殿下……」


自信なげで気弱そうだった王妃が勇ましく変貌した様子に兵士たちは戸惑い、首を傾げ、早く担架が来ないものかと何度も窓の外をのぞいた。


アマリアとエンリケは壁際に立って遠巻きにそれを見ていた。危ないから下がるよう兵士たちが気遣ってくれたのだが、アマリアとしては事の顛末に責任を感じ、非常に居たたまれなかった。


「あれ、やばくない? 鎮静剤とか、そういうの焚けないの?」


ひきつった笑顔で問うエンリケに、アマリアは首を横に振った。


「鎮静剤はダメです。王妃様のような方の場合、気持ちが落ち込んで、また死にたくなってしまうかもしれませんから」


「それはそれで面倒だね」


「はい。生きる気力を持てない憂鬱な状態で分娩に臨むのは、王妃様にとっても胎児にとっても避けた方がいいことだと思います」


アマリアが胃のあたりを押さえた時、窓の外を見ていた兵士が「担架が来たぞ!」と叫んだ。その場にいた4人の兵士は涙ぐみながら安堵の吐息を漏らしたが、すぐにまた暗い表情になった。担架が入口でつかえてしまい、どうやっても塔の中に入って来られないのだ。


「弾薬の入った木箱を運び出した時になぜ気がつかなかったんだ」「間抜けな奴らめ」「役立たず」とひと通り同僚の悪口を言った後、兵士たちは「王妃殿下を抱きかかえて螺旋階段を降りるしかない」と腹をくくった。次なる問題は「誰がやるか」だった。


「その前に、念のため診察させてください」


アマリアは申し出て、桶の水で手を洗った。消火用に運び込まれた水の残りだ。ハンカチで手をふき、王妃に近づく。また陣痛の波が来ているのか、額に脂汗をかき、黙って痛みに耐えている。


「王妃様、これから宮殿へお運びします。動かして問題ないか確認しますね」


アマリアは王妃に断りを入れ、ドレスの上から大きく膨らんだ腹部を触った。産婆の見よう見まねだ。よく分からない。直接、見た方が確実だ。ランタンを手に王妃のスカートの裾をめくり、両膝を立てさせ、左右に大きく広げる。陰部に触れようとした瞬間、貴婦人のほっそりとした御御足おみあしにアマリアは顔を蹴られた。


「ちょ、ちょっと見るだけですから、じっとしててください!」


思わず怒鳴ったアマリアに、狂戦士と化した王妃は追加の蹴りを次々と見舞う。


「すみません、手伝ってもらえますか!」


顔や腹部を容赦なく蹴られつつ、アマリアは近くに立っていた人物の手首をつかみ、彼の手を王妃の片膝へ当てがって、ついでにランタンを持たせた。もう片方の膝は自分の手で押さえ、陰部に指を差し入れる。子宮口はかなり開いているが全開ではない。


「もう、生まれるだろうか?」


アマリアが顔を上げると、ランタンを持たせていた人物が心配そうな声で言った。彼は貴婦人のスカートの中が見えない位置に立っている。王宮護衛隊の制服を着ていないので兵士ではない。どうしてか、王妃がすっかり大人しくなっていた。


「まだまだです。今なら動かしても大丈夫です」


こんな人、さっきまでいたかなと思いつつアマリアは答えた。ランタンの明かりに照らされた男の顔は絵に描いたように整っていて、通った鼻筋や太い眉は凛々しかったが、下を向いた目尻が優しげだった。艶やかな黒髪を後頭部できっちりと束ね、肩幅が広い身体に上質な衣服をまとい、立ち居振る舞いや眼差しから威厳がにじみ出ていた。


「王妃に、馬車馬に焚く香薬を焚いたね?」


室内に漂う残り香に気がついたのか、男はおかしそうに目を細め、小声でアマリアに尋ねた。


「……はい。それに近いものを。アスクラピア遺跡の石版に彫られていた、ルシタニア人が戦闘前の戦士に焚く香薬です。痛みと疲れと恐怖を感じなくなるもので……」


説明しているそばから王妃が苦しげにうめいた。


「出産の痛みは戦闘の痛みを凌駕するのかな」


男はそう言いながら上着の懐から振り香炉を取り出した。香炉にはすでに薬草が詰まっていて、彼はランタンで木炭片に火をつけると、王妃の枕元で香薬を炊き始めた。彼が彼女の口に含ませた香薬の種は大粒で、生成したてのものだということは一目瞭然だった。


香薬師の社会は狭い。ポルトの香薬師はほぼ顔見知りだ。だが、アマリアは彼を知らない。アマリアの視線に気がついたのか、男は穏やかな目で微笑んだ。


「これでも若い頃にセルジオ先生に仕込まれたんだ。心配は要らないよ」


清涼感のある柔らかな香薬の香りを嗅いで、アマリアは確信した。


「……これ、私の母のレシピに似てます」


男は、立ち上っては闇に溶ける白煙の行方を目で追った。


「まったく同じものだよ。昔、彼女から教わったんだ」


国王は振り香炉を振りながら王妃の手を握った。王妃はそれを邪険に振り払ったが、彼はもう一度、妻の手を握りしめた。王妃は、今度は振り払わなかった。


しばらくすると王妃の苦悶の表情は緩んだ。国王は妻を横抱きにかかえて螺旋階段を下り、塔を出ていった。


「あの人が王様だって、どうして教えてくれなかったんですか」


塔の外で待ち構えていた担架に王妃が乗せられ、宮殿へ運ばれていくのを窓から眺めつつ、アマリアはエンリケを睨んだ。星見の塔に残されたのは、今度こそアマリアとエンリケだけだった。


「気がつかない方がどうかしてるよ。王様の肖像画、見たことあるんでしょ?」


エンリケは愉快そうに片頬を上げて笑い、窓を閉めてランタンを持つ。螺旋階段を下りながら、アマリアは8日前に肖像画のホールで見た国王一家の肖像画を思い出し、さっきまで目の前にいた男と比較した。言われてみれば、黄金の額縁の中に描かれていた国王だった。


「王妃様に暴れられて、それどころじゃなかったんですもん」


「あっそ。で、どうなの? 初めて父親に会った感想は?」


「どう、なんでしょう……」


父親に会ったという実感はまだない。ただただ、心も足元も、ふわふわしている。あれが、母が惚れに惚れ抜き、死ぬまで愛し続けていた人。ルイシュの友情と忠誠心の対象。“トライアングロ”の王子のモデル。この国の王。王妃の夫。そして、私の父親。


気持ちの整理がつかないまま、アマリアはエンリケとともに星見の塔を出た。庭園の見回りをしていた兵士をつかまえて王宮医師の部屋に案内してもらうと、クラーラは治療を受けてベッドでぐっすりと眠っていた。アマリアはベッドのそばの椅子に座り、枕元に飾られていたレネの肖像画をそっと伏せ、朝までクラーラに付き添った。


「アマリア、起きてよ」


肩を揺さぶられて目を覚ますと、アマリアはいつの間にかクラーラのベッドに上半身を投げ出して眠っていた。顔を上げるとコエントランが立っていた。ルイシュの従者で、アマリアと同じ孤児院出身の青年だ。右手に巻かれた包帯が痛々しかった。数日前に、王妃の手の者に拷問され、指の骨を折られたのだ。


「おはよう。もうすぐ生まれるから見に来いって、王宮伯がおっしゃってる」


ルイシュからの伝言を伝え、コエントランはアマリアの背中にかけられていた上着を手に取った。ルイシュの上着だった。アマリアが寝ている間に様子を見に来てくれていたのだろう。


「おはよう。指、大丈夫なの?」


寝ぼけまなこを手でこすり、アマリアは尋ねた。開け放たれた窓の外には薄っすらと朝が来ていた。クラーラは熟睡していて、一緒にいたはずのエンリケがいなくなっている。


「平気だよ。王宮伯は休んでろっておっしゃるけど、我が家は慢性的人手不足だから、そういうわけにもいかないし」


青年は眠っているクラーラをちらりと見ながら答えた。


「ほら急いで顔洗って。名だたる貴族が王妃様のご出産を見に集まってるから、王宮伯は君のことついでに紹介するおつもりみたいだよ」


コエントランはアマリアを椅子から立たせて鏡台へ連れて行くと、水差しに入っていた水を洗面器へそそぐ。


「名だたる貴族に、紹介……?」


アマリアは鏡台の前の椅子に腰を下ろし、10分後の自分を想像した。世界一素敵な男が、どこの馬の骨とも知れない貧相な小娘を婚約者だと紹介すると、その場に集まった貴族たちがアマリアを品定めし、指を差し、大笑いするのだ。


「やっぱり妻じゃなくて恋人にしてもらえばよかった……」


自分自身が笑われたり蔑まれたりするのは我慢できるが、ルイシュに恥をかかせるのは嫌だ。アマリアは憂鬱な気持ちで顔を洗い、鏡台の小さな鏡で髪を整えた。


クラーラを起こし「王妃様の出産見物に行ってくるね」と手帖を使って説明し、アマリアはコエントランとともに王妃の寝室へ向かった。部屋から部屋へ移動しつつ、アマリアは隣を歩く幼馴染の顔を見た。気まずそうな目と視線が交わった。アマリアとルイシュが婚約したことに戸惑っているのだろうか。


「コエントランと一緒に暮らすのは10年ぶりくらいになるのかな」


アマリアは20歳まで孤児院にいたが、コエントランは13歳の時に孤児院を出ている。特別に親しい仲ではないので詳しいことは分からないが、奉公先で問題を起こしてすぐに孤児院へ戻ってきて、その後、ルイシュに引き取られたという話だ。


「そうなるね。アマリアのことは放っておくよう王宮伯に言われてるから、本気で放っておくつもりだよ」


コエントランは目を泳がせて言う。アマリアも視線をそらした。


「うん、ありがとう。そうしてほしいな」


頷くアマリアにコエントランは呆れたように笑った。


「僕には理解できないよ。いい暮らしがしたいって思わないの? いい服を着て、いいものを食べて、使用人を顎で使いたいって」


「そういう気持ちがまったくないわけじゃないけどさ。ルイシュさんと結婚したって、私自身の価値が上がるわけじゃないでしょ。それなのに分不相応ないい思いをするのは変だもん。私はこれまで通りの私なんだから、基本的にはこれまで通りでいいよ」


「よくわかんないけど、王宮伯に迷惑かけるようなことは許さないからな」


「わかってるよ」


2階へ続く階段を上り、いくつかの部屋を通り抜けた先に王妃の寝室はあった。両開きのドアの前に落ち着かない様子の王女が立っていて、彼女はアマリアの姿を見つけると今にも泣き出しそうな顔で言った。


「アマリア、お願いよ、大丈夫だと言って」


「ど、どうなさったんですか?」


王女は顔色が悪く、肩で呼吸していた。3人の侍女はおろおろとして扇で彼女の顔をあおいでいる。


「あの夢が本当になったらと思うと胸が苦しくて、うまく息ができないの」


あの夢というのは、コスタ子爵の城で王女が見た夢のことだろう。王妃が死んだ赤ん坊を抱いて泣いている夢。アマリアは王女の背中をさすった。


「大丈夫ですよ。ゆっくり深呼吸してください」


王女は素直に従い、大きく息を吸っては吐いた。彼女が何度目かの深呼吸をした時、ドアが開いて中からルイシュが出て来た。


「殿下、いよいよです。どうぞ中へ」


ルイシュの表情も強張っている。王女はアマリアの手を握り、王妃の寝室へ導いた。室内は異様だった。巨大な天蓋つきベッドの周りに、黄金で装飾された布張りの椅子がいくつも並んでいるのだ。


椅子に座っているのは出産見物にやってきた30人ほどの貴族だ。夜中からずっと国王の子の誕生を待っているのだろう、彼らは疲れた顔で「どうせ結果は目に見えているさ」「今回もダメだろう」と嘆息まじりに愚痴をこぼしていた。王妃が産気づいてから7時間近く経っている。


白け切り、あるいは疲れ果てた見物客に囲まれた王妃は、彼らとは対照的に闘志と活力が漲っていた。狂戦士の香薬がまだ効いているのだ。ベッドの端に仰向けになり激しく彼女の目はらんらんと輝き、凄まじい気迫に満ちている。


王妃の傍らにはふたりの王宮医師とふたりの香薬師の姿があった。4人とも高齢で、彼らも長丁場にぐったりと疲弊している様子だった。国王は最前列に座っていて、アマリアと王女の姿を目に留めると、ふたりがつないだ手をしばしの間、じっと見つめた。


ルイシュが促すと、王女はアマリアの手を離し、椅子の間を通り抜けて最前列へ向かった。彼女は父親の隣の椅子へ腰を下ろし、背筋を伸ばして胸を張った。


アマリアはルイシュとともに部屋の隅に立ち、周囲を見回した。人々の着衣や態度などを見る限り、席順は爵位の順になっているような気がした。彼らの侍従は最後列の椅子の後ろで立ち見をしている。


「俺の祖父も来てる。後で紹介する」


ルイシュがアマリアの耳元で言った時、前の方に座っていた貴族たちが歓声を上げた。


「お生まれになったぞ!」


「万歳! 王女殿下だ!」


明るい声がいくつも弾ける。しかし、声を上げた者たちはすぐに口をつぐんだ。どうしたのだろうとアマリアは背伸びした。人々の頭の間から、険しい表情の王宮医師たちの顔が見えた。そういえば、赤ん坊の泣き声をまだ聞いていなかった。


王宮医師は新生児を逆さにして背中を叩いた。喉に詰まった羊水を吐き出させるべく、生まれたばかりの柔らかな皮膚が何度も叩かれる。その痛々しい様子に一同は固唾を飲み、やがて、室内は無数の暗いため息で満たされた。


「あの、その子、自分で吐き出す力がないんだと思います」


部屋の隅に立っていたアマリアがそう言うと、その場にいた人々が一斉にアマリアを見た。偉そうな貴族たちからこんなに注目を浴びたことはなかったが、なりふりは構っていられなかった。


「産婆が赤ちゃんの鼻に口をつけて、羊水を吸い出しているのを見たことがあります」


アマリアは立ち見客をかき分け、椅子の間を通り抜け、王妃のベッドに歩み寄った。ふたりの王宮医師は顔を見合わせ、ふたりの王宮香薬師が「あれは下町の香薬師です」「20歳で香試に合格した娘ですよ」と医師たちに教えた。


「そんな処置方法は聞いたことがないぞ」


泣かない赤ん坊を腕に抱いた王宮医師は戸惑った様子でアマリアを見た。彼は口ではアマリアを疑ったが、顔にはワラにでもすがりたいと書いてあった。


「じゃあ、私がやります。急がないと」


アマリアが赤ん坊に手を伸ばそうとすると、もうひとりの王宮医師がそれを阻んだ。


「待て、国王陛下のお子様を下町の香薬師なんかに任せられるか。もう一度、叩いてみよう。今度はもっと強く」


「そんな……」


アマリアとて絶対の自信があるわけではないが、さらに強く叩けば解決するとは思えなかった。もしもこの場に近所の産婆がいてくれたら、と叶わぬ望みを胸の中でつぶやいた時、背後から肩を叩かれた。振り返ると、必死の表情をした王女がアマリアの後ろに立っていた。


「アマリア、やってちょうだい。父王陛下、構いませんね?」


王女が父親を顧みると、国王は不安そうな目で頷いた。アマリアは王宮医師に抱かれた血まみれの新生児の口をふさぎ、小さな鼻孔を唇で覆った。ゆっくりと慎重に、けれど渾身の力で空気を吸い込むと、口の中に生臭くて塩辛い液体が流れ込んできた。思わず床へ吐き出し、咳き込む。その途端、新生児がか細い声で泣いた。


アマリアはこれまでたくさんの人の治療をしてきた。だが、今ほど、この時のために香薬師になったのかもしれないと思ったことはなかった。今日はまだ一度も香薬を焚いていないのに変なの、と心の中でひとりで笑った。小さな口を懸命に動かして泣く妹が、とても愛しかった。


歓声と拍手が沸き上がる中、アマリアは王宮医師に赤ん坊を任せ、部屋の隅に下がって口をすすいで手を洗った。


血や羊水を清潔な布でふき取られた第二王女は柔らかな絹布にくるまれ、母親の腕の中に戻った。彼女の髪はアマリアと同じ金色をしていて、窓から差し込む朝陽を浴びてきらきらと光っていた。


王妃は疲労困憊した様子で涙を流し、握りしめていた聖ヒュギエイアの像を我が子の襟もとに差し込んで小さな頭に頬ずりした。ベッドの周りに安堵した表情の国王と王女が寄り添う。その光景を部屋の隅で眺めながら、アマリアは12年前に盗み見たルイシュからの手紙を思い出していた。


――セルジオ先生、私は、Aにはこの世の誰よりも平穏に暮らしてほしいのです。


「よくやったな」


声をかけられて我に返ると、隣にルイシュが立っていた。彼はアマリアの肩を抱き寄せた。アマリアは誇らしいやら恥ずかしいやら、照れくさい思いで婚約者を見上げた。


「私、ルイシュさんの気持ちがちょっと分かったような気がします」


「俺の気持ち?」


「3年前、私が孤児院を出た日、私にこう言ってくださいましたよね。毎日元気でいてくれ。いつでもいいから生まれてきて良かったと思ってほしい。俺がおまえに望んでいるのはそれだけだ、って。私も今、あの子に同じことを思ってます。あの子には、この世の誰よりも平穏に暮らしてほしいです」


「あの、だ」


乳飲み子に敬語を使わなければならないなんて、王侯貴族の世界は難儀だ。アマリアは笑い、誰も見ていないのをいいことに、婚約者の肩に頭をもたれた。


「出世しろとか金持ちになれとか、いい人と結婚しろとか子供をたくさん産めとか、そういうの、望んだら切りはないですけど。人が、大切な人のために祈ることって、究極的にはひとつなのかもしれませんね。いつまでも健やかに、平穏に暮らしてほしい、それだけ」


古代の人々も、未来の人々も、どんなに世界が変わろうとも、それは決して変わることのない不変の祈りだ。花は枯れ、人は老いて死ぬ。例外はない。それが分かっていても愛する人の永遠の健康を祈らずにはいられない。きっと母も、アマリアのために祈ってくれていたことだろう。


「私、やっぱり、ずっと香薬師を続けたいです。みんなの祈りが少しでも叶うように。重い足かせに苦しめられている人たちの杖になれるように」


新しい命の誕生に沸く人々を横目に、アマリアは目を閉じた。これから自分が歩むべき道がはっきりと遠くまで見えた。そして、その道の先を母が歩いているような気がした。ゆっくりとした歩調で、時々、こちらを振り返りながら。


「コンスタンサも喜ぶだろう」


ルイシュは愛しげにアマリアの頭に頬を寄せた。窓の外で第二王女誕生の祝砲が鳴り響いた。

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