2
真っ暗な空を駆けた、
赤く、赤く、真っ赤に赤熱した”それ”は、黒天を真っ赤に
世界を覆う夜の
そうして一瞬の
そこでふと一息ついた彼らを襲ったのは、まるで世界の上下が入れ替わったかのような凄まじい地揺れ────”
夜天に星が落ち、天が焼けて、地が揺れる。
そんな
人々の
突然呼び出された夜勤の兵士たちはただでさえ疲れが溜まっていたというのに、凄まじい爆音と地震で叩き起こされた所に”これ”だ。
そうして、街は落ち着きを取り戻したのだ。
だが
彼らの平穏無事な日常が、彼らが知る世界が、昨日終わってしまった事を。
◇◇◇
あの爆発から一夜が明けた。
あの夜に、空の彼方────この世界を守る『大気圏』という
その様は
世界を砕くほどの、天罰が降ったかの
燃え盛る火球は世界に
真昼のような光量を撒き散らして音速を超えたそれは、周囲に衝撃波を放ちながら夜空を駆け抜けた。
そして、墜落地点までの
その衝突時に発生した地震は〈シェンゲン諸国〉周辺に甚大な被害を
現代の地球では『隕石』と呼ばれるそれは、この世界の人々にとっては”久しく経験した事のない”未知の災害であった。
そして、それは人に限った話ではない。
人々が恐れる強大な存在である、強力な魔獣達。
彼らでも、大質量隕石の落下に慣れている訳など、なかったのだ。
彼等もまた隕石落下の衝撃により吹き飛ばされて傷を負った。
地震により洞窟が崩れ、森が焼けて住処を追われた。
恐怖に、逃げ惑った。
やがてその魔獣たちの波は、人の力では到底
「あ、ああ……うわああ!!!!」
「きゃああああああ!!!!」
「ま、魔獣!! 魔獣だーーーー!!!!」
突如として襲い来る魔獣の群れ。
それに為す術もなく
人の
必死の形相で
見上げんばかりの大男のような一つ目の魔物が、走り抜けながら棍棒を振り回して人を肉塊に変えた。
老若男女、人も家畜も建造物も問わず、形あるもの全てを破壊し尽くす
我先に逃げようと馬小屋に駆け込み、馬に飛び乗った商人がいた。
皆を守るために勇猛果敢にも武器を手に、魔獣に立ち向かった戦士がいた。
周りで何が起きているかも分からず、母親を見上げる
その命は、
潰され、
皆、今日の勤めを果たし、明日はもっと良い日であるようにと。
なんでもない一日を終え、またなんでもない一日を願っていた。
────けれどその願いは
彼らに明日は、もう永遠に来ないのだ。
その
それを「たったこれだけ」と取るか、あれだけの被害で「こんなにも生き残った」と取るかは、人によって意見が分かれるかも知れない。
だがただ一つ言えるのは、きっと、彼らが生き残った事を素直に喜ぶ事など出来ようはずがないと言う事だ。
血と肉が飛び散って、死体が────人体の一部が
きっと、普通の人間は途方に暮れてこう思うだろう。
────どうして生き残ってしまったのか、と。
顔を見知った沢山の人を
失ったものが大きすぎて前を向くことも出来ず、けれど生きる為に動かねばこのまま
そんな厳し過ぎる環境に放り出された人々は、もはや生きる気力など残っていないだろう。
現に今も、死んだ妻の残した、”たった一つだけ見つかった腕”を抱いた男が
心が既に死にかけている彼に、もはや生きる気力は、生きる為に立ち上がる気力は、もう、無かったのだ。
◇◇◇
「なに……。それは、
王は
王冠を頭に
その王の姿は、信じたくない事実を前にして力なく王座に腰掛ける、”小さく背の丸まった老人”にしか見えなかった。
「はっ……。北方国境の
王に報告を行う王都守備隊長もまた、それが夢か思い違いであれば、と願いつつも、そうではない事は分かっていた。
だからこそ、
────自分だって、許されるのであれば今すぐ泣き
早馬が飛び込んできたのはつい先程のことだった。
その兵士の配属先は〈ウクフ王国〉北方────北部国境付近の砦だった。
そこでは隣国が兵を動かした時のため、また
その
地獄の大公爵の
だがそれは、隣国からの突然の侵攻など
夜空を真昼の如く染め上げた火球はこの王都からも見えていたし、その後の大地震も、身体に感じる、立っていられない程の揺れだった。
古い建物は崩壊し、倒壊は
そうでなくとも家具や
それだけでも十分に災害と言えるのだから、これ以上があるなどと、思いたくもなかったのだ。
国境付近の砦も三つは落ちて、更に”その波”が王都へと押し寄せるのも間近だろう。
……などと言う、そこまで深刻な話だとは、誰しも思ってはいなかったのだ。
戦争により国が滅ぼされ、国民と国土が
魔獣の波に飲み込まれ、
そんな地獄の釜の
「周辺から避難民が来るだろうが……」
……と、そこで王は言葉を切った。
そんな呟きを耳にした王都守備隊長は、王へと顔を向けた。
「王よ。
隊長が特別、
この局面において、避難民についての判断を王に判断を委ねるという事は、彼に判断するには手に余る案件だと、”そういう”事なのだ。
「……城壁を盾に、事が静まるまで
各方面から少しでも安全な王都を目指してやってくる避難民。
彼らはこれから
食料が無くなれば
この
ならば初めから見捨ててしまった方が良いのではないか?という、血を吐くような思いでの問い掛けだったのだ。
王は限りなく難しい『トロリー問題』に直面していた。
トロリー問題とは、高速で線路を走る
少ない犠牲で事を収めるために一人を自分の手で殺すのか、そもそも誰も殺さないために天運に任せて何もせず五人を見殺すのか、それを倫理的、道徳的な観点から判断する事を強いられる難しい問題だ。
王はこの極限状態で、避難民を見捨てて王都の民を救うか、王都の民の食料が足りなくなる
魔獣といえど所詮は獣。
その波に勝てずとも、とにかく耐えさえすればいつか奴らは散っていくかも知れない。
ここで避難民を切り捨てたとあれば、国民や周辺諸領の貴族から求心力をなくし、最悪の場合、将来反乱を起こされる危険性すらあるだろう。
ひとたび民を切り捨ててしまえば、生き残った者たちも次は我が身と警戒しながら国に
けれど、そもそも生き残れなければ何の意味もない。
勝てなければ全てが終わってしまうのだ。
そんな難しすぎる命題に頭を悩ませる王を、文官や大臣たちが見守っていた。
彼らも無能では決してないのだが、彼らからの助言は……期待できなさそうだ。
なぜなら、判断があまりにも重すぎて、誰もその責任を取りたくないし、そもそも取れないからだ。
前述の問題に加え、そもそも負ければ国が滅ぶのだ。
そんな責任は、
国の滅亡など、貴族や大臣が自分の首一つ賭けた所で到底
それを自分の首一つで
そんな様子を見守っていた王都守備隊長は、倫理や道徳ではない、
彼だって、守れるものなら民を守りたい。
だが国の滅亡と秤にかけるとなったら、容易にはその選択肢を選べない。
だから何か……何かで、論理的にその選択肢を補強する必要があった。
彼らを助けることで国が滅びから遠ざかる、その根拠を探す必要があったのだ。
「王都は人口が多く……恐らくは
彼からの上申を受け、小さな老人────この国の王は、重苦しい空気を
「……理由を、聞こうか……」
「はっ! 魔獣共はさほど知能はなく、
その提案は
避難民をデメリットなく受け入れられる案としては、悪くない。
政治的な意図としても、避難民の恐ろしい体験を語って聞かせることで、民に危機感を持ち魔獣へ対処させるための
一部の者は
「確かに、な。そなたの言う事も一理ある……。では、避難民は積極的に受け入れる事とする。ただし防衛のための戦力、労働力として働かせるのが条件である」
その言葉を聞いた広間の人間たちは、それぞれの立場に合わせた敬礼でもって、その言葉に応えた。
王都守備隊長の提案に
◇◇◇
そんな危機を前にして、
それを見下ろす塔の上から、街を眺めている者がいた。
外側に向かって跳ねた
彼は亡国の危機に
水晶のように感情を映さない、透き通った瞳で城下を無感情に
「戦の準備か……?」
街中で備蓄倉庫や武器倉庫の中身の確認が
その様は、上から見ているとまるで、
事情を知る兵士達はみな
何かとてつもなく恐ろしいものがやってくる。
そして、皆がそれに怯えているかのようなその様子を眺め見て、その少年は
「早く、滅茶苦茶になれば良いのに」
どこの誰とも知れず、姿形も見えない、どこかに居るであろう、この国を
「早く……早く、殺してよ」
真っ暗闇な夜空に浮かぶ三日月の
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