第一部 鏡の遍歴、堕ちる宿星

第一章 銀の河を越えて

1(挿絵)

「それは、長い道程みちのりだった。


 ながく、ながく、果てしない旅路だった。


 その旅が始まったのは、果たして一体いつだったのだろうか……。


 そんな事、旅人はもはや覚えてはいなかった。

 ”それ”に自我が芽生えた時には、すでにその旅の最中さなかであったし、それからもずっと、旅を続けてきたからだ。


 ……と言うより、旅を続ける他、どうしようもなかったからだ。


 どこまでも縦横無尽じゅうおうむじんに広がる、無限の虚無。

 それが旅人の産まれた場所だった。


 どれだけの時を経ても尽きぬ、永劫の寿命。

 それが旅人の背負った重荷だった。


 待てど暮らせど、何かが変わる事はない。

 さりとて、何もしない事にはいていた。


 そうしている内にどれだけの時間が経ったのかは分からない。

 だが、それは決めた。



 ────歩こう。



 どこに向かえば良いかなど分からないが、歩いてみよう。


 そうしたら、きっと、何かが変わる気がするから。



 そして、旅は始まった。



 その旅の間、旅人はたったひとりで、永劫えいごうに近しい時を過ごした。


 ”それ”に自らの生まれをたずねたところでろくな答えは得られないだろうし、そんな問いを投げかけるのもまた残酷と言うものだろう。

 ”それ”だって、自分が何の為に旅をしているのかなんて、自分が”いっとう”よく分かっていないのだから。


 そんな孤独な旅の道連れは、はるか彼方に小さくまたたく星々の光のみだった。


 ……いや、”小さく瞬く”というのは、少し誤りがあるのかも知れない。


 なぜならその星々は、この大宇宙の中でも上から数えた方が早い程に巨大で、強大な光を放つ恒星だったのだから。


 だのにその星は、彼方で小さく、か細くまたたくばかりだった。


 それが示す事実は、凄まじい光量を誇る巨大な星々の光をもってしても、”それ”の立つその場所はかすかにしか照らせない、という事だった。


 それだけの距離が、”それ”とその星々の間には横たわっていたのだ。


 世界に忘れられた、果ての、果ての、そのまた最果て。

 星が集まる星団の、銀河が集まる銀河団の、そのまばゆい光が届かない程に遠く、遥かな彼方────超空洞ヴォイドと呼ばれるそこまで届く光など、超大質量の恒星でしか放てはしなかったのだ。


 星々に忘れられた暗黒の底、暗黒物質が沈殿ちんでんした、無の支配する領域。


 そんな闇の底で、”それ”はただ一人、旅を続けてきた。

 遙か彼方に見える小さな小さな光を目指していた。


 何年、何百年、何億年と進み続けて来た。


 ────それでもなお、光は未だに遠かった。


 はるか彼方にまたたく星々が、その輝きがまぶしかった。


 手を伸ばせど届かぬきらめきに、これまでの道程みちのりに比べれば砂粒ほどにも短いその手を、それでもと伸ばした。


 その光がいったい何なのか、”それ”には”とんと”分からない。


 けれど、そこに辿り着けば、きっと何かが変わるはずなのだ。


 生きているのか死んでいるのかも分からない自分でも、きっと何かになれるはずなのだ。



 この永劫えいごうの闇が、きっと、終わるはずなのだ」



 銀の河を越えて - Across the Galaxy -



 挿絵(章扉):https://kakuyomu.jp/users/nekomiti/news/16816700429055077804

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