【kippis!!】アイスクリーム食べにいこう!

 ——そういえば、去年の夏もこうして出かけたっけ。


 車の鍵を閉めながら、先に車椅子を押して歩き出していたアッシュブロンドの後ろ姿を眺める。

 随分と、笑うようになった。彼女も、そこに居る元婚約者の弟も。

 まさか自分の命が季節を一周跨いで、今この時を過ごせているなんて夢のようだ。


「何してんのー! 先行っちゃうわよ!」

「ああごめん、今行く」


 男性にしては少し高めの、ハスキーな声。身体と心がちぐはぐな同期と、その手に握られているのは車椅子のグリップ、そしてそこに座ったまま睨むような真っ赤な目で自分を待っている少年。

 明らかに一年前とは違う距離感に、思わず頬をつねりたくなるような面映ゆい気持ちになって、バルクホーンは冷静さを装って二人の元へと歩いていくのだった。




***




「あらっ。なぁにやってんすか、お二人して」

「うぉっ!」

「んだよ、ビビらせんなよハートマン!」


 その三人の少し後方では、本日オフが見事に被ったバルクホーンの小隊に所属するエリク・シュペーア・ハートマンと、メイヴィスの小隊に所属するエイノ・コスケラ(通称 : ダム)及びヘイモ・ランピール(通称 : ディー)が街の角でひっそりと邂逅していた。

 そりゃあ所属部隊が同じであれば、オフのシフトも丸かぶりなわけで。上官同士が出かけていようが、街に出るのも部下の勝手なのである。


「驚かすつもりはなかったっすよ。なんかお二人がコソコソしてるなって……」


 その視線の先を、ディーとダムの観察対象へ向けようとしているハートマンの視界を、二人は一糸乱れぬ連携で一斉に塞ぎにかかった。


「ちょっ、ちょっ、なんなんすか!」

「いいか、お前は俺たちがここにいることをもし誰かに会っても……絶対に言うんじゃねぇぞ」

「はぁ……。別に、それはいいっすけど」


 その言葉と同時にダムがディーを振り返ると、真後ろにいる相棒にビシッと親指を立てて返される。

 それもこれも、「どうしたんすかねぇ。また悪戯の小道具でも買いに来たのかなぁ」とハートマンが素直に考えていたからに違いない。


「大丈夫っすよぉ。俺言わないんで! お二人ともしゃがんでコソコソしてるから、どうしたかと思っちゃっ——」


 その瞬間、何かを察知したかのようにディーがハートマンの口を塞ぎにかかった。ダムもうわっという表情で、何を焦ったかハートマンの足元を抱えようと掴みかかってくる。


「いい子だハートマン、そのまま何も見なかったことにしとけや、な?」


 いくら後輩とはいえ、階級が上なのはハートマンである。

 街中といえど階級が上の者を羽交締め……これまた叱責しても誰も文句を言うまい状況ながら、つとめて冷静にハートマンは口を開いた。


「へっ? どうしてっすか? つーかあの二人やっぱ仲良いんすねぇ……あらまっ」


 任務中は哨戒部隊の小隊長、鋭い視線しか見たことのないメイヴィスが、いたずらっ子さながらの表情でバルクホーンの手にあったアイスをひと口もらっているところだった。

 出くわした場面が場面だ。どう見たって、友達にしても距離感が近すぎる。


「いーか、誰にも言うんじゃねーぞ?」

「回れ右して帰れや」

「顔こわっ。いやいやお二人こそ、なんでそんなモンペかデバガメみたいなことしてるんすかぁ」

「は? モンペ?」

「俺一年くらい前の、ヒロシさんの奇行思い出しちゃいましたもん」

「「……一緒にすんなよ」」


 ハートマンの考えがどこに至ったかを察した二人は、それは心外だとばかりに深々とため息をついた。


「ふふっ、いいもん見ちゃった。あーこりゃぁ、妬けちゃうっすねぇ」


 怒りもせず、そうハートマンは再び遠くを見つめて優しげに微笑んでいる。


「おま、え……」

「あっ、別に詮索しないっすよ。言いふらしたりもしないんでご安心を。チームとはいえ、プライベートはプライベート。そこに踏み込むつもりもないっすから」


 いいじゃないっすか。普段気ィ張ってるあの二人が、あんなに緩んだ顔してるんだから。そう呟くハートマンの視線の先には、尊敬する直属の上官と、隣にいるディーとダムの上官が、車椅子を押しながら楽しそうに並んで歩く姿がある。


「あーっ、でもなんかわかっちゃったぁ」


 えへへ〜と、屈託のない笑顔でハートマンは嬉しそうに呟く。


「メイヴィス中尉、あれだけ綺麗なのに浮いた話もひとつもないじゃないですか。そっかぁ〜って思ったら納得というか。なんか嬉しいっす。バルクホーン中尉も、お一人じゃなくって何処か心安らげる場所があればいいなって思ってたんすけど、時々俺らに見せないような優しい顔しますしね……ふーん、そっかぁ」


 一人でそうニヤニヤ呟くハートマンに、ディーとダムは目を丸くしたまま固まっている。

 ——そう、驚きよりも何よりも。知れたことに素直に喜び、心の底から楽しそうに祝福しているこの御曹司にだ。


「な、おまえっ」

「失礼だけど、なんとも思わないの?」

「えっ、どうしてっすか?」


 眩いばかりの金髪と、曇りのないグリーンの瞳に見つめられるとなんだか居心地が悪い。大抵、こういう綺麗な王子様みたいなやつは甘やかされた能無しか、腹の底に何抱えてるかわからない曲者ばかりだというのに、このハートマンという男にはそれがない。


「今の世の中、誰がどんな付き合いしようと、危なくなけりゃそれが本人たちの正解っす。俺はそう思いますけどねぇ」

「あーマジで聞く人間間違えたわ……」


 呆れたように手をひらひらさせるディーに、ハートマンはクスッと笑みをこぼす。


「さぁて、ここでせっかく会ったんですし、野暮なことはやめましょう? そうだっ、俺たちもアイス食べません? 俺奢りますから」


 多分、あんな表情のメイヴィスをバルクホーンは誰にも見せたくないはずだ。心の底で敬愛する上官に対し「借しイチっすよ」などと思いながら、ハートマンは二人へとウインクをする。


「いや、それがよ……ハートマン」

「アイス食うのは俺さんせー! ハートマンごちそうさん! でもちょっと待ってくれよ、たぶんさ、なんかひとつ勘違いがあるんだって」

「へっ?」


 心の声が丸聞こえであるディーは、ダムの言葉に不思議そうに目を丸くしたハートマンを見つめると、心底気まずそうに自身の額に手を当てた。


「あの二人、別に付き合ってんじゃねーんだよなぁ……」




***




 平和だった子供の頃と比べて、夏の季節のアイスクリームの屋台も随分と減ったような気がする。

 営業には、ウイルスの感染対策や防弾のプレートの使用が徹底されていて、その基準をクリアしてなければ街中で商売もできない。

 けれど——その日常を残す事こそが、彼ら商売人の心意気でもあり、戦時中とはいえ過去の大戦のように心まで貧しくしたくはないという意地でもあるのだろう。


「バスク、何味がいい?」

「別に……なんでもいい」


 表情と、明らかに生身ではないその目の色を隠すために目深にキャスケットを被ったバスクは、やはり外に出る時はいまだに緊張するらしい。

 ぶすっと答えながらも、心底嫌がってはいない様子にメイヴィスは微笑みながらその頭を撫でる。


「じゃあねー、わたしのオススメでいい? もちろん二段いくでしょっ」


 返事を待たずにバルクホーンに車椅子を任せ、軽いステップでメイヴィスが屋台の方へと進んで行く。


「アイツ、休みだからって気ィ緩みすぎじゃね?」

「そう? いいんじゃない、休みなんだから」

「……」


 バルクホーンの、この何でも穏やかに受け止めるスタンスが、正直バスクにはいまだにむず痒い。

 それでいて、自分の芯を通して護るものは護ると動く時は、誰よりも頑固で揺るがない部分も含めてだ。


 スオミの言葉で軽く会話してアイスクリームを受け取ったメイヴィスが戻ってくる。差し出されたのは、ブルーベリーとマスカルポーネのフレーバーのアイス。

 てっきりジェラートのような味わいを想像していたら、濃厚な甘さと甘酸っぱさが口に広がって思わず目を丸くする。


「ねっ、美味しいでしょ?」


 にこにこと言いながら次のひと口を差し出してくるその姿も、別段押し付けがましくはない。


「はい、アンタはこれとかどうかな〜って」

「えっ、ていうか俺払うよ……」

「はいだめでーす。運転手したんだから、ここはわたし持ちっ」


 自分のものかと思いきや、もう片方の手に持っていたのはバルクホーンの分だったらしい。差し出されたのはグリーンがベースのアイスクリームと、バスクにも選んだマスカルポーネの二段だ。

 既に頼んでいたのだろう、屋台の店主らしき人物に呼ばれメイヴィスはもう一つのアイスクリームを手に戻ってきた。


「それはねー洋梨よ。ミント風味のポルカってバニラアイスクリームもあるから迷っちゃった! でもこっちかなぁって」

「あ、美味いねこれ。っていうか……」

「なによ、文句ある?」


 少し頬を膨らませたその手元には、パステルカラーのピンクと淡いグリーンのアイスクリームと、何やらベリー系のアイス。

 普段のメイヴィスなら絶対にチョイスしない可愛らしい色と、それを自覚してか少し照れているのだろう。そこには突っ込むまいと思い、笑いそうになるのを堪えてバルクホーンは口を開く。


「キミのは何味?」

「えっ? あの……これは」


 少し頬を染めて目を泳がせた表情に、こっちの方がマズい質問だっただろうかとバルクホーンは首を傾げる。


「笑わない?」

「え、あっうん」

「Merenneito(人魚)ってフレーバー。ピスタチオベースにチョコ入ってて」


 赤くなって口ごもるメイヴィスに、思わず先に「ぶっっ」と噴き出したのはバスクだ。「こら、バスク」と宥めながらもバルクホーンも笑みが溢れるのは止められないらしい。


「もうっ! 笑わないって言ったくせに」


 本心からは怒ってない様子のメイヴィスに、とうとう二人とも本気で笑いが止まらなくなったらしい。


「恥ずかしがんなよ! ウケるんだけど! ピスタチオって言っときゃいいじゃん!」

「いやぁ、ほんとキミ可愛いもの大好きだよね」

「うるさいうるさいっ」


 あーもう、と頬を膨らませるメイヴィスに「はい」とバルクホーンが自身のアイスをひょいと差し出す。


「洋梨、自分も食べたかったから俺のにつけたでしょ?」

「バレてた?」

「そりゃあね」

「バァカ」

「はいはい……」


 差し出されたアイスをひと口、そのままパクリと食べる。

 海沿いの公園と市場通りの見えるその中で、三人揃って食べるアイスクリームは美味しくて楽しい。

 まるで自分がスオミの国で普通に暮らす市民に溶け込んでしまったかのようで、くすぐったい気持ちだ。


「あっ、メイヴィス。そのもう一つのはなに?」


 バスクの口元にアイスクリームを運びながら、再びにっこりと何の他意もなく問う彼に。


「ぜっっっったいに言わないっ!」


 なぜかぷいとそっぽを向いてしまったメイヴィスに、きっと可愛い名前のアイスクリームなんだろうなと、これまた普段見せないような優しい満面の笑みのままのバルクホーンは「はいはい」と答えるのだった。


(だって絶対笑うでしょ……)


 Kuningatarクニンガタル。それは『女王様』の別名を持つ、ラズベリーとブルーベリーから作られたジャムを練り込んであるアイスクリーム。

 単にベリーが好きなメイヴィスだが、こればかりは普段から「女王様」と比喩されている自分としては、恥ずかしくて口にできないのだった。





 さて、そんな二人を知ってかしらずか。


「うっそでしょぉお! あれで付き合ってないとかどれだけ鈍感もいいとこなんすかおふたり!」


 と思わず叫ぶ声が、海風の向こうに響いていたとかなんとか——。

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