sechzehn. カンタレッリのクリームソース
7月。隊舎の食堂で収穫されたばかりのカンタレッリ(アンズダケ)を分けてもらったとディーとダムに渡され、どうして自分が……? と半分呆れたような面持ちで軍の官舎へと向かうのはメイヴィスだ。
悪戯コンビの思惑のもと、バルクホーンの自宅に食材を届けに行かされているなど本人は知る由もない。
(別に欲しいならアイツ自分で取りに行きそうなのに……)
かごに山盛りにされたキノコを持って軍の施設内を歩く事自体は別になんともないのだが、メイヴィスがこれまでに築き上げてきたイメージとかなり異なるのだろう、かなり不躾な視線を向けられている自覚はある。
しかしここで「なんだ?」と視線を投げたところで、資料ではなく手にしているのは山盛りのカンタレッリ。格好つかないどころではない。
(ふんだ、気にしないんだから。だってコレあのお節介野郎の自宅の食材で、わたし届けに行ってるだけだもん)
普段からツンと澄ましたように見えるその横顔、内心でそんな事を考えるだなんて誰も思うまい。
実際、周囲の兵や隊員さえ「メイヴィス中尉が……キノコ?」「お美しいけどなんだか可愛い!」と思っているだけで、誰一人声をかけにすら近寄れないのである。
メイヴィス・リリー、33歳。本当は乙女なその心で「なんか見られてる! やだ恥ずかしい……!!」なんて思っているのは本人だけで。
周囲の人間は「キノコ持っててもクールだなあの方は……」と思っているだけだったりする。
「小隊長どのっ、大丈夫っす、俺らは知ってますから。めっちゃ可愛いっすよ」
「でも誰も気づいてねぇえええええ、ぶっちゃけ似合わねぇええええ」
その遠くなる背中を眺めて、ディーとダムはゲラゲラと声を殺して笑っているのだった。
「軍服着替えていけばいいんじゃん? あーどんだけ急いじゃってんのって。お美しくレイピアまで下げたまんまで」
「あーもう。早く気づいちゃって何か起こればいいのにぃ〜」
メイヴィス大好き! な悪戯コンビ。
敬愛する小隊長サマが幸せに笑って酒呑めるんなら、ぶっちゃけ軍とか規則とか体裁とか、他の事はどうでもいい。それくらいには慕っている。
軽口叩きながらも、その本音はようやく我らが小隊長に訪れそうな本物の春を早回しにお届けすることであった。
***
「やぁ、メイヴィス。どうしたの?」
「これ……カンタレッリが沢山あるからと、隊舎からお前に、と」
「それはありがたいなぁ」
官舎まであと少し、のところで大きな紙袋を抱えたバルクホーンとかち合った。今日は早番だったからか、シンプルな私服姿に紙袋からはごろっとした新じゃがやスパイスの瓶が飛び出ていて、朗らかな笑顔とまあよく似合う。
自分じゃ、こんな風に家庭的な雰囲気は出ないもんなぁ。ぼんやりしながらそう思い、カンタレッリを渡したらもう用はないとばかりにメイヴィスは引き返そうとする。
「えっ、待ってよメイヴィス。ちょうど新じゃがをいただいたんだ、せっかくだから寄ってって」
「しかし……」
「いいんだ、俺が誘いたいんだからさ。ほら食ってけって」
すっと横に並ばれ、少し高いその肩で背中を押された。気遣いなのか、天然なのか、もし他の誰かがこの光景を眺めたとしても「バルクホーン中尉が強めに誘ったから」としか思わないだろう。
それでも本当は——少しホッとしている自分がいる。「うん」と小さく答え、メイヴィスは荷物を抱えたその背中にゆっくりと着いていくのだった。
生のカンタレッリをハケで綺麗にし、食べやすいサイズにカットしておく。ベーコンを一口サイズに切り分け、玉ねぎは薄くスライス。新じゃがは皮をむいておく。
「よし、準備オッケー」
……なんだか楽しそうに料理するようになったなコイツ。内心そう思いつつ、何か手伝えないかとその手際の良い横からチラチラと手元を窺う。
「何かしようか?」
「あっ、じゃあそのじゃがいも全部茹でといてくれる?」
そう言いながら振り返ったバルクホーンが、即座に「あーダメダメ」と優しく遮った。
「軍服汚れるよ? ほら、どうせ飲むんだったら部屋着に着替えたらいい」
「あっ忘れてた。だって、隊舎帰るつもりできちゃったし」
「あれっ? そうなの?」
鍋を取りながら目を丸くするその表情は「泊まっていくんじゃないの?」とでも言わんばかりだ。どこまでお人好しなんだコイツは……と少々呆れた視線で返す。
それ以前に、何度か寝落ちするまで飲んでしまった事があるせいで、既に自分の部屋着がこの部屋にあることもなんだかこそばゆい。
「とりあえず俺やっとくから。なんならシャワー使っていいし」
着替えなさい、と軽くキッチンから締め出されるような形になって、メイヴィスは少しだけ頰を膨らます。
「なによぉ、手伝おうと思ったのに」
「それはくつろぐ準備をしてからでーす」
寸胴鍋に水を注ぎながら、わざとらしくそっぽを向くバルクホーンの背中を軽くバシンと叩き、「バァカ」とメイヴィスはバスルームの方へと消えていく。
そんな二人のやりとりを、バスクはもう見慣れたものと少々呆れ顔で眺めているのだった。
じゃがいもを茹でている間に、フライパンを熱しベーコンを弱火でじっくり炒めていく。炒めたベーコンの油と絡めるように、玉ねぎも炒めていく。
玉ねぎがしんなりしてきたら、ここにカンタレッリを加えしっかりめにソテー。目安はキノコから出てきた水分が蒸発するまで。
「そろそろいいかな」
茹でたじゃがいもをざるにあげ、水気を切って皿に盛っていく。
「じゃあわたし、お皿とグラス用意しとくね」
「うん、助かる」
いつのまにかシャワーから戻り、部屋着に着替えたメイヴィスにじゃがいもとテーブルの準備は丸投げさせてもらう。
炒めた具材に塩・黒胡椒・スパイスで少し味付けをし、小麦粉を満遍なく振りかけかき混ぜる。ここに牛乳と生クリームを加えれば、シチューのような出来栄えに。少し煮詰めて、パセリを加えればカンタレッリのクリームソースの完成だ。
テーブルには既にベリーワインのボトルが置かれ、メイヴィスとバスクは機銃の整備について図面を見ながら語らっている。
(甘えちゃってるのは、俺の方なんだけどなぁ……)
友達のようで、家族のような不思議な関係性。こうやって皆で時折食卓を囲むようになってもうすぐ一年だ。
手放したくないのは、もしかしたら自分の方なのかもしれないなとバルクホーンは内心苦笑する。
少しみずみずしさの残った新じゃがに、カンタレッリのクリームソースをたっぷりとかけていただく。クリームのまろやかさと、具材の食感に塩気が丁度いい。
「おいしーね!」
「あっほんとだ。少しだけガーリックパウダー入れたの正解だったかも」
「ワインもすすんじゃうっ」
「てめーたまには水も飲めやくそアマァ」
ナイフで一口大に切って、バスクの口元に運ぶ。最初は恐る恐るだった彼との生活も、ずいぶん様変わりした。黙々と食べている様子から、この味も口にあったようだと安心する。
「はいこうたーい!」
ニコッとした表情で、その手に持っていたスプーンを奪われた。
「あ、いや……んんっ!?」
「おじさんも食べてくださーい!」
俺やるから……と言おうとして、皿に置いたままにしていたスプーンで問答無用でじゃがいもとクリームソースを口に突っ込まれた。
あぶないじゃないか、と視線で文句を言いつつ、そのまま口に突っ込まれたスプーンに手を添える。
こちらの視線を意にも介さないように、既にメイヴィスはバスクの方を見てしまっていて。
(もう……本当にキミって奴は)
キラキラと笑うその笑顔は、やっぱり軍服姿では見られないもので。そして……なんとなく隊の皆には見せたくない。
(ちゃんと切り替えられてるのにね)
「なによぉ、にやにやしちゃって」
「いや、なんでも」
この家の食卓に、キミがいないと最近はなんだか味気ないんだよ。そう思いつつバスクの顔を見れば、その真っ赤な目もまんざらでもなさそうで。
「あっ、そうだ。今度休み被ったら街に行かない? この間、バスクがスロにアイスクリームをもらってね。美味しそうに食べてたからいいなぁと思って」
「いいわね! 今の季節はアイスクリームの屋台もいっぱいあるし! 楽しみだねバスク!」
「ハァ? 別に俺、行くって言ってねーし!」
「スロにお土産でも買おうか」
「白いの連れてかねーと、アイス溶けんだろうがよ!」
別にお土産アイスじゃなくてもいいじゃない……とメイヴィスが呟けば、少し気まずそうに頬を赤くしてバスクは目線を逸らすのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます