【Kippis!!】Ystävänpäivä
2月14日と言えば、世界はバレンタインデーと呼ばれる浮かれた日。戦争中とはいえ、イベント事が大好きな欧州人や北欧人が集結するこのスカンディナヴィア諸島連合でもそれは同じことで。
「
基地のあちこちでは、そんな黄色い声が上がり続けている。
元々、スオミではバレンタインデーはひっそりとした日で。恋人や好きな相手……というよりかは、友人や家族に小さなカードや菓子を渡すだけ。
それが欧州文化の入ってきてたった2~30年そこらで変化したのだから、文化や流行りとはめまぐるしいものだ。
この日を待ってました、とでもいうように。
空軍部の庁舎に入ったすぐのスペースでは後方支援部や陸の女性隊員や職員が張っているのも例年のこと。
特に目立つ特殊部隊員達は、普段と違いやたらめったら話しかけられる日でもある。
「ハートマン少尉! これっ」
「ハートマンさま!」
——今年も第8中隊の王子様は大忙しだな、と囲まれる部下を横目にバルクホーンは上の待機室へと足を運ぼうとする……と。
「……あの、中尉」
「バルクホーン中尉」
「あ、ああ。俺に? どうも有難う」
予想外に自分まで囲まれてしまい、内心困ったなぁと思いつつも笑顔でそれらを受け取る。
バディを組んでいるとはいえ、いつもハートマンのついでのように声を掛けられているように感じていたが、なんだか今回はそれが多い気がする。
「今年はアレですよ、ハートマン少尉はご結婚なさるでしょう? そこに上官であるバルクホーン中尉は昨年の件がありましたから。お相手がいないことも皆様ご存知で」
「ふん、現金なことだ」
「……まぁ、アレで「中尉カワイソーあたしが慰めてあげるっ」って思うってんなら、どんだけおめーら頭がたけーんだよって話なんだよなぁ。けけっ」
その光景を上の階の吹き抜けから眺めているのは、同じ隊所属のガードナー軍曹、ルードルマン少尉、そしてディーことランピール曹長である。
……順を追って口が悪いのはもはやご愛嬌だ。
「……そんなにあからさまに愛想悪くしなくても。もう少し女性に対して寛容になってはいかがです? お二人とも」
「違うっすよー、ガードナーさん。コイツ女性を相手にする方法がマジでわからないんすよ、見てくださいって、あのシュヴァルべのモテっぷり。まぁ多少の興味本位もあるだろうけどよ……お前ホント見習った方がいいって、ルードルマン」
アレの何を見習えば……? と若干不服そうな表情を浮かべるのはルードルマンだ。その眼下では自分直属の小さな兵が、女性陣に可愛らしい包みを手渡されながらにっこりと元気よく受け取っている姿が見える。自分は絶対にあんな愛想の良さとまっすぐな感謝は表現できん、とますますその光景に眉間のシワが深くなった。
はぁーっと、隠しもせずにでかでかため息をつくディーも、相棒のダム(コスケラ)の割と可愛い見た目にとりあえず寄ってくる女性陣が気に食わないらしい。自分は高みの見物を決め込みながら、喫煙禁止の廊下で今にもタバコをふかしそうな表情だ。
「はぁあ、男も女もめんどくせぇ。階級や顔の造形はてめーの隣に並べるアクセサリーじゃねーっての」
「……ディー曹長も大概では?」
「ルセーな、俺は情緒化石くんより経験豊富なだけだっての」
「……」
その拗らせ具合はどっこいどっこいですよと、内心思いつつも。自分は顔にデカデカとした傷のあるおじさん枠と引いた目線でいる自覚のあるガードナーは口をつぐむ。
ディーはあからさまに不服そうな表情を浮かべ「いやコイツよりはマシですって〜」と被せ気味に答える。普段は出さないようにしているものの、第8中隊の中ではディーが心の声にそのまま返すという光景は案外定番化してきているので、ガードナーも「おやおや」ともはや慣れっこだ。
「何してるんだお前ら、今は待機の時間では?」
「うっす、お帰りなさいっす小隊長どのぉ」
午前哨戒の報告を纏めてきていたらしいメイヴィスが、廊下に佇む三人の姿を見つけて相変わらずの涼しい目線のままこちらを見ている。
「いやぁ、こんな光景見たら世間は呑気に平和だなぁって思いません?」
「……その呑気な平和を国民に感じさせられることが我々の使命だと少しは自覚しろ。うわべでもいいから」
「へぇーい……」
少しだけ困ったように口元を綻ばせるメイヴィスに、唇を尖らせてディーはそう返答する。
なんだかんだ言って、彼の内面を理解しているメイヴィスには逆らえないらしい。その若干従順な態度に今度はルードルマンが目を丸くした。
「なるほどな、今年も変わらず大尉とハートマンは大人気ってところか」
そのクールな視線が、にっこり元気な直と、内心少々困りつつもお人好し全開で断りきれずに全て穏やかな笑みで受け取っているバルクホーンに向けられて再び少し緩む。
「まぁ、アイツもそろそろそういう面があってもいいんじゃないか……ん?」
「……つーか、メイヴィスどのも本日は気をつけたほうが、って言わんこっちゃねーなぁ」
額に手をついたディーは、今度は盛大なため息を口から思い切り吐き出した。
こういう時、人の心があけすけに聴こえてしまうのは毒だ。表に出さないのは生きる術として叩き込んできたが、何も感じないわけではない。
(別に盗み聞きしてるわけでもねぇーってのにな)
若干本人ですら気づいていないような心の機微に、一人気づいてしまうことのなんと気まずいことか。立ち去りたい気持ちを堪えて、呆れた表情のままディーは事の推移を見守ることに決めた。
***
正直言えば、朝から体調が悪かった。
早朝哨戒任務が終われば仮眠を取ろうと思っていたところ、領空内での交戦。ハートマンのおかげでこちらは事なきを得たが、体調の悪さには拍車がかかっていた。予想外の足止め——と言ったら言葉は悪いが、どう切り抜けようか思案をしていたところに。
「やれやれ、花形の
呆れたような冷たい、ハスキーな声が聞こえて。安心したと言ったらキミは笑うだろうか。
「バルクホーン、ユカライネン大尉がお呼びだ。執務室へ行け、今すぐだ」
「了解」
では失礼、と女性隊員に告げ階段下まで降りてきたメイヴィスの隣をすり抜ける——。
「嘘だ。顔色が悪い、ガードナーに薬でも貰って裏口から帰れ」
「悪いね……」
誰にも聞こえない声音でそう告げられた。
「……メイヴィス中尉、マジ感謝っす」
「お前は……春には既婚者だろう。相変わらずだな」
「いやぁ貴方の方が断然お美しいとは思うんっすけどねー」
「はぁ……?」
「いや、今年はぶっちゃけ俺がついでのカムフラージュっすよ。本命は今貴方が返しちゃったんで」
呆れて見渡せば、バルクホーンを気遣っていたであろうハートマンと、気遣いつつも小ささゆえに埋もれていて身動きが取れない直から視線で礼を返される。
バルクホーンが去れば、案外スルッとハートマンの周りからも人が居なくなり——何故かメイヴィスは自分が囲まれる羽目になったのだった。
***
頭がいたい——。
偏頭痛かと思っていたら、どうも熱まで出てきたらしい。
安心しちゃったからかな、と着替えもそこそこにバルクホーンは自宅のソファーに倒れこむ。
バスクを迎えに行くまでにはまだ猶予がある。
解熱剤飲んで寝ればなんとか……最悪明日は休ませてもらうか。
体調管理も任務のうちだ、とメイヴィスには苦言を言われるだろうなぁとバルクホーンは焦点の定まらないままの視線を漂わせて苦笑する。
最後に振り返ったら、メイヴィスは女性隊員達に何か包みを手渡されていた。おおよそチョコレートやクッキーなのだろうが、何故かチクリと心が痛んだ気がする。
(本当は……女の子なのに)
(ああ、いや違うんだ。そうじゃなくて)
(キミは人としても魅力的だから……)
「バルクホーン?」
(メイヴィス、だいじょうぶかな。大尉に花でも渡せたかな……)
具合の悪さでどうやら一周回って人の心配まではじめてしまったらしい。あの子は真面目だから、そんなイベントごとになんてかこつけないのはわかってるのに。
(でもいいんだよ、あんなに一生懸命頑張ってるんだから。そんなところくらい気を抜いたってさ)
「バルクホーンってば!」
夢でも見ているらしい。そんな顔、隊にいる時はキミはしないもんね。
ほらほら、こっちじゃないだろうメイヴィス。キミが行かなきゃ行けないのは——。大尉のとこで、さ。
そう、いつかは。
俺のいない遠いところにキミは——。
「……行くなよ」
「は? ちょっと!?」
心配して早退届けも出して見に行けば、鍵は空いてるしソファーで完全に虫の息状態になっていた。何度声をかけても返答がなく、顔を覗き込んだところで急にその手が伸びてきたのだ。
「よかった……まだ、飛んで、行かないで」
心臓の音が疾い。むしろこっちは健康なのに心臓が口から飛び出そうだ。
顔を覗き込んだタイミングで、すごい力で引き寄せられ抱きすくめられた。どうしたらいいかわからずにメイヴィスはそのまま固まってしまう。
「ちょ、ちょっと何夢見てんの? 飛んでないわよ、誰と勘違いしてんの!」
普段そっと頭を撫でてくれたり、抱きしめてくれる彼と違って全く振りほどけない。身長はさほど変わらないはずなのに、体勢も悪かったのか全然力のかかりかたが違う。
ふふっ、とその笑う呼気が額にかかるほど近い。
「本当は、こんなにかわいいのに、ね……」
「はぁ? だから何言って」
ちゅっ——。
「え?」
顔を上げると、なんだかまずい気がした。
その目をまっすぐ見ちゃいけない気がした。
額に当たった唇の音はあからさまで。ああ、これだから愛情表現が深いダイチェの奴は嫌なんだ。
「だいじょうぶ、だよ」
声にぶるりと反応して思わずその目を見てしまえば、すごくすごく優しくて——。
「あんたが大丈夫じゃないわァアアアア!!!!!!」
——色々と限界がきたメイヴィスは思い切りその頰を張り倒したのだった。
***
「本当に、すいませんでした」
「体調管理! ほんと、あんたは体調管理っっ」
「……面目ない」
「サイテーだな、おっさん」
数時間後。ソファーではなくベッドに、額と何故かその左頬に大きな氷枕を当てたバルクホーンは寝かされていた。
深くは追求しないものの、その頰についた大きな手形とメイヴィスの真っ赤になる表情を見れば何があったのかくらいは想像がつく。
バスクははぁーとため息をついた。
「よかったよ、俺お前仙人かなんかかと思ってた。いいんじゃねーの」
「よくないっ」
「……ごめんなさい」
こいつら、俺より十も歳上なんだよなぁ〜とバスクは呆れた視線を送る。自分も大抵人間味のある情緒の育ちかたはしていない自負はあるが、これも結構ひどいと思う。
「とりあえず、これ飲んでよ二人とも」
「あ、なんだよこれ」
差し出されたのは、ホットチョコレート。
「い、いいでしょ。友達の日、家族の日なんだもの、スオミでは」
「ダイチェでは恋人と家族の日だけどな……」
ここはスオミだもん! と再び真っ赤になりそうなメイヴィスから「へいへい」とホットチョコレートをもらう。
飲ませてもらうそれは、すごく温かくて優しい味だ。
「おっさんには? 飲ませてやんねーの?」
「はぁっ? なんでよ!」
「……あ、あの自分で飲みます」
いたたまれない表情で寝ているバルクホーンを、少々意地悪な視線で眺める。熱は下がっただろうが、色々立ち直るのに時間がかかりそうだ。
「あっ、クソアマ。その袋とってくんね?」
「……? ああこれ?」
電動車椅子の横に下げられた小さな袋をとる。
中には、麻の袋でできたバニラのサシェが二つ。
「バスク、これって……」
「ちげーよ。花畑が、持ってけって」
「作ってくれたの……?」
ぷい、とそっぽを向くこの子も大概素直じゃない。
あの器用な整備官が、こんな風にちょっとほつれた無骨なサシェを作るはずがないのは見ればわかる。
ふふっ、とメイヴィスは微笑みその小さな金色の髪を撫でた。
「いいわね、コクピットがバニラの香りだなんて素敵じゃない?」
「あ? 眠くなって墜とされんなよ? つか俺からじゃねーし」
「バスク、ありがとうね」
「起きあがんなや! 顔めちゃくちゃダセーぞそれ!!」
今日もらったどんなお菓子よりも、かわいいラッピングよりも。
ホットチョコレートは甘くて、麻袋のサシェは可愛く見えて。
「わたし、一度言ってみたかったの。
家族みたいに、大切な二人へ——。
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