【 Heipodei! 】ミンットゥ
「こいつァ、一大事だ……」
「やっぱヘミもそう思う? 俺もなんだよなぁ〜」
隊舎の分隊部屋。二段ベッドの上下に寝そべりながら、上の段でブツブツと呟くディーに下の段でゴロゴロしていたダムがそう返す。
「入隊して何年も経つがよ、ここんところ我が麗しの小隊長どのをちっともカバーできてねぇし、なんだか俺たちのキレが悪く感じねーか?」
「それなんだよなーっ。戦闘じゃ俺お役に立てない分、頑張って大尉けしかけたつもりだったのに……。こないだも、いっちょロウリュ爆破しちゃう? とか考えてる間に、バルクホーン中尉がぶっ倒れるんだもんなぁ〜」
「いやいや、エイノ(ダムの本名)? こりゃあちょっと」
「……面白くなってきちゃった?」
ベッドから顔を覗かせれば、タイミングばっちりで相棒も自分の方をひょっこりと見ていて、ディーとダムはニヤリと笑う。
「いやいやいや、何年俺たち小隊長殿のお側に控えてるんだってのって話よ?」
「ぽっと出の同期に、我が小隊長殿を奪われちゃーこりゃたまりませんってやつね? 俺らの癒しの飲みの時間が半減するとは……重大事項だ」
「まぁ、出逢ってからの時期はあちらさんが長いにしてもよ? でもよ?」
「うん、なんつーか」
「そう、なんつーかさ」
ベッドから転がり出て、阿吽の呼吸でグラスを用意する。
冷えた瓶から注がれるのはアルコール度数40パーセント超えながらも、爽やかなペパーミントのお酒、ミンットゥ。
「おふざけなしで言っていいか? エイノ?」
「よしきた」
コツン、と合わさったショットグラスが音を立てる。
今日も小隊長は分隊部屋ではなく、バルクホーン中尉の住む官舎へと出向いている。最近、こういう夜もちょっと増えてきた。
「中途半端な優しさならさ、やめてくんねーかなって思っちまうんだぁ」
「うん……それはわかるよ。小隊長殿、俺らの為に怒ってくれてもさ、絶対泣いたりして頼ってくれないんだ、なんつーかさ、ああ難しいんだけど」
「中尉、男もいけんのかな……?」
「あっ、ひっで。割と包み隠さず言うじゃん?」
「だってさ、そうだろ? いっくらメイヴィス中尉があーでもさ、わかっててもさ。やっぱ俺らにとっては頼れる、絶対に追い越せない小隊長殿じゃん?」
はぁー、と呟きながらミンットゥを一気に煽り、次の一杯をお互いのグラスに注ぐ。二人で飲む酒も楽しいが、元々幼馴染でもあるディーとダムは話しているだけで、横にいるだけでいつも楽しいから。やっぱり、酒を飲む場にはあの人がいてくれた方が、花が咲いたように明るくてより楽しいのだ。
「なんつーかさ、なんつーかさ。俺らってアレじゃん。軍とか割とどーでもいいけどさ」
「小隊長殿だけは長生きして欲しいんだよな〜」
「そう、それ」
クイーッと再びミンットゥを煽る。
喉ごしの爽やかな酒だが、それでもポカポカと温まってきて気持ちがいい。
次の一杯を注ごうとすると、ダムがはぁーと長めのため息をついた。
「ンだよ、どぉしたよ?」
「俺さ、ヘミみたいに賢くないし、
「あー。んで?」
少し、視線を逸らしてミンットゥを注ぐ。
大酒呑みの隊長がいないと、案外減りが遅いもんだなとふと寂しく感じた。
「小隊長殿、本当に大尉のことまだ好きなんかなぁ〜」
「俺が言うと、答えになっちまうだろーが……」
「うん、ごめん……」
真実を写し、視える眼を持つダムと。
真実が聞こえて、分かってしまうディー。
ふざけて、笑って、悪戯をして。
しょうがない奴らだと呆れた視線や感情を持たれる方が正直ラクで。
「あんたらの能力はズルじゃないわ。そんなら一緒にいてこの隊の為に頑張りましょ。大丈夫、私が絶対二人を上層部から守るから。その代わり、呑みに付き合ってちょうだい」
そう笑って自分達を気持ち悪いとも、狡いとも言わないあの人は。
自由にさせてくれる俺たちよりも、何倍もきっと不自由だ。
だけど、それに守ってもらっている自分達は——。本当は女性なのに凛々しく立っているあの人の役に立てているのだろうか。
「あー、ヤダヤダ。人の心が聞こえねーんならよ、もっと素直にいきゃいーのにさぁ」
ふぅとため息をつき、再びショットグラスの中身を呷る。
「俺なんて、正直も正直よ。ぶっちゃけ彼女欲しいもん」
その若干やさぐれた表情に、吹き出しながらダムは新しくミンットゥを二つのグラスに注ぎいれた。ディーの方が何杯か多く呑んでいる。
「前回、あんなイタイ目見たのに?」
「ルッセェなぁ、しゃーねえだろぉ。女ってめんどくセーんだよ、アレしてコレして、あたしは我慢してるのにーって。……コッチは特殊部隊だぞ、緊急出撃に文句言われたって」
「帰投して彼女より先にタバコ買いに行ったんだっけな?」
「……それの何が悪いっつーんだよ! 死ぬ目にあったんだ、タバコくらい吸わせろや」
「我慢、ねー」
「だろ? 世界で一番って言ってもいいくらい、我慢してるお方を俺たちはずっと見てきてんだ……」
「んだなぁ〜」
怒ったり、笑ったり、そうやって美味しそうに酒を呑む小隊長の笑顔は、自分達が一番見ていると思っていた。
——だけど。
「大尉の側にいると照れて面白いけどさ、バルクホーン中尉と一緒にいるときの方がすげー表情豊かって、あの人自分で気づいてんのかなぁ……」
「だから、それ俺が言うと答えになっちまうだろーがって」
ミンットゥは変わらず旨いし、爽やかでスッキリする。
でもなんだか心がスッキリしないような。
「俺さぁ、性格悪りぃんだよな〜」
ひねた笑顔を見せながら、ディーがショットグラスをくるくると揺らす。
「そんなことねーって」
「いやいや、あるよ。少なくともお前よりは悪い」
くけけけけっ、と特徴のある笑い方をして。ディーは再びミンットゥを呷った。
「バルクホーン中尉、何したら本気で怒るんだろなー。ちょっと見てみてぇかも……」
「おもしろドッキリなら付き合うぜ? 誰も傷つかないやつな? ……もちろんヘミ自身も」
はぁ、と爽やかな呼気が宙を舞う。
やっぱり、笑っている小隊長と一緒に、三人で飲む酒が一番旨い。
「……なんかいい案浮かんだら報告のこと」
「よしきた」
カチンッとショットグラスが合わさる音が響く。
その夜、消灯前に部屋に戻ってきたメイヴィスに「あっれー、朝帰りじゃないんすかー」と寝ぼけ半分で言って怒られるディーと、いびきがうるさくてその後二人によって毛布でぐるぐる巻きにされたダム。
「二人じゃ、ミンットゥ空かないんすよ〜小隊長殿っ」
「何よ、呑みに行きたかったんなら言いなさいってー。可愛いんだからぁ、うちの部下二人は」
少し愚痴っぽく絡むディーを珍しいなと思いながらも、メイヴィスはそう笑いながら返す。
だって、中尉のとこ行く度にそんな楽しそうな顔されちゃ、引き止められないじゃないっすか……。
絶対に口に出すつもりのなかったディーの言葉は、寝ぼけ半分の意識の中でミントの香りと共にこぼれ落ちていたのだった——。
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