春のお兄ちゃん離れと恋模様 6
それから楽が俺について来る、じゃなくて、俺も自然と楽と居るようになって、もうすごい普通に毎日何となく一緒に居るようになった。
「なっちゃん、ちょっといい?」
あれはいつだったか。
中学に上がって何度目かの定期テスト前。土曜日の夜。
そろそろちょっと真面目に勉強しようって教科書とにらめっこしてた。
でもどうしても分かんない。
定期テスト前の日曜日にいつも、学校の先生をやってるなっちゃんが俺と楽に勉強を教えてくれる。
だから朝まで待ってりゃよかったんだけど、解けないその問題が気になって気になって、なっちゃんの部屋をノックした。
時刻は23時40分。
何で?って聞かれると何でなのか。
そんな時間になっちゃんの部屋に行ったのはそのときが初めてだった。
でも、特に深く考えることなくノックした。
ドアの隙間からあかりが漏れてるから、起きてるだろって。
「なっちゃん?」
返事がない。静か。
何だよ。寝ちゃってんのかよ。せっかく珍しく俺がやる気になってるのに。
チッて思わず、舌打ちした。
だって気持ち悪いんだよ。この解けない問題が。
いいや、寝てても起こして聞こう。教えてよ、なっちゃん。明日になったら俺絶対やる気スイッチオフだから。
「入るよー」
勝手に開けたなっちゃんの部屋のドア。
その向こうにあるはずの姿が、どこにもなかった。
「………何だよ」
あ、もしかしてトイレ?うんこ?それとも風呂?リビング?
「なっちゃーん?」
何だよもう。めんどくさいな。
俺はなっちゃんを探すため、ペタペタうちん中を歩き回った。
「春?まだ起きてたの?何してんのこんなとこで?」
居ない。
なっちゃんが居ない。家に居ない。どこにも居ない。
何で?
トイレにも風呂にもリビングにも居なくて、玄関見たら靴がなくて、え、なっちゃんどこ行ったのって、俺は教科書を持ったまま玄関で呆然としてた。
なっちゃんはクソがつくほど真面目な人だ。
俺の知る限り夜遊びなんかしたことがない。
大学時代はバイトしてたけど、バイトをしてただけだと思う。
先生になってからの飲み会だって、あるし行くけど早く帰って来る。
『すみません、年の離れた弟が心配で』って。何かで言ってるの、聞いた。
俺はもうそんな年じゃないよって一応言うんだけど、そのつもりなんだけど。
靴がない。
なっちゃんの靴がない。
すんごいちっさい頃のことのはずなのに、鮮明に覚えてるアレが重なる。
ある日突然うちから居なくなった父ちゃんと、なっちゃんが。
自分でもびっくりするぐらい、どきどきした。
なっちゃんに限ってそんなことはない、はず。
でも、なっちゃんにはなっちゃんの『人生』ってやつがきっとあって。
動揺。
「………なっちゃんは?」
仕事の区切りがついたのか、もう寝るのか。
部屋から出てきた母ちゃんに、俺は聞いた。
うわ、何、俺の声。
自分でもびっくりするぐらい、それは情けない声だった。
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