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「俺さ」

「………うん」

 

 

 

 

 

 春が俺の肩に頭を乗せてじっとしてるのをいいことに、俺はこれでもかってぐらいに、春の頭をよしよしした。

 

 

 

 

 

「なっちゃん、ちょっときもいんだけど」

「うっせぇ、黙ってされてろ」

 

 

 

 

 

 久しぶりなんだからいいんだよ。

 

 

 だって俺のブラコンは長く付き合ってきた柚紀のお墨付きだ。

 

 

 

 

 

『やだ、なっちゃんってば。春くんと僕どっちが大事なのっ』

 

 

 

 

 

 なんて。

 

 

 笑いながらだけどよく言ってる。

 

 

 どっちも大事だっつてんだろって言うと、知ってるけど言いたいのって。

 

 

 

 

 

「ひとりっ子歴12年で、弟できてさ」

「………うん」

「すんげぇ不思議だった。ちっこくてふにゃふにゃでふえふえ泣いてて、これが弟?って」

「ふにゃふにゃでふえふえって」

「けど、まじかわいくてさ。………うん、まじかわいくてかわいくて仕方なかったんだよ」

「………今もかわいいでしょ」

「自分で言うな。かわいいわ」

「かわいいのかよ」

「かわいいよ」

 

 

 

 

 

 ふふん。

 

 

 

 

 

 春が照れてんのか。笑う。

 

 

 

 

 

「父ちゃんが出てって、そん時決めた。お前がある程度でっかくなるまでは、絶対俺が側に居るって」

「………なっちゃん」

「お前の『ため』とか、お前の『せい』で、柚紀とのことが今日になったんじゃない。俺が勝手に、俺がそうしたくて、今日にした。だから、ごめんじゃねぇ」

 

 

 

 

 

 春は、黙ってた。

 

 

 黙って、俺に凭れてた。

 

 

 だから俺も、黙ってた。

 

 

 

 

 

 家族なんだ。兄弟なんだ。

 

 

 これ以上の説明は言葉は。きっと。

 

 

 

 

 

 ………要らないんだよ。

 

 

 

 

 

 黙ってしばらく。しばらく、俺は春と、そのままでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、そろそろ行くわ」

「うん」

「夜は楽も来るんだろ?」

「来るんじゃない?あいつは呼ばなくても毎日のように来てるから」

「………まあ、確かに」

 

 

 

 

 

 便利屋さん来たよーって柚紀からのラインに、今から出るって返事をして、俺は立ち上がった。

 

 

 

 

 

 そろそろ行かないと。行って片付けだ。

 

 

 

 

 

 今日は春の………春と楽の卒業&入学祝い&俺と柚紀の引っ越し祝いをここでやることになってる。

 

 

 だからそれまでに片付けないと。

 

 

 

 

 

 聞いてるか聞いてないかは別にして、とりあえず母ちゃんの部屋に向かって夜また来るなーって言った。

 

 

 

 

 

『んー』

 

 

 

 

 

 ちゃんと聞いてるのか聞いてないのか、返事なのか唸り声なのか分かんない母ちゃんの声。

 

 

 母ちゃんは相変わらず母ちゃんだなって、思わず春と顔を見合わせて笑った。

 

 

 

 

 

 玄関まで、珍しく春がついてくる。

 

 

 

 

 

 やっぱかわいいわ。何才になっても、春は。俺の弟は。

 

 

 

 

 

「じゃあ夜な」

「うん」

「家出するときは、ちゃんとなっちゃんちに行くって言ってからにすんだぞ」

「分かってるよ」

 

 

 

 

 

 そして手を振って。

 

 

 生まれ育った家の玄関を。俺は。

 

 

 

 

 

 ………出た。

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