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「終わった?」

「ん。終わった」

 

 

 

 

 

 春、4月。

 

 

 

 

 

 リビングのソファでゲームをやってた春が、ゲームを見たまんまで言う。

 

 

 いつも通りの土曜日。

 

 

 いつも通りの光景。

 

 

 でも、ほんの少しだけ違う。光景。

 

 

 

 

 

 母ちゃんは部屋。

 

 

 こんだけドタバタしてても出て来ないってことは、きっと嬉々としてパソコンをカタカタ言わせてるんだろう。

 

 

 時々不気味な笑い声を発しながら。

 

 

 

 

 

「ごめんね、なっちゃん」

「………ん?」

 

 

 

 

 

 やっぱりゲームを見たまんまで、声のトーンもそのまんまで、春がいきなりそう言った。

 

 

 言って………無言。

 

 

 無言の間に、忙しなく動いてたゲームをしてる指が、止まった。

 

 

 止まったのに画面の一点を見つめたまま、また、ごめんって。

 

 

 

 

 

 春、4月。

 

 

 

 

 

 月日の流れは早いもので、春はもうすぐ、高校生になる。

 

 

 楽と一緒に、俺が卒業した高校に行く。

 

 

 それをあと数日後に迎える、今日は土曜日。

 

 

 

 

 

 それ以上また何も言わない春に、何だよって、俺も座った。ソファの、春の隣に。

 

 

 

 

 

「何だよ、狭いな。もう行かなきゃでしょ。待ってるんでしょ」

「そうだな。行かなきゃだな。待たせてるからな」

「じゃあ早く行きなよ。何してんの」

 

 

 

 

 

 あっち行ってよって感じに肩で押されるけど、俺はそのまま動かなかった。

 

 

 

 

 

 あのちっこかった春が、もう高校生、か。

 

 

 でっかくなったなあ。

 

 

 

 

 

 なんて思う気分は、いつも思うけど父親通り越して絶対母親。

 

 

 こないだの中学の卒業式は仕事で行けなかったけど、母ちゃんがとった写真とムービーみて俺は号泣した。

 

 

 いや、中学だけじゃないけど、小学校の卒業式もだけど。

 

 

 

 

 

「何がごめんだって?」

「………別に」

 

 

 

 

 

 ちっこくてかわいかったひとまわり年下の弟・春は、でっかくなって今ちょっと反抗期で素直じゃない。

 

 

 でもやっぱり、やっぱりかわいいんだよ。俺にとっては。いつまでも。

 

 

 

 

 

 頭をガシガシ撫でてやって、そのまま抱き寄せる。

 

 

 春は、やめてよって言いながらだけどじっとしてて、ちょっとまじでかわいい。

 

 

 何だよってもう一回聞けば、だってって、ぼそぼそ。

 

 

 

 

 

「………やっと、じゃん」

「………まあ、そうだけど」

 

 

 

 

 

 やっと。

 

 

 

 

 

 言葉少なに春が言ってるのは、俺のことで。

 

 

 

 

 

「俺の中学卒業まで待っててくれたんでしょ?」

「………まあ、そうだけど」

「だから、ごめんね」

 

 

 

 

 

 春が言ってるのは、俺の恋人。春の初恋の相手でもある、柚紀のことだ。

 

 

 また謝る春に、これ見られたらドン引きされるなってぐらい、顔が崩壊したのが分かった。

 

 

 

 

 

 ああ、くそう。許されるのならば、春うううううってむぎゅってしたい。昔みたいに。

 

 

 もう最近はなっちゃんって飛びついて来てくれるのもなくなったからな。俺がいくら来いって腕を広げたって来てくれないからな。

 

 

 楽に見られた日には鬼のように怒られるしな。

 

 

 

 

 

 それでも春は大の兄ちゃん子で、俺は周りから呆れられるぐらいのブラコン兄貴だ。

 

 

 

 

 

 やっと一緒に、か。

 




 

 うん。

 

 

 やっと、だな。

 

 

 でも。やっとなのかもだけど。そうなのかもだけど。

 

 

 

 

 

 今日は、大安。

 

 

 天気は晴天。

 

 

 あったかい通り越して暑いぐらいの陽気で、俺の部屋は、さっき来てくれた黄色のつなぎの便利屋によってすべての荷物が運ばれてった。

 

 

 どこにって。

 




 

 新しく借りた、恋人である柚紀と俺の部屋に。

 

 

 先月、一足先に引っ越しを終えた、柚紀が待つ俺たちの部屋に。

 

 

 

 

 

 そう。

 

 

 今日から、俺が帰る家は。

 

 

 今日からここじゃ、なくなるんだ。

 

 

 

 

 

 春はまだ15歳。心配は、心配だけど、春にいつまでもこんな風に『俺のために』とか『俺のせいで』って思って欲しくないし、俺は俺で柚紀とともに過ごす将来を、とっくに柚紀とは誓ってたけど、まだ母ちゃんにも春にも言ってないけど、もうすぐ、神さまの前でも、誓うから。だから。けじめ、だよな。

 

 

 

 

 

 

 謎の保育園児だったけいこちゃんの予言?通り。

 

 

 あれから。春が保育園を卒園してから。

 

 

 

 

 

 9年が、経っていた。

 

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