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「ダメだ。本気で腹減った。柚紀んち何か食うものある?ないなら俺買って来る」

「パンぐらいならあるかな。あとはグラノーラ?」

「それって食っていいの?明日の朝の分とかなくならね?いいなら勝手にあちこち開けて、いいなら俺準備するよ。アンタちょっとダルそうだし」

 

 

 

 

 

 ぐったりっていうわけじゃないんだけど、ちょっとくてんってなってる柚紀に、病み上がりにやるってやっぱまずかったか?って、急に心配になってきて、熱は?っておでこを合わせた。

 

 

 

 

 

 多分、熱は大丈夫だと思う。熱くはない。

 

 

 熱くはないけど………うん。ダルそう。

 

 

 

 

 

 大丈夫?って聞いたら、柚紀が俺を見上げて、照れって感じで目をそらした。

 

 

 

 

 

「だってなっちゃんってば、初めてなのにすごいんだもん」

「………すごいって何がだよ。初心者感ばりばりだっただろ」

 

 

 

 

 

 伝わるものは伝わったと思うけど、ぐだぐだなとこはぐだぐだだった。

 

 

 何回も空振ったし、動き方も最初よく分かんなかったし。

 

 

 

 

 

「最初はね?ちょっとぎこちなかったんだけど、でもどこをどうすれば僕が反応するか、すぐ分かってたじゃん」

「あー、それは。………めっちゃ柚紀見てさ」

 

 

 

 

 

 『必死にな』って言葉は飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 色々知ってる柚紀に、なっちゃんヘタクソだからイヤって………いや柚紀はそんなこと言わないだろうけども。

 

 

 けども、だ。



 絶対的な物足りなさはあるだろうから、それを何とかしたくて必死。

 

 




 柚紀は経験豊富な年上のコイビト。

 

 

 初めてでガキな俺ができることって言ったら『必死』ぐらいだろ。

 

 

 だって負けたくない。勝ちたい。勝ち負けじゃないのは分かってても。

 

 

 不特定多数の、柚紀をこれっぽっちも想ってないやつらなんかに。

 

 

 

 

 

「初めてでそれって、すごくない?なっちゃんぐらいの時って、相手がどうってことより自分自分でしょ」

 

 

 

 

 

 しゃべりながら、食い物飲み物プリーズって、俺はよいしょって起き上がろうとしてた。

 

 

 ………のを、柚紀のその言葉に、やめた。

 

 

 また柚紀のとこに戻って抱き締めた。

 

 

 

 

 

 ん?って、柔らかな声。

 

 

 

 

 

「………相手が、アンタだからだよ」

「僕?」

「同年代の女子が相手なら、きっと身体先行で大して深く考えない。とりあえずやっとけで終わったと思う。相手の反応より自分の満足。同年代の男子が相手でも、まあちょっとそれは正直想像できないけど、多分そう。けど………アンタ、だから」

「僕だとどうしてそうなるの?」

 

 

 

 

 とりあえずになんか、自分本意になんか、できないだろ。柚紀のことが好きなら。本当に好きなら。好きで、あの言葉を聞いたなら。

 

 

 

 

 

『好きな人に好きって言われながら、思われながら抱かれるって、それはどんな気持ちなんだろう。僕はそれが、知りたいんだ』

 

 

 

 

 

 それを聞いちまったらさ。

 

 

 好きって言われながら、思われながらって思う柚紀に、伝わればいいって。

 

 

 言葉で、ココロで、身体で、全部で。

 

 

 そして、負けたくない。その他多勢の誰かとの経験に。絶対勝ってやる。って。

 

 

 

 

 

「どー てーくんなりに真面目に考えて真面目に対応した結果だな。………で、伝わった?俺の気持ち。アンタを好きって気持ち」

 

 

 

 

 

 柚紀の頭の横に肘をついて見下ろすこの体勢が好き。

 

 

 ほっぺたから撫でて、髪を耳の後ろに流してってこれ。

 

 

 髪。耳にかけるとキレイさが増すんだよな。

 

 

 コノヒトって何で男のくせにこんなキレイなんだろ。

 

 

 でも時々すごい男っぽくて、違う意味でどきってする。

 

 

 変な人。不思議な人。色んな顔がありすぎて、そしてその、どの顔も好きで困る。

 

 

 

 

 

 

 柚紀が俺の撫でる手に目を閉じた。

 

 

 だからキスした。そっと。

 

 

 したらすぐ、弧を描く唇。

 

 

 そこにまた、落とす。キス。

 

 

 

 

 

「………うん。すごく。すごくすごく伝わった。分かった。言葉でココロで身体で。全部で」

 

 

 

 

 

 だから。

 

 

 

 

 

「え?」

 

 

 

 

 

 だからって何だ。だからって。

 

 

 

 

 

「もうすっごいすっごい気持ち良かったから、またしよーね、なっちゃん♡」

 

 

 

 

 

 声のトーンまで変わる、おちゃらけ柚紀にカクってなった。こらって。

 

 

 またって何だまたって。今度こそ春が卒園までお預けだっつーの。分かってるだろ。分かってるよな?そんなしょっちゅうここには来られない。しょっちゅう出入りしててバレたらどうすんだ。壁に耳あり障子に目ありだ。律しろ自分をっ。

 

 

 

 

 

 ぶつぶつ言ってたら、柚紀がふふふって笑った。

 

 

 

 

 

 ったく。

 

 

 

 

 

 俺もつられて笑う。

 

 

 

 

 

「ちょっとまじ腹減り限界。パン焼けるのさえ待ってられないからグラノーラな。待ってて」

「………うん」

 

 

 

 

 

 柚紀の返事をぶっちゅーってキスしながら聞いて、俺はよしって、ベッドから抜け出した。

 

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