90

「なっちゃんっ」

 

 

 

 

 

 ふわり笑った顔に見とれて、どきんってなった、直後だ。

 




 

 今の今までと全然違う、テンション高めの声。プラス。がしぃって。下から首に、俺の首に、長い腕が絡まった。………勢い良く。しかも馬鹿力で。

 

 

 その勢い余って落ちた。柚紀の上に。

 

 

 しかもそこで終わりかと思いきや、まだ『絞める』。むぎゅううううう。

 

 

 

 

 

 で、思う。苦しいわってのと、何かスイッチ入ったな、コノヒト。

 

 

 

 

 

 それが分かって。

 

 

 

 

 

「おわっ」

 

 

 

 

 

 苦しい、ぎぶぎぶって腕をとんとんしたら、そのままぐるんって、回転。つまり、今度はまた俺が下。見下ろされる。

 

 

 熱の熱っぽい顔とはまた違う熱っぽい顔。

 

 

 嬉しそう。だけど熱っぽい。甘い顔。

 

 

 

 

 

 嬉しいよ、幸せだよ、好きだよ。

 

 

 

 

 

 勝手にそこから読むのはそんな言葉だった。

 

 

 

 

 

「なっちゃん、ほら服脱いで?脱ご?触っていい?っていうか触るよ?」

「え」

「もうずっとなっちゃんのあちこちあれこれ触りたかったんだよね。なっちゃんってば何気にすごいイケメンだし、夏に薄着のなっちゃん見て思ったけど、なっちゃんの身体、サッカーやってたからかなあ?細いわりに基礎?基盤?はできてるんだよね。鍛えたらきっとすっごいいい身体になるよ?」

「ちょっ………まっ………」

 

 

 

 

 

 待ってとか何でとか言う間もなく、Tシャツをぐいぐいめくられる。

 

 

 めくられて、そして、柚紀がそれはそれは嬉しそうに、俺のお腹やら脇腹やら胸やらをなでなでなでなでした。された。

 

 

 その触り方に、気持ちいいじゃなくてくすぐったいってなって、うほって身体を捩ったけど、ダメだよなっちゃんって戻された。

 

 

 戻されてまた、なでなでなでなでなで。

 

 

 

 

 

「あーやっぱりいい身体♡どきどきするうー。ねぇ、なっちゃん。誰もこんな風に触ったことないんでしょ?誰にも触られたことないんだよね?僕が一番?うひゃあどきどきしちゃう」

 

 

 

 

 

 ほら邪魔だから脱いで脱いでって。

 

 

 テンション上がりすぎじゃね?って、くすぐったいのも忘れてぽかーんってした俺のTシャツを引っ張ってずぼって脱がす。

 

 

 そこでかえった。我に。はって。

 

 

 

 

 

「え?え?ちょっ………ムード‼︎ムードは⁉︎」

 

 

 

 

 

 今すげぇ何かいいシーンじゃなかった?

 

 

 しんみり?切ない?けど甘い?みたいなさ?

 

 

 そこからの俺がーじゃね?普通そうじゃね?柚紀が受ける側なら、そこから俺がキスして、そのキスが段々降りてって的な?じゃね?

 

 

 

 

 

 なのに何だこれは。

 

 

 

 

 

 何できゃはーって。

 

 

 

 

 

「ムード?」

「ムードだよ‼︎雰囲気だよ‼︎空気だよ‼︎さっきまでので何でいかねぇんだ⁉︎」

「………」

 

 

 

 

 

 俺に馬乗り状態で、上半身裸の俺をふふふふうきうきのりのりさわさわしてた柚紀が、ぴたって止まった。一瞬の一瞬で、真顔になった。

 

 

 もう、表情がくるくる変わりすぎて俺がついていけない。

 

 

 

 

 

 何なのコノヒト。

 

 

 

 

 

「なっちゃん」

「………はい」

「ムードって美味しいの?」

「………はい?」

 

 

 

 

 

 ムードって美味しいの?

 

 

 

 

 

 俺の頭がかたいのか、柚紀の頭が柔らかすぎるのか、その日本語が理解できなくてフリーズでリピート。

 

 

 

 

 

 ムードって美味しいの?

 

 

 ムードって美味しいの?

 

 

 ムードって。

 

 

 

 

 

 え、味すんの?

 

 

 

 

 

 思わず目をぱちくりして柚紀を見上げた。

 

 

 

 

 

「そんなのさあ、絶対美味しくないよねー。僕は美味しくないムードより、かわいくてカッコよくて美味しそうななっちゃんを美味しく食べちゃいたいっ」

 

 

 

 

 

 ふふふふ。

 

 

 

 

 

 ………時々俺にはアンタが分かんない。

 

 

 分かんない、けど。

 

 

 

 

 

 じーって見てたら。

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 

 首を傾げられた。

 

 

 

 

 

「ん?じゃねぇっ。ん?じゃ。ほんっとアンタって全っ然読めねぇ。びっくりするわ、色々変わりすぎて」

「だってー、なっちゃんがかわいすぎるんだもん」

 

 

 

 

 

 ごめんね?って。

 

 

 

 

 

 あ、ほらまた。

 

 

 

 

 

 戻ってる。

 

 

 目を伏せて笑う、大人キレイな、柚紀に。

 

 

 

 

 

 どきん。

 

 

 

 

 

 どきん、だよ。どきんでしかない。

 

 

 

 

 

「………なっちゃん」

 

 

 

 

 

 手が、伸びてくる。

 

 

 俺の身体に。首筋から、鎖骨。そして。

 

 

 

 

 

 好きな人に好きって言われながら、思われながら触れられるってこと、は。

 

 

 好きな人に好きって言いながら、思いながら触わるってこと、は。

 

 

 

 

 

「………分かったよ」

「え?」

「食べたいんだろ。俺を」

「うん。食べちゃいたい」

「じゃあ、召し上がれ。………好きに食っていいよ」

「………え?」

「いいよ。アンタのことが好きだから、俺はアンタに、何されても………いい」

 

 

 

 

 

 なっちゃん。

 

 

 

 

 

 柚紀が俺の手を取って、自分のほっぺたにあてた。目を閉じて。

 

 

 

 

 

「ありがと、なっちゃん。………大好き」

 

 

 

 

 

 何されるんだろって、半端ないどきどきではあったけど、コノヒトのこんなにも嬉しそうで幸せそうな顔見たら、いいよって。何でもいいよって。思った。

 

 

 そんな風に触れられるなら。触れられる俺もきっと嬉しくて、幸せって。

 

 

 

 

 

「よーし、なっちゃんっ。今から気持ちいいこといっぱいしてあげるね♡」

「………だからムード‼︎プリーズ‼︎」

「諦めて♡」

 

 

 

 

 

 いたーだきーますっ。

 

 

 

 

 

 そして俺は、やっぱり変なテンションの柚紀に。

 

 

 ………柚紀に。

 

 

 

 

 

 ぺろっと美味しく、頂かれた。

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