89
抱き締めた。強く。そしてキスした。
何言ってんだ。
何てこと言ってんだ。
好きな人に好きって言われながら、思われながら抱かれるって、それはどんな気持ちなんだろう。
僕はそれが、知りたいんだ。
って。そんな。
俺は、キスだってつい最近が初めてで、ディープなやつなんてもっと初心者でめちゃくちゃ下手。その先は未知の世界な俺に。俺なのに。
でもいいや。いいんだよ。
コノヒトに必要なのは、テクニックじゃない。
コノヒトに必要なのは。俺の『好き』って、気持ち。
他の誰かのじゃなくて、『俺の好き』って。
そして、俺とやりたいって何度も言うのは俺の言葉を信じてないからじゃなくて、逆で、俺の言葉を信じてるから。好きって、言葉を。
キスしながらひっくり返す。上が柚紀で下が俺。を、ひっくり返す。ひっくり返した。
柚紀が下で俺が上になる。なった。ほっぺたから後頭部に手を滑らせて、キスをしまくった。
好きだよって、言いまくった。
言う時はおでこか鼻か唇のどこかを、柚紀のそれに合わせて重ねた。おでこか鼻か唇かを、柚紀のに重ねた。
………なっちゃん。
小さい、囁き。
呼んでるから、キス。
柚紀の手も俺のほっぺたあたり。両手でふんわり挟まれて、その指先で撫でられる。くすぐったい。
繰り返すキス。
甘いような切ないような吐息の笑いがキスの合間に漏れる。
なっちゃん。
なっちゃん。
………なっちゃん。
知らなかった。初めて知った。
名前を呼ぶだけで、人って好きって気持ちを伝えられるんだな。
「………もう、ここには来ない」
「なっちゃん?」
「アンタの体調悪い時は別。その時は絶対来るけど。でも、春が卒園するまではもう来ない。そういう約束。バレたらアンタの立場的にまずい。だろ?」
「………うん」
「だから」
だから?って。
熱は下がってるのに。もう熱くないのに。
潤んでゆらゆらと、揺れてる目。
まだ、多分朝。
母ちゃんと春が帰って来るのは、夜。
遊んで来るって、言ってた。
遊び倒してくるって、母ちゃんは車に乗るとき意味深にニヤって笑って俺に背中を向けてピースした。
あのピースの意味は………って考えると、こわいけど。
だから、時間はまだあって。
「………どうやるのか、教えて」
ゆらゆらの目がちょっと大きくなって、俺を見た。
「なっちゃん」
「好きって言いながら、好きって思いながら、抱く。やる。だから、教えて」
言った俺に。
ふわり。笑ったコノヒトの、柚紀の顔を。
俺はきっと、ずっと忘れないだろうって、思った。
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